も く じ |
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1. 指定事業者になりました!! 2. いろんな国の人達に会ってきました 3. 特集:阪急バス株式会社を取材 4. さんさんGOGOまつり行われる 5. 学生無年金障害者の活動から 6. くらしかん生活展行われる 7. 市民講座報告 8. CIL豊中劇場 9. 体験(地下鉄谷町線東梅田駅チェック活動から) 10. 視覚障害者から見た日本社会 11. 遠くなくても行きたい −千里中華街− 12. 通所授産施設「みらい」を訪ねて 13. 道路の穴が埋まったよ けいこちゃんの実習記録 14. えりママ珍道中記 15. ぼくの日曜日 16. 事業活動報告 17. CIL豊中近況 18. サービスのご案内 19. 俳句、寄付・寄贈 20. 編集後記 |
事務局 事務局 広報誌編集部 事務局 大友章三 事務局 事務局 亜韓賀捺 鍛治克哉 和田伸也 西九条舞 広報誌編集部 事務局 えりママ 海帰優人 事務局 事務局 事務局 森 英治/事務局 大友章三 |
印刷版の表紙 |
前回の「支援費制度最新情報」でもお伝えしたと思いますが、7月から各都道府県・政令指定都市等で、支援費制度の事業者の指定申請がはじまっています。現在も引き続き行われているのですが、CIL豊中は去る9月4日に大阪府の方へ申請書を提出しました。このたび、指定が決定し、2003年4月1日より、CIL豊中は身体障害者・知的障害者・障害児の指定居宅支援事業者(ホームヘルパー・ガイドヘルパーを派遣できる事業者)となることになりました。これからは介護システムの整備・人材の確保などが急務となってきます。皆さんにはまたいろいろご協力いただくことになると思いますが、その際はどうぞよろしくお願いいたします。
なお、豊中市では10月より来年度の支援費制度の支給量を決定するために、現在サービスを使われている方々に対する聴き取り調査が既にはじまっています。聴き取り調査に対する不安などがある方もいらっしゃると思いますが、CIL豊中ではどのようなことでも相談に応じていますので、お問い合わせ下さい。
(文責:馬渕)
DPIとは、Disabled Peoples International、日本語で直訳すると障害者インターナショナルといい、世界最大の障害者の非政府組織(NGO)で、1981年国際障害者年の年にシンガポールにおいて第1回大会を開き、結成が宣言されました。 4年に1度、世界各都市で大会が開かれ今回が第6回目となります。この札幌大会のテーマが「全ての障壁を取り除き、違いと権利を祝おう!」で、世界100カ国から3000名の参加者と地元スタッフ、ボランティア3300名を集め、10月15日〜18日まで4日間札幌市にある道立総合体育センター「きたえーる」で行われました。
私たちは、10月14日のお昼前に大阪空港を飛び立ち、1時間30分ほどで新千歳空港に降り立ちました。その時には、空港のいたる所で車いすを使っている人や各国からの参加者に出会うことができ、久しぶりに見る顔や一昨年の12月にハワイホノルルで行われた、DPIグローバルサミットで会った人達とも再会することができ、懐かしさでいっぱいになりました。空港を出るとき、迎えに来てくれたリフトワゴンのスタッフに聞くと送迎だけでいろんな所から70台のリフトワゴンを用意したそうです。ナンバープレートを見ると、札幌だけではなく、函館、室蘭、旭川、青森、その他に品川、湘南、静岡、金沢、名古屋まであり、この大会に対する意気込みを肌で感じることができました。
1日目は開会式と基調講演、シンポジュームが行われ、アメリカでクリントン政権の時に教育省次官をしていたジュディー・ヒューマンさんが、「どのような障害者も行動することが大切で、行動するための条件は機会均等だ。機会がなければそれを得る力を持ち、差別をなくしていくための行動と闘いをしなければならない」と言い、また「障害者の権利運動はバリアについて理解をし、お互いに信頼し合うことです。そして、全ての人々が障害による差別、偏見に対して、戦う一員として問題を克服できる日が来ることを確信する」という言葉で締めました。
その後のシンポジュームでは、フィリピンの女性障害者リーダーがコーディネーターとなり、シンガポール、フィンランド、ジンバブエ、スウェーデンのメンバーがパネラーとなり、『障害者権利条約』の制定に向けた行動を世界中で起こし、国連の機関や加盟国に対して訴えていくことが重要であり、それができるのは障害者自身であると強調されていました。
『障害者権利条約』は、人権を大切にし、障害者の全ての組織が連帯していくことで各国や各機関に障害者のメッセージを伝えて、過去に犯した戦争や今も行われている紛争の即時中止と平和の回復を実現させていくことが差別や偏見をなくすことになると参加者全員に伝えていました。
1日目の最後に行われたレセプション(交流会)では、夕食を兼ねたものになり、北海道のおいしいものを食べながら各国の人達と交流を深めました。その時食べたステーキとエビ、かに、チョコレートケーキはすごくおいしかったです。
2日目から始まる分科会とか札幌宣言の報告はvol.4で詳しく報告したいと思っておりますので乞うご期待!
(文責:大友)
勢揃いしたワゴン車 | 熱弁をふるうジュリー・ヒューマンさん |
DPIのシンボルマーク | 盛大に行われたレセプション |
はじめに
2000年11月に、国の法律として交通バリアフリー法が施行され、それを境に日本の路線バスには、ノンステップバス・ワンステップバスといった福祉対応型車両(低床車両ともいいます)が増えるようになりました。私たちが住む豊中およびその周辺を走る阪急バスでも、日ごろ福祉対応型バスを見る機会が大変多くなってきています。
ところで今、豊中市内には福祉対応型バスが何台走っているのでしょう?いつどこを走っているかという情報を得るにはどうしたらいいの?運転士さんは介助のしかたを知っているのかな?さまざまな関心が、障害者市民からも寄せられています。CIL豊中でも、バスに対する障害者職員の関心は、きわめて高いものがありました。
今回、私たちは障害者団体の立場から、みなさんの関心に応えていただこうと阪急バス株式会社を取材いたしました。取材は10月4日13:00から14:30まで行い、編集員の木村・塚原(=車いす利用者)・根箭(=健常者)が、日出町にある阪急バス本社にうかがいました。そして阪急バスさんの協力により、取材はノンステップバスの車内で行うこととなり、撮影やワンステップバスの体験乗車もさせていただきました。
それでは、地域の交通機関であるバスに関する特集、ごゆっくりお読みください。
※取材にあたっては、以下の17の質問に答えていただきました。
(1)福祉対応型車両はいつから走らせているのか。
(2)現在台数は何台あり、どこの路線で走っているのか。
(3)ノンステップ・ワンステップバスの、阪急バス全体に占める割合は何%なのか?今後年間何%ずつ増やしていき、全車が福祉対応車両になるのは何年後なのか。
(4)現在福祉対応型バスが最も多く運行されている路線はどこか、豊中市内で特に多く普及しているのはどの線区か。
(5)道路が狭い路線に対して、大阪市営バスが運行しているような小型ノンステップバス(いわゆる赤バス)の様な車両を導入する計画はあるのか。また交通の不便な地域にも小型巡回バスを走らせる計画はあるのか。
(6)障害者にとって、バスは電車に比べまだまだ利用しにくい乗り物だと感じているが、そのあたりについてどのように感じているか。
(7)視覚障害者からの質問で、音声情報の徹底度はどのぐらいなのか。
(8)車いす(その中でも特に電動車いす)の人が乗車される頻度というのは、どのぐらいなのか。
(9)乗降介助に際しての車いすの扱い方など、基本的な介護実習や教育はどのようになされているのか。
(10)現在、ノンステップバスよりワンステップバスの方が多く造られているが、今後も主にワンステップバスを増やしていく予定なのか。
(11)ワンステップバスでもスロープと床面との間に段差がない車両もあれば、ノンステップバスでもスロープと床面との間に少し段差がある車両もある。今後は段差がないバスのみにしていただきたいが、そのようにする方向でおられるのか。
(12)ノンステップバスとワンステップバス、それぞれのメリット、デメリットは何だと考えているか。
(13)車いすの人がバスに乗る際の時間的な余裕は、どのように考えているか。
(14)福祉対応型車両には、車いすは何台乗れるのか。
(15)例えばポスターで掲示するなどして、福祉対応型車両の存在をどんどん広報する活動はなされているのか。
(16)バスに乗ろうとして、今ノンステップバスがどこを走っているか、例えばもし電話で聞いたらすぐに教えてもらえるのか。
(17)障害者と介護者が乗った場合、料金の計算はどのようになるか。
阪急バス本社ビル |
ここから各質問の回答に参ります。
(1)福祉対応型車両はいつから走らせているのでしょうか?
(答):ワンステップバスが初めて走ったのは、1997年11月4日で、豊中病院線で走り始めました。ノンステップバスは2000年12月25日に宝塚市内線で走り始めました。ですからワンステップバスが阪急バスで初めて走ったのは豊中市ということになります。
豊中市内でノンステップバスが初めて走りだしたのは去年です。そして兵庫県猪名川町において、リフト付きのミニバスが2000年4月から走っており、「猪名川町ふれあいバス」と呼ばれています。
今回の取材に使わせていただいたノンステップバス 梅田ー日出町ー服部ー豊中ー箕面・空港線などで走っています。 ノンステップバスは全車、車体に『ノンステップバス』と表示されています。 |
(2)現在(特に豊中市では)台数は何台あり、どこの路線で走っていますか?
(答):豊中市内でみた場合、2001年12月時点でワンステップバスは9台です。この9台は、営業所としては千里営業所の管轄になる豊中市内線と、豊中営業所の管轄になる病院線で使用されています。
(3)ノンステップ・ワンステップバスの、阪急バス全体に占める割合は何%ぐらいでしょうか?今後年間何%ずつ増やしていき、全車が福祉対応になるのは何年後ぐらいですか?
(答):現在ノンステップバスの割合は5.5%、ワンステップバスの割合は6.2%です。今後については、今年度(2002年度)はワンステップバス14台、ノンステップバス30台が投入される予定です。来年度は64台を投入する予定ですが、ノンステップとワンステップがそれぞれ何台ずつかという具体的な数字はまだ決まっていません。全車両が福祉対応型になる時期についてはまだ未定です。
今後はワンステップバスを中心に増やしていき、補助金とか道路事情をみてノンステップバスを入れる予定です。
ノンステップバスに乗車する塚原さん | 取材が行われている時の車内風景 立っておられる方が、今回の質問に回答して下さった、 営業推進課経営企画室の糸川博行さんです。 |
(4)現在、福祉対応型バスが最も多く運行されている路線はどこですか?豊中市内では、特に多く普及しているのはどの線区ですか?
(答):最も多いのは宝塚市内線で、今年8月末現在で20台あります。そして豊中市内で一番多いのは、豊中市内線で9台です。
(5)道路が狭い路線に対して、大阪市営バスが運行している小型ノンステップバス(いわゆる赤バス)のような車両を導入する計画はありますか?また交通の不便な地域にも、同様の小型バスを走らせる計画はありますか?
(答):現在、先ほど少しふれた「猪名川町ふれあいバス」、そして川西市の大和団地というところと宝塚市の仁川駅ー売布神社駅間でも、同じくリフト付きのミニバスを走らせております。今後もミニバスを新たに導入するという計画は、一応持っております。
豊中市内については、市側とも協議しながらやっていきたいと思っています。市側でも計画を持っておられるかもわかりませんので。
新世代のバスとして普及するか?リフト付きミニバス 写真は猪名川町ふれあいバス 能勢電鉄日生中央駅にて |
(6)現在障害者にとっては、バスは電車に比べまだまだ利用しにくい乗り物だと感じております。そのあたりについて今の時点でどのように感じていますか?
(答):まだまだ努力する余地があると思っております。バス車両の改善と低床化、そして停留所や案内所の表示の問題もありますね。
バス停については、特に車いすの人はどうしても目線の位置が低いため表示が高過ぎて見えにくくなります。また、夜間に周辺の明かりがないために、バス停を見てもまっくらで全く見えないという場所もあります。
そのほか、乗務員の接客態度の問題もあります。まだまだ物足りない点もあると感じているので、努力してまいります。
(7)視覚障害者からの質問です。音声情報の徹底を望んでおりますが、現在の徹底度はどのぐらいだとお考えですか?まだまだ不十分のところもあると感じております。具体的には、賑やかな駅ではアナウンスの声が非常に聞こえにくいというのがあります。どうしても周辺の音にかき消されてしまいますから。もっと大きくしていただけたらありがたいのですが?
(答):当社では去年(2001年)の4月15日から、運転士のハンズフリーマイクの使用を開始しまして、テープによるアナウンスだけではなく、乗務員の肉声によるアナウンス実施にも取り組んでおります。ただ、まだ各乗務員にマイクの使用が十分徹底されていないという部分がございますので、教育をしていきたいと思います。あと、豊中市内線の方で、音声合成装置というのが取り付けられています。降車ボタンを押した際に、『つぎ、停まります』というアナウンスがなるやつですね。
アナウンスの大きさについてのご指摘も、よく分かりました。
(8)車いす(その中でも特に電動車いす)の人が乗車される頻度というのは、どのぐらいでしょうか?
(答):今回、豊中・千里両営業所に聞いてみました。そしたら具体的な統計は取っていないのですが、豊中営業所の路線(=梅田〜国道176〜豊中・空港・箕面・千里中央・豊中病院方面、および江坂駅〜庄内〜本社前〜島江〜上津島〜園田駅方面など)では、だいたい月に1回ぐらいの利用があるということです。ただ、手動の人か電動の人かは分かりません。そして千里営業所(豊中市北半分一円、千里ニュータウン線など)の路線では、毎日1回決まった便に同じ人が乗るというケースがあるということです。このケースについては、乗る便が決まっているということから、必ずワンステップバスを充てることに決めております。
(9)例えば乗降介助に際しての車いすの扱い方など、基本的な介護実習や教育はどのようになされているのでしょうか?
(答):車いすに限っての講座というのはやっていないのですが、高齢者や身体障害者の体験については、2000年度より各営業所において、インスタントシニア体験という教育をしています。障害者の疑似体験では、アイマスクをしたり誰かが車いすに乗ったりしておこなっています。
(10)現在、ノンステップバスとワンステップバスと並行して造られていますが、割合はワンステップの方が多いように思われます。今後もワンステップバスを主に増やしていく予定ですか?
(答):大阪府下においては、確かにノンステップバスが少ないですね。これは府が財政難のため、補助金の面で難しいということによるものです。そういう意味では、大阪府においてはワンステップバス中心に増えるかと思います。兵庫県の方では、結構ノンステップバスの割合も大きいですけどね。特に宝塚市は。
ワンステップバス。形は同じですが、ワンステ車は車体には何も表示されていません。 |
(11)ワンステップバスでもスロープと床面との間に段差がない車両もあれば、ノンステップバスでもスロープと床面との間に少し段差がある車両もあります。今後は段差がないバスのみにしていただきたいのですが、そのようにする方向ではおられるでしょうか?
(答):これについては、メーカー側と協議してみます。改善に向けて話をすすめていきたいと思います。
スロープだけではなく、電車で使われている渡し板を車内に備えておいて、それを敷くというやり方もいいかも知れませんね。
スロープと床面との間に段差が出来てしまうノンステップバス 写っている乗客は、自力では乗れませんでした。 JR茨木駅にて |
(12)ノンステップバスとワンステップバス、それぞれのメリット、デメリットは何だと感じていますか?
(答):先ずノンステップバスですが、メリットはステップがないこと、そして補助金制度を使えるということですね。デメリットは高額であることと、車内において、前のタイヤ部分の座席の位置だけ極端に高くなってしまうことです。そしてギリギリまで低床であるがゆえに、走行できる道路条件が限られてしまうということですね。ワンステップバスについては、ノンステップとちょうど逆で、つまりメリットは、コストがまだ安い方であるということと車内の前輪部分の突出が少ないこと、デメリットはステップが1段できてしまうことと補助金制度を使えないことです。
ワンステップバス体験乗車。車内はノンステ車とほぼ同じ | 「お〜っとっと。大丈夫ですか。」ワンステップバスからおりる時です。 スロープが急なので介護の人もちょっと不安 |
(13)車いすの人がバスに乗り降りする際の時間的な余裕は、どのように考えておられますか?
(答):余裕をもってご乗降いただけるようにとは考えております。私も何人かの乗務員から、『身体障害の人から、気を遣って早く乗り降りしないといけないのではないかという声が挙がっている』と聞いております。
(14)福祉対応型車両には、車いすは何台乗れるのですか?
(答):原則として1台ですね。固定できるのは1台だけなのです。一番大型の車両だと2台固定できるものもあります。
(15)福祉対応型車両の存在をどんどん広報する活動はなさっているのでしょうか?例えばポスターで掲示するとか。私自身(=塚原)は、こういうバスが走っていることを全然知らなかったです。
(答):今はポスターとか、そういう形での広報はおこなっていません。以前は時刻表に、この便とこの便はノンステップバスが来ますということを、時刻のところに印を付けて表示していたこともあったのですが、やはり車両を固定しないといけないので定期検査の時は使えないとか、車両ローテーションの問題もあって、今ではそのような表示はしておりません。
その他広報活動としては、自治体や法人団体、バリアフリー・エコ対策の株式の集まり対象の広報活動はおこなっておりますが、市民個人に対する広報というのはないですね。
(16)バスに乗ろうとして、今ノンステップバスがどこを走っているか、例えばもし電話で聞いたらすぐに教えていただけますか?
(答):はい、調べてお知らせすることはできます。
(17)障害者と介護者が乗った場合、料金の計算はどのようになるのですか?
(答):障害者・介護者ともに半額になります。その上で端数切り上げとさせていただきますので、例えば210円区間を2人で乗車された場合は、1人110円×2人分で220円となります。
障害者一人で乗られた場合でも、半額(210円ならば110円)になります。
以上17問の質問とその回答をご覧いただきました。
やはり車いすが2台乗った状態の車内は、やや窮屈だなという印象でしたね。さて、今回の取材では、ワンステップバスの体験乗車も行われました。ここでその感想を聞いてみましょう。
ワンステップバスのスロープでは、 介助の人も「よいしょよいしょ」という感じで押していました。 |
電動車いす利用者にとっては、 恐怖感もともなうスロープです。 |
木村さんの感想
ワンステップバスとノンステップバスに一般的な電動車いすで試乗してみて、ワンステップバスの方は車体が高いため、渡し板(スロープ)の角度が急角度になるから恐怖を感じた。特に降りるとき、前向きで降りると怖かった。それから渡し板の幅も少し狭く感じた。バスの中は両方とも狭く、電動車いすでの回転(方向転換)は、乗客がいる場合、困難だと感じた。
塚原さんの感想
大学時代、バス通学していた私も、車いすでの生活になってからは、やはりバスは乗りにくく面倒な乗り物になってしまい、つい電車に乗るようになってしまう。でもこんないいバスが走っているんなら、調べて乗ってみようかなとも思いました。
まだまだ改善してほしい点はあるけれど、一人でも多くの人が利用してみることが大切かなと、感じています。
最後に
これまでバスは障害者市民にとって、目の前を走っていてもなかなか乗れない、“近くても遠い”存在でした。今回の取材を通じて、障害者の立場からのバスに対する声というのを、少しは届けることができたのではないかと思っております。今後のみなさんの生活にいくらかでも役立てば幸いかと存じます。
最後に今回の取材に際し、阪急バス株式会社、営業推進課経営企画室の糸川博行さんに全面的にご協力いただきました。改めて、厚くお礼申し上げます。
(文責:根箭)
10月27日(日)、11:00から15:30まで、福祉センターひまわりにて、「さんさんGOGOまつり」が行われました。これは豊中市が毎年主催して行われるまつりで、当日は大勢の人出で賑わいました。
ひまわり1階ではゲームコーナーが設けられ、2階では食べ物コーナー、そして展示室で手あみサークルARANの作品展示と、私たちCIL豊中による「点字名刺ワンポイント体験」が行われました。3階では13:00よりアトラクションがありました。
ひまわりの向いにある高架下の公園では、各作業所によるバザーが開かれていました。ただ当日は多少風が強かったですね。いずれのコーナーも午前中は大勢の人で賑わっていたのですが、午後からは3階でのアトラクションにお客が集中し、ほかのところはガラガラ状態になってしまっていました。
さて上でも述べましたように、CIL豊中では、「点字名刺ワンポイント体験」を実施致しました。これは今まで点字に接したことのない市民に、少しでも点字を知ってもらい、点字に親しんでもらうことを目的としています。今回は、点字名刺担当の根箭と、視覚障害ピア・カウンセラーの和田が参加し、アザラシのタマちゃんと 最新バージョンのガンダムのキャラクター名刺も用意しました。特にこどもたちに気に入ってもらえて嬉しかったのですが、どちらかというとタマちゃんに人気が集中していた感がありますね(笑)。点字の練習をその場で熱心に始める子どももおり、なかなか楽しいひとときだったと思います。
(文責:根箭)
2階食べ物コーナー | 「これであってる?」「どれどれ」 | 「う〜ん、ハマっちゃったよ」「ハハ、そうかい」 |
障害者が生活していく上で、収入の確保が大きな問題となってきます。一般の仕事ができなかったり、作業所で仕事をしていても工賃が少なく、生活を潤すことは難しいと思われます。
そこで、重度の障害者には「障害基礎年金」という公的制度があります。「障害基礎年金」は、二十歳を超えていて、国民年金に加入している被保険者で高額所得者以外の人なら受けることができるのです。
市町村の国民年金課に相談に行くと手続きの書類が出されて、指定医などの判断によって、障害基礎年金の受給がはじまるのです。
幼少期に障害を生じた場合、国民年金の中にある障害基礎年金となります。
就労している場合は、厚生年金加入中なので、障害厚生基礎年金という支給のかたちになり、障害の原因が就労中のケガが原因であれば労働基準局より労災障害基礎年金が支給されることになります。
障害基礎年金の支給額は、一級が年額1,005,300円で、二級が804,200円となります。
この額は世帯で子どもがいる家族や人数によって支給額が若干違ってきます。
障害年金の等級と、身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健手帳の等級とはことなりますが、判断基準として、障害1・2級の場合は1級年金、障害3・4級の場合は2級年金となっているようです。また、障害が5級以上の方は年金が下りないこともあります。
年金などを自分で管理している人は、どれくらいいるでしょうか?もしかしたら、両親などが管理していて、そこから月々のお小遣いをもらっている人がいるのではないでしょうか。自分で生活するということは、自分に支払われているお金をどれくらいかを知ってそれをどう使うのかを決めることが重要だと思います。
障害者の仲間には障害基礎年金が取れていない人もいます。その例として、学生だった頃にケガをし、障害者になった人達の中に無年金者(年金が取れていない人)が存在します。
無年金者になった理由は次のようなことが挙げられます。
当時学生で任意加入だったときに国民年金に未加入でありました。
国民年金のことを知らなかった人がほとんどで、加入手続きをしに行っても、担当者に「学生は就職すれば厚生年金などに加入するのだから、今国民年金に加入する必要はない」と間違ったアドバイスをされ無年金になった人もいます。
ここでの問題点は、最初に窓口に行った時に、職員は『年金に加入していなかったら、ケガや病気等で障害者になった時にどうなるのか?と言うことを認識せず、申請者への説明不足があった。』と云えます。
ある原告の両親は娘が学生無年金だと知ったときに、このままでは老齢年金も受けられないと重度の障害を持った娘の老後を心配し、国民年金加入手続きをしに行ったが窓口で「重度の障害を持って働くこともできない、障害年金もないのにどうやって掛け金を払うのですか!?」と一喝されて帰ってきました。(なぜ怒られなければならないのか?)それも両親が掛け金を払いますと言っているのに、1度でなく3度もです。本来、払ってくれる人がいれば加入できますし、低収入の場合、「免除」という方法もあったのに。もう少しで老齢年金ももらえなくなるところでした。
おかしいなと思ったら追求できたり、詳しいことを知っている人がいて申請などを手伝ってくれる人がいればいいのですが、ほとんどの人が「そうなのか」と思ってしまい、泣き寝入りしてしまうのです。それがこれから先の生活に大きな影響をきたすと言っていいでしょう。
いわば、担当窓口の不勉強があり、市民に対してあらゆる情報伝えないということで起こる悲劇なのです。これは断じて許してはいけないことです。
上に挙げたように、学生の時、国民年金に加入しようと思って、役所の窓口に行き、十分な情報を与えてもらえなくて国民年金に加入できなかったり、仕事や学業の関係で、また、その時期に病気などをしていて、加入時期を逸してしまい、事故などに遭い、障害者になり、無年金のまま現在に至っている人達の一部がきっちりとした情報を流さなかった行政(国)に対して、訴訟を起こしているのです。この提訴は、全国で9カ所起こり、関西では大阪と京都で行われています。
上に挙げた事実に伴って、審査請求(決定を下した事柄についてそれが妥当なのかどうかということを上級官庁などに調査をして欲しいということを請求すること)を行った人達が関西で13名にのぼっています。でも、その人達は、審査請求・再審査請求を行っても棄却か却下されてしまいました。
そこでその人達は、昨年の7月に大阪地方裁判所に提訴を行ったのです。
9月6日、学生無年金障害者の人達の裁判が大阪地方裁判所で行われ、傍聴に行って来ました。内容は専門用語が難しく、よくわからないまま30分ほどで終わってしまいました。でも、学生無年金障害者の人達側の弁護士さんが地域における障害者の生活状況や地域自立の重要性、そして、現在の公的制度、サービスの状況などを切々と語られました。
後の報告集会で裁判の内容などをわかるように説明をしていただきましたが、内容的には提出資料の確認と生活実態をどう調べるか、そして弁護士さんが言われた障害者の生活などが語られました。また、坂口厚生労働大臣が無年金者に対する「坂口試案」を学習し合いました。
この試案は、無年金者に対する救済制度をどう位置づけるかということで国会へ上提されたのですが、どこの省庁も考えることが嫌で、たらい回しにされ、それなら厚生労働大臣の試案として挙がったものです。
ここで言いたいことは、私たちに密接に関係する事柄はどこの省庁も考えることが嫌で、たらい回しになっているということが、大臣自らの口から出たということです。
学生無年金障害者の人達の主張と国の言い分を出していきたいと思います。
障害年金は全ての障害者が受け取れる訳ではありません。障害をもったということがわかり、医療機関に初めてかかった日に国民年金に加入していること、障害認定日に一定以上の障害状態にあることなど条件があります。
1991年4月以前の学生は、国民年金に任意加入制だったため加入率は1%台で、99%の学生は未加入でした。もし学生時代に障害者になっていれば、ほとんどの学生は障害基礎年金を受けられない学生無年金障害者になっていたのです。20歳未満で障害者となった場合は障害基礎年金が受けられます。
さらに、1991年4月以降の学生は強制加入となり申請すれば保険料は免除となりましたが、現在では滞納猶予となっています。この場合でも障害者には、基礎年金が受け取とることができます。
このように国民年金法のエアポケットに陥ったままの多くの学生無年金者が今日まで放置されていることは納得できません。
私たちは、「生活できる真の国民皆年金制度の確立」をめざす裁判闘争に多くの支援を呼びかけています。
私たちの主張:「自立できる年金制度の確立を求める」
1.年金支給の正当性
(1)国民年金制度は1961年に創設以来、1991年4月までに20歳以上の学生が強制適用になるまでの任意加入制の頃の加入率は1%しかなく、この原因は当時の行政の周知がほとんどなかったことにあり、そのため、学生無年金障害者は任意加入しなければ基礎年金が支給されないことを知りませんでした。
(2)任意加入制の下では免除制度が無く収入のない学生にとっては、親の負担を考えれば入れない状況にあったのです。
(3)1994年国会で「無年金障害者の所得保障については、福祉的措置による対応も含め検討すること」という付帯決議がなされましたが、この決議は未だ実行されていません。これは国の怠慢と言わざるをえない。
(4)障害者が自立生活を営むための所得保障として、年金が必要不可欠であり、自ら働いて社会での役割を果たそうとする者として年金を求めるのは当然の権利である。
(5)20歳以上の学生を強制適用から除外し年金制度の対象外としたことは、国民皆年金の理念に反している。
2.憲法に対する違憲性
(1)同じ学生でも20歳未満の者が障害を負えば、年金料を負担していなくとも基礎年金が支給され、20歳以上の学生も強制加入となった現在では、保険料の滞納猶予が認められ基礎年金が支給されています。これは法の下の平等を保証する憲法第14条に違反している。
(2)障害者となっても最低限の保証を受けられないことは生存権を保証した第25条に違反している。
国の言い分
(1)国民年金制度は保険料を拠出し、それを主な財源にして給付を行う社会保険方式が基本なので加入しなかった者に給付をすると制度の存在基盤を危うくする。
(2)1991年4月1日以前は任意加入の道が開かれていた。
(3)学生の任意加入制については十分な周知を図ってきた。
学生無年金障害者の人達の主張と国の言い分は真っ向から対立しています。これは、当事者達の意見を聞こうとしない、また、理解しようとしない国のあり方に問題があると思われます。この動きはこれからも長く行われると思われますので本誌ではシリーズにしてみなさんにお伝えしていきたいと思っています。裁判闘争の動きや国の動向も含めますのでご期待下さい。
11月10日(日)、生活情報センターくらしかんにて、毎年恒例の『くらしかん生活展』が行われました。
当日は天気にも恵まれ、約1,500人の人出で賑わいました。
今年はポイントラリー方式がとられました。各コーナーに出展物についてのクイズが用意されており、参加者は順番に従って各コーナーを回り、クイズに答えます。答えは3択となっており、正解を答えればかわいいスタンプを押してもらい、次のコーナーに進むのです。
さて、CIL豊中も出展をしまして、内容は「くらしかん周辺バリアフリーチェック」でした。これは豊中駅ーくらしかんー岡町商店街間のバリアフリーチェックをおこなって、そこで発見したさまざまなバリアについてみんなで考えてもらおうというものです。かわいいキャラクターの布を貼って作られたマップの他、約20枚の写真を、ひとことメッセージ付きで展示、訪れた人からは大変好評をいただきました。
イベントとしては大変楽しいものになってよかったのですが、これをきっかけとして一人でも多くの市民が、自分達の住む街のバリアフリーに対して意識を新たにしていただければと思います。
(文責:根箭)
子ども達が楽しそうに入って行きます。 生活展会場入口 |
CIL豊中出展コーナー | キャラクター入りの布地を使った ユニークなバリアフリーマップ |
去る、11月10日(日)午後2時から豊中市立福祉会館集会室にて市民講座「知っていますか?支援費制度〜来年4月から障害福祉サービス制度が変わります〜」を開催しました。
すでに10月から申請受付が始まっている事もあり皆さんの関心も高く参加者は75名という盛況ぶりでした。
まず初めに、関西学院大学経済学部教授 大谷強さんが、措置制度から支援費制度への意義、申請などを通じて障害者市民が主体的にアクションをおこす事が大切だと分かり易くたとえ話を入れながら力説されました。続いて、豊中市障害 福祉課主幹 中山久司さんが申請手続きや支給量決定の考え方など、豊中市の具体的な取り組み状況を資料を元に説明されました。
最後にCIL豊中理事長 徳山、副理事長 大友、大谷さん、中山さんで参加者との質疑応答がおこなわれました。
参加者から、障害者が主体的に申請などをするための支援体制、支援費制度におけるサービス苦情の解決手段、障害者にとって望まれるサービスとは、申請に対する豊中市の窓口対応の疑問点など活発な質問や意見がありました。
講座は予定時刻を30分延長し、午後5時に閉会となりました。
(文責:徳山)
大谷勉先生 | 中山久司主幹 | 熱心に聞く参加者の方々 |
第一幕 「ホームヘルパー2級養成研修受付」
場面1
ある土曜日の朝、大阪市内にある某総合福祉センター内の体育室の床にはシートが敷きつめられ、ステージに向かって、机といすが整然と並べられていた。
今日からホームヘルパー2級養成研修が始まるのだ。その準備と受付のためにマブチとサワダは出勤していた。朝が早かった二人はまだ眠たそうに受付のいすに座っている。
今回の研修は大阪府下の自立生活センターが合同で開催するため、CIL○中のほかにも、T市、H市、I市などの自立生活センターの職員たちもそれぞれの受付の机についている。
場面2
「ほかのとこ、にぎやかやなぁ・・・。」
あくびをこらえながら、サワダがつぶやいた。CIL○中をのぞく自立センターは5、6人の職員が出勤していて、とてもにぎやかなのだ。職員総出で来て、わいわいと楽しそうに騒いでいるところもある。
「受けつけは2人でいいって、聞いてたのに・・・。」
サワダの隣に座っていたマブチはしょぼくれた声でつぶやいた。右隣のH大阪の受付の様子を盗み見しながら、ええなぁ、むこうは若い子ばっかりやで、受講生も若い女の子が多いなぁ、ええなぁ、楽しそうやなぁ、こっちはおばちゃんばっかりやのになぁ、とサワダには恐ろしくて言えないことを、マブチは心の中でつぶやいた。
場面3
受付が終わり、オリエンテーションが始まったころ、サワダとマブチはあることに気づき、顔を見合わせた。
「明日の受付、おやっさんだけやん・・・・・。」
明日は日曜日なのだが、マブチは介護の予定が入っているし、サワダは午前中を休みにして午後から受付に出る予定にしていたのだ。
2人は想像してしまった。色白の角ばった顔にクロぶち眼鏡をかけた、眉毛の太いおやっさんが、ほほを真っ赤にそめ、鼻の頭に汗をかき、うちわでぱたぱたと顔を扇ぎながら、受付にぽつんと背中を丸めて座っている姿を。それは賑やかな他の団体の受付と比べると、なんだかとても寂しい光景に思えた。
場面4
ひさびさの半日休みやってんけど、しゃーないなぁ、と思いつつもサワダは決心した。
「明日、私も朝からでるわー。」
「すんません。そうして下さい。」
マブチも申しわけない、という声を出した。
このとき、2人は知らなかった。日曜日の朝、おっちょこちょいのサワダが環状線の内回り線と外回り線を乗り間違えて、環状線を4分の3週してしまうことを。
第2幕 「以心伝心?」
場面1
CIL○中の事務所。サワダがパソコンに向かって座っている。どうやら、文書を作っているらしい。すると電話が鳴った。
場面2
「はい、CIL○中です。」と左手に受話器、右手にはメモの用意をして、いつものように電話に出たサワダだが、なぜかぎくっとしたまま固まってしまっている。
場面3
「・・・ハァ、・・ハァッ・・・。」と、受話器から男の怪しい息づかいが聞こえてきたのだ。もしかしたら、体調の悪い利用者さんが緊急の電話をかけてきてるのかもしれんと、思いなおし、「もしもし?」と聞き返してみた。
「・・・もしゃ、もしゃ・・・。」
かすれそうなその男の声を聞いた瞬間、サワダにはこの怪しい電話が誰からなのか分かったらしい。
場面4
「お、お疲れ様、です。」 と、電話の主に挨拶したサワダは受話器をマブチに渡してこう言った。
「○山さんから。しんどそうやで・・・。」
受話器を受け取りながら、マブチの顔はくもった。
「最近、ハード勤務やからなぁ・・・。あ、もしもし、マブチですけど・・・・・。」
ふたりのやりとりをじっと聞いていた、会計畑のシバタも計算機の手を止めた。
「○山さん、大丈夫ですかねぇ・・・。明日、来られますかねぇ。」
意外にも、事務局員に慕われている○山さんなのである。
第3幕 「もしも○山さんがバーテンだったら」
場面1
あるショットバー。落ち着いた大人の店という造りなのに、なぜか店内には「デビルマン」や「タイムボカンシリーズ」といったアニメソングが大音量で流れている。
「あかんがなーっ!」
カウンターの中で「ギー、ギー、ガシャ」と、古いタイプのスズキの電動車いすが動いている。それには全身黒ずくめの長身の男が座っている。丸顔に頭の形がわかるようにフィットした黒い帽子をかぶり、おまけに金縁の丸い小さなサングラスをかけている。中国マフィアか、と思うような怪しい雰囲気を漂わせていながら、そばにいる介助者に注意しているのだ。そう、彼が○山さんだ。
場面2
「0.5ミリリットル、多いでー。」
カウンター内には理科の実験などで液体の容量を測る道具が置かれている。それで測っているのはどうやらカクテルのベースにするウォッカらしい。
「えーっ。」注意された介助者はめんどうくさそうな声を出す。
その態度に○山さんは少しむっとした様子で、言葉を返す。
「おれの性格上、ゆるされへん。やりなおして。」
介助者はまたウォッカを測りなおす。
場面3
時間がかかるので疲れてきたのか、「ギー、ギー、ガシャ」と少し広いスペースに電動車いすを動かした○山さんは、「ちょっと、休憩、するから、その間に、シェイク、やっといて・・・。」と言い残し、コントローラーの横についているリクライニングのスイッチをいれる。「ガーーーッ。」という音とともに背もたれがゆっくり後ろに倒れいく。
「やったことないんですけど、どのくらい振ったらいいんですか?」
と、また介助者はたずねる。
「なーにーっ!」と○山さんは声を上げる。
場面4
「・・・・・、そこに、メトロノームが、あるから、それにあわせてやな、リズミカルに、18回・・・・・。」最後の方は声がかすれて聞き取りにくい。「はいっ。」介助者は指示通り、メトロノームのカチカチという音に合わせてシェイクし始めた。しかし、なんだかシェイカーのもち方がぎこちない。
「ちゃんと、できるんやろかー・・・・・。」
と、お客さんで来ていた、シバタは不安になるのだ。
第4幕「おやっさんvsかしまし娘」
場面1
10月も下旬に入った頃。誰もいないピア・カウンセリングルームでくつろいでいたおやっさんは、資料を取りに来たサワダに怒られてしまった。
「なんや寒いわー、この部屋。えーっ、まだ、クーラー入れてんの? 鳥肌たつから、クーラー切ってよ!!」
汗を拭き拭きしながら、おやっさんは目を泳がせた。
場面2
お弁当を食べ終わったおやっさんは、食後のデザートにと思い、頂き物のオレンジケーキの包み紙を開けようとしていた。
「また、お昼ご飯の後におやつ? ダイエット宣言したんちゃうん!?」
しまった、シバタにみつかった。
おやっさんはケーキをそそくさと口に突っ込んで、知らんふりをした。
場面3
午後六時半を回った頃。事務所内には夜の介護に行くために晩御飯を食べているヤマナカとインターネットをしているおやっさんしかいない。
おなかがすいてきたおやっさんは、おやつの棚に向かった。
「また、晩御飯の代わりにお菓子食べてんのー?あかんやん。体に悪いでー!」
おやっさんの背中にヤマナカの声がグサッと突き刺さる。
場面4
おやっさんは携帯のメールを打ちながら思う。
「いいから、いいから。僕のことはほっといてくれていいから・・・・。」
僕は、来年春に高校を卒業し、これからどういう進路を決めようかと悩んでいます。普段は電動車いすを使って、行動していますが街の様子が気になっています。CIL豊中に相談に行き、いろんな話をする中でピア・カウンセラーの方から街のバリアフリーチェックの話を聞きました。
その時の様子を今からみなさんにお話しします。
僕が「また、なんかあれば、よろしくお願いします」
と、言うと、大友さんのほうから、「あ、そうや。今度、大阪市バリアフリー構想っていってまたモニター募集してるんよ、いっしょに行く?」と聞かれました。
いろいろ体験し、いろいろな人と話ができるきっかけになれば・・・と思い参加さしてもらう事にしました。とは言っても、僕は明るい反面、「あかんたれ」な所もあるので、前の晩は、なかなか眠れなかった。しかし、幸いにも当日はリラックスできて、モニターの役目は果たせたと思います。
七つぐらいの班に分かれるのだが、僕の班は、僕と大友さんが電動車いすで、あと1人の方が手動車いすであと2人の方が視覚障害の方の計5名だった。調査は「地下鉄東梅田駅」で行われ、券売機、改札機、車いす用トイレ、ホームのアナウンス、点字ブロックと、駅のあらゆる物をチェックしていったのですが、僕は普段車いすで生活しているので、車いすの人にとって困る事などはよくわかるのですが、今回のように視覚障害の方と行動するのは初めてでした。すごく良い経験ができました。
例えば、弱視の人などは、床の色などを使って、そこの場所がどこか判断したりする場合があります。こういうことは、共に行動したからこそわかったものであり、この調査に参加していなければ、おそらくわからないままだったと思います。
僕が、よく町中で感じる事があります。それは、「少しの事、少しの差」であるということです。どういう事かと言うと、この調査の舞台となった東梅田駅にしても、ここの車いす用トイレはスペースも広く、手すりもしっかりしいるし、自動ドアも完備されて良いトイレですが、残念なのは、案内表示に車いす用トイレのマークが、どこにも無く、そこに行ってみて初めてわかるということです。
「そんなの、今の時代、駅に車いす用トイレぐらいあるやろ」と言う人もいますが、中には無い駅もあり、僕の何度か甘い考えで、「あるもの」と判断して痛い目にあったこともありました。あと視覚障害の方も言っていたように、「点字の完全表示」はとても、重要な事だと思います。トイレの事にしてもアンケートにも書かせてもらいましたが、
「表示、一つある事によりその施設が活かせられる」
と思います。あと、駅員さんの方から「新しく身体障害者用の券売機ができたので、是非試してほしい」との事だったので試してみましたが、僕は正直な気持ちとして、「なんやこれ?意味ないやん。」と思いました。
そこに着くまでにかなり楽しみにしていたし、新しいという事で期待もふくらんでいました。というのも、車いすの人は、たいてい切符を買うときには、車いすを券売機に向かって横付けします。そのようなことをしなくても、真っ直ぐ向いたままでいけるとの事でしたが、実際に使用してみると、ただ単にフットレスト、つまり足置き場の位置と重なるであろう場所に、小さなスペースが設けられているだけで、今までのように横を向いて使用する方がやりやすく、新しくできた方だと、スペースの部分に足が挟まれたりする危険性が大きいです。僕は、思いきって駅員さんに、聞いてみました。
「あのー、これ、作る前に車いすの人にも試してもらったんですか?」
すると、駅員さんからは、
「いやー、おそらく上が判断し、標準のサイズという事だろうと思います。私は直接かかわってないので、すみません」
このような答えが返ってきて、僕はこれ以上聞いても意味がないと思いました。
大体このようになる前、つまり、企画というか、もう一歩前の段階で、今回のような機会、すなわち「本当に必要としている人」と、「現場の人」との意見交換が、改めて大事であると実感しました。これからは、もっと人と人との輪を今以上に広げていきたいし、大友さんや理事長さんが言っていた、「障害があるからこそ人に伝えられる事」というのが、体で体験できてうれしかったし、これからもどんどん参加したいと思っています。
現在、大阪市営地下鉄の中でただ一カ所設置 されている、オストメイト(人工肛門)使用者 対応トイレです。東梅田駅 |
大阪市営地下鉄が新しく作ったという、 身体障害者用券売機。ちょうど足下の 部分に、車いすの先端部分(足置き台)が 入るスペースが空けられています。東梅田駅 |
前のページの下の画像にあった、身体障害者用券売機の 足下部分のスペースをアップした画像です。 |
読者の皆さん、こんにちは。日に日に寒くなってきましたが、いかがお過ごしでしょうか?これからますます寒くなりますが、体調には十分気をつけてください。
毎回、このコーナーにおつきあいいただき、ありがとうございます。「一視覚障害者から見た日本社会」というタイトルで投稿させていただくのは、今回で3回目となります。このタイトルの中に、「一」とあるのは、視覚障害者の中でもいろんな意見がもちろんあり、その中でも僕自身の視点を皆さんに紹介したいという思いの表れです。
今回は、視覚障害者にとって、「教育を受けること」と、「働くこと」について、お話したいと思います。まずはじめに、何故、この2つのテーマを取り上げたのかについて、簡単ではありますが、説明したいと思います。
視覚障害者は、重複障害がない場合は、24時間の常時介助は必要ない人がほとんどですが、だからといって、何も不便を感じることなく、日々の日常生活や、社会生活を営めるわけではありません。この社会を構成する一市民として、当たり前にできなければならないこと、当たり前に経験できなければならないことが当たり前にできない現状が、視覚障害者にも、やはりあります。教育を受け、仕事を持って働くということは、人のライフサイクルの上では欠かせないことであります。この2つのテーマを取り上げたのは、これらの中には、視覚障害者が抱えている固有の問題があり、それを強調しておきたいと考えたからです。
▲視覚障害者と教育
それでは、視覚障害者の教育の現状について、義務教育と高等教育とに分けてお話します。
義務教育においては、学校教育法により、ある一定の視力以下の児童は盲学校に入学することになっています。1970年代以降、統合教育児の事例が見られるようになりましたが、国として、その数を把握しているわけではありません。国は、あくまで分離教育の立場を未だ変えておらず、視覚障害児が地域の学校に通おうとする時、国としてのサポートのための施策はもちろんなく、視覚障害児に対するサポート、つまり、教科書の点訳、授業時のサポート、登下校のサポートなどを家族やボランティアに頼らざるを得ないのが現状です。中でも、母親に負担が集中してしまうことになる場合もあります。母親が登下校時に付き添うことという条件を了承した場合にのみ、入学を認める学校もあります。また、「対応できない。」、「設備を整えられない。」などと言い、最初から障害だけを理由に入学を認めないという学校もまだまだあります。
高等教育においては、義務教育がきちんと保障されていない現状では、最初からスタートラインが違い、もともと不利な状況にあると言えます。
とはいえ、大学進学に焦点を当てて見てみると、近年では毎年30人程度の視覚障害者が入学していて、大学の門戸は開放されつつあります。しかし、視覚障害者が選択できる大学は限られているという問題はあります。なぜならば、すべての学校で点字や拡大文字による入学試験の出題など、受験時に必要な配慮は保障されていない現状があるからです。また、大学の中には、受験時の配慮はするが、入学後の配慮、つまり、教科書や配布プリントの点訳、講義の配慮、点字ブロックの敷設などの設備、事務連絡などの情報をどう保障するのかは、大学側は一切関与しないというところもあります。 受験時に必要な配慮が認められなければ、どれだけその大学・学科に進学したいという意志があったとしても、視覚障害者は他の大学・進路を考えざるを得ません。また、入学後も必要なサポートを保障するという大学の中から、受験する大学を選ぶという視覚障害者も少なくないと思います。
受験時や入学後に必要なサポートを保障するかどうかは、その大学によって対応は事実上、任されており、国としての制度・政策はありません。ですから、視覚障害者の研究・学習環境は、まだまだ晴眼者(見えている人)と同等の環境を保障されているとは言えません。
▲視覚障害者と就労
視覚障害者と雇用・就労問題については、近年では、鍼師や灸師といった職業だけではなく、公務員や教師、福祉施設などの団体職員にへと職域は拡大しつつあります。弱視の人の中には、民間の一般企業へ就職する人も増えてきています。
しかし、視覚障害者、特に点字使用者の雇用状況は、なかなか改善されないのが現状です。国家公務員では点字による採用試験の出題を1991年から行っていますが、未だ1人しか合格者が出ていません。地方自治体でも点字による採用試験の出題を行うところは増えてきていますが、まだ行わないところはありますし、民間の一般企業の中ではほとんど行われていません。点字による1次試験をおこなってもらえないと、その時点で点字使用者は採用過程に参加できないということになります。最初から排除されてしまうということです。
点字による採用試験の出題を行わない理由として、「入ってもらってもやってもらえる仕事がない。」、「サポートを保障できない。」というのが鋭利を追求する一般企業を中心に、よく主張されることです。地方公務員試験の身体障害者を対象としたものでも、「活字による出題に対応できる者」ということを受験資格としている自治体は多く存在します。
こうして見てくると、日本の企業文化においては、視覚障害者、特に点字使用者に対する理解はまだまだ浸透しておらず、視覚障害者は働く主体としては見なされていないと言えます。だから、視覚障害者がなかなか採用されない状況があるのですが、これは、制度的な問題が大きいように思います。
1960年代より、障害者雇用促進制度が発足し、これまで何回も改正され、施策が展開されてきたのですが、この制度は、「障害者雇用促進」と言いながら、国に促進する気などは全くありません。
障害者雇用促進制度は、「障害者雇用率制度」と、「納付金制度」から成り立っているのですが、国は、障害者雇用率未達成企業から納付金を集め、それを財源として、障害者雇用率達成企業に助成金を支払うという仕組みになっています。ですから、国は、すべての企業が障害者雇用率を達成してしまうと困ってしまいます。助成金の財源がなくなってしまうのです。国は、助成金の財源のために、障害者雇用率未達成企業を制度的に必要としているのです。
このような状況の下では、国は、障害者の雇用を推進しようと国の施策として行っていますが、それは、国にとって自分で自分の首を絞めていることになるのです。したがって、真に障害者の雇用率を上げようという意図は、国にはないということです。ですから、現在のところ、国として、すべての事業者、組織において、点字による採用試験の出題を行わないという障害のみを理由とした採用過程からの排除をしないことや、採用後に視覚障害を補う必要な配慮を整備することなど、真に視覚障害者の労働権を守る施策は展開されていません。障害者雇用促進法の改正というのは、ただ、納付金の金額を上げたり、障害者雇用率を上げたりするだけです。これは、制度の構造的な問題の解消へと向かうものでは全くありません。
▲日本型差別禁止法の必要性
以上のように、視覚障害者にとっての「教育を受けること」と、「働くこと」について、お話してきました。これらに共通して言えることは、国としての取り組みがないため、様々な問題が生じているということです。地域の小・中学校でのサポートが保障されなかったり、入学試験や採用試験の問題の点訳がなされなかったり、働く主体として見なされなかったりという具合にです。
もし、国として、具体的にこれらのことを保障する制度・政策があれば、視覚障害者に対する必要なサポートが学校や事業者の裁量に関わらず、保障されるのではないかと思います。視覚障害者の様々なサポートについて、それぞれ個々の学校や事業者の判断に任せてしまっている現状では、進路の選択にあたって、時には視覚障害者本人の意志や希望を踏みにじり、夢を奪う結果となってしまいます。どのような進路選択をしたとしても、「サポートを保障できない。」、「対応できない。」などのように、障害のみを理由とした排除が行われないように、国としての対策、包括的な政策が必要ではないかと考えます。
ある個人の意志や希望、夢を実現していくということは、日本国憲法に掲げられた基本的人権を保障することであり、それを無視することほどの人権侵害はないと思います。個人の意志、希望、夢をその個人の持つ特性のみによって侵害することは、その個人の人間性をも否定することにつながると思います。
現在、先進諸外国では、1990年の「障害を持つアメリカ人法(ADA法)」にはじまり、40以上の国に、「障害者差別禁止法」が制定されています。障害者差別禁止法は、障害者の権利を包括的に保障する人権立法であります。日本ではまだ障害者差別禁止法は制定されていないのですが、この法律は必要ではないかと思います。日本型の障害者差別禁止法があれば、今回取り上げたような視覚障害者の問題も解消できますし、他の障害種別の人たちにとっても、この社会で生活していくための当たり前の権利を保障していく上で重要となると思います。
今回は、少し難しい話になってしまったかもしれません。読者の皆さんがどのような感想を持たれるのかは、今、これを書いている時点では分かりませんが、少しでもこの社会で視覚障害者の置かれている状況を理解して、何かの参考にしていただければ幸いです。次回も、おつきあいのほど、よろしくお願いします。
食欲の秋(と言ってもあと数日で終わるのだが)ということでオープンして客足も落ち着いたところで、千里セルシーの5階にできた千里中華街を紹介したいと思います。
千里中華街は屋内型では国内最大級の中華街で、ビルの外側からでは中華街というのがわかりにくいのですが、中に入ればどう見ても中華街だとわかります。
それでは千里中華街のある千里セルシーまで案内しましょう。
A 北急を利用する場合
千里中央行きの電車に乗り、終点で降りてください。その時後ろから2両目と3両目の間にいるとエレベーターがあり便利です。エレベーターで改札階まで上がり、南改札口を出ます。
南改札口を出てすぐ左に曲がると知らない間に千里セルシーの地階に入ることになります。そのまま道なりに進むと地階の駐車場がありますが、その前にある扉を出ずに、左に曲がるとエレベーターがあります。それで中華街のある5階まで行ってください。
B モノレールを利用する場合
少路駅以西から乗る場合は門真市行きに乗って、山田駅以東から乗る場合は大阪空港行きに乗って千里中央で降りてください。一番門真市寄りの車両にいるとエレベーターがあり便利です。
改札を出てペデストリアンデッキ(わかりやすく言えば、建物と建物をつなぐ陸橋のこと)をそのまま進み、右手に見えるみずほアセット信託銀行かモスバーガーのところを右に曲がってエレベーター乗り場に行ってください。そして中華街のある5階に行ってください。エレベーターは2階から乗ることになりますので、帰りは間違って1階に行かないでください。
また、阪急沿線の方は蛍池でモノレールに乗るのが便利でしょう。
千里セルシーの5階に着きました。エレベーターを降りてすぐ入口がありますが、この入口はすぐ階段になっているので、すぐ右に曲がり、喫煙所(と言っても大きな灰皿があるだけだが)を越えて左側に入口があるので、ここから入ってください。スロープがあるのでそこを下りると飲食店に入ります。またそのスロープを下りたところに車いすトイレがあります。その車いすトイレが今はまだ珍しく、ユニバーサルシート(ベビーシートをかなり大きくしたもので、長さが150センチあります。当然成人が乗っても壊れない)があります。
建物そのものは少々古いので、スロープで下りなければいけませんが、スロープを下りてからは段差なしで店に入れます。
中華街と聞くと飲食店しかないのではと考えがちですが、確かに飲食店が殆どではありますが、雑貨や食材、占いもありまして、四柱推命のコンピューター占いをしてもらいました。それによると、私の来年の運勢はかなりいいという結果が出ました。ということで個人的には来年が楽しみです。
雑貨や中華食材の方は先ほど乗ったエレベーターの5階で下りて左に曲がるとすぐあります。ですから物を食べてから帰る前に立ち寄るのがいいのではないでしょうか。最近はやり(?)の香酢も売っていました。(ちなみに神戸の南京街と同じ値段でした)
さて次はどこで食べよかな。
外側の写真なので、中華街の雰囲気は感じられないが中に入るとやはり中華街だと感じる。 また、右側に写っているのがセルシーのエレベーター。 |
はじめに
今年4月、社会福祉法人豊中親和会運営の「知的障害者通所授産施設 みらい」がオープンしました。豊中では初めて作業所から移行された、従来型通所授産施設です。
前号の特集でも取り上げましたが、従来障害者(特に知的)の働く場とされてきた無認可作業所は今、大きな転換期を迎えており、その多くが法定化への道を歩んでいます。しかし法定化後の施設というのは実際にはどんな感じになるのか、一障害者団体としても関心があるところでした。そこで今回、先陣を切ってスタートした「みらい」を訪ねることにしました。法定化された後、一番何に苦労し、今は一日の流れはどうなっているのか、取材を通じて少しでも学べればいいなと思いました。当日は広報誌担当の木村・根箭の2人が伺い、施設長である川合文子さんに全面的にご協力いただきました。
「みらい」建物全景 |
根箭 「ここは4つの作業所が合体してできた施設だと伺っておりますが、合体にいたるまでの流れや経緯を聞かせていただけますか。」
川合 「はい。まあ合体というか、無認可の作業所としては一応終わっているのです。そして豊中市手をつなぐ親の会が「親和会」というのを作り、それが設立元となって社会福祉法人を取り、国から認められました。無認可の作業所は補助の問題など大変で、ある作業所では作業場が3階にあってエレベーターがなく、利用者の高齢化で荷物を運ぶのがしんどくなってきました。そうしたことがあって、2年ぐらい前から親の会の間で、法人化をして場所も新たに再スタートという動きになり、市からの援助もあったみたいです。ここの土地は市から無償でお借りしました。そして建物は親の会が出資して、国や医療事業団からも補助を頂いて建てたのです。」
根箭 「利用者は50名ということですが、障害の種類は何でしょうか。」
川合 「全員知的障害です。うち37名が重度で、18名は身体障害者手帳を持っています。身体障害は4級が一番多いですね。」
どんなことをしているの?
木村 「この施設では、モノを作ったりしているのですか?」
川合 「タオル作りとか、下請けの受託作業が中心となっています。自主制作としては、お店で肉などを入れるプラスチックパックに新聞紙や和紙を貼ってトレイにしたりしています。あとは紙製の箸置きを作っているほか、目の不自由な人に封筒を出す際の刻印を印字するものを作っています。」
木村 「スタッフの数というのは、何人ぐらいですか。」
川合 「12名です。私が施設長で、あとは事務、栄養士、それに支援スタッフです。8名が常勤職員、1名が嘱託の常勤職員です。そしてパートの職員の方が16名おります。」
苦労話、あれ、これ・・・
根箭 「日頃活動されていて、一番苦労されることはなんでしょうか?」
川合 「利用者の方が体を動かせる時間を作ることですね。ここは運動場がありません。公園の清掃業務を受けておりますのでそれを通じて体を動かしたり、前の作業所の続きで畑も一つ借りていますから、そこでサツマイモや花を植えてみたりということもしています。」
根箭 「でもこれだけ人数が多いと、移動も大変でしょう?」
川合 「そうです。ですから何人かはここに残りますが、そうなると残った利用者と一緒に作業をするパートのスタッフも必要となってきます。職員は付き添いで外に出ますから。そういうスタッフの確保やローテーション作りも大変ですね。
あと、これは送迎に関してもそうなのですが、車や運転手のローテーションも、特に最初のころは大変でした。送迎は、今はシルバー人材センターさんにお願いしていますが、最初は全部スタッフがやっていました。そのときはスタッフは、朝早くから何度も送迎に走ってその後すぐにここで作業、そして帰りはまた何度も送迎にというスケジュールできつかったです。また、送迎にはバスを使用していますが、車庫がないというのも困っている点ですね。バスは法人が買いまして、運営・管理は阪急バスさんに委託をしています。車庫がないのでバスは送迎が終わったら、いったん伊丹の方にある営業所に返してもらっています。」
根箭 「もともと小さな作業所でやっていたのが急にこんな大きな施設になって、最初はみんなビックリしたのではないですか?」
川合 「そうですよね。私は4月1日に辞令をいただいて、その2日後から全員を受け入れました。だからすごい冒険でしたよ。支援スタッフも、半数はこの春大学を卒業したばかりで、いきなり全員を受け入れるというのはものすごいプレッシャーだったと思います。いろいろなところからの要請に応えなくてはいけないので、みんな一丸となって必死でした。」
根箭 「何もかもが草創期で、透明期だったわけですからね。」
川合 「仕事も探さなくてはなりませんでしたからね。今まで作業所に仕事をくれていた企業に走って何とか仕事をもらおうと頑張りました。人員的な面でもどんどん募集をかけて、5月になると少し余裕も出てきましたかね。」
根箭 「何か仕事を探しているぐらいなのに仕事が忙しいぞ、みたいな(笑)。」
川合 「そうですね(笑)。でもみんなチームワークはすごく良くて、職員とパートスタッフとの関係も良好です。親の会の方々も日頃からすごく協力的ですし、みなさん理想に向かって頑張ってくれています。」
そして、これから・・・未来へ
根箭 「ここは社会福祉法人ですから、来年になると利用契約に移行するわけですけど、それに向けて予想される、何か大きな変化みたいなものはあるのでしょうか?」
川合 「特に大きな変化というのはないと思いますけど。10月からの説明会に向けて個人支援プログラムを作るということで、本人さんや保護者の意見など、いろいろ聞いたり観察したりしています。ただ『してあげる』というのではなく、やはり『待って』本人が自分でやるようにする、そしてできない場合はこちらが援助する、ということでやりたいですからね。」
根箭 「ちなみにここの利用者で、親元を離れて、介護者付きでの自立生活をしている方とかはおられるのですか?」
川合 「いえ、そういう方はおられないのですが、グループホームで生活している方はいらっしゃいます。」
根箭 「法人になったら、グループホームの運営もできますよね。」
川合 「そうです。そして生活支援事業もやれるということで、いま国に申請中です。下りてきたらうちの法人が請け負うことになっています。ここのみなさんの平均年齢ももう35歳なんですね。やはり親亡き後も地域で当たり前に暮らせるようにしていかなくてはならないし、グループホームにしても、もっと将来のことにつなげていかなくてはいけないと思います。」
根箭 「どうしても親亡き後のことが重要視されてきますよね。今日は大変お忙しいところをご協力下さり、本当にありがとうございました。」
おわりに
「みらい」は大変きれいで、スペースを有効に活かしている施設でした。いろいろと創意工夫がなされていてすばらしかったと思います。利用者の皆さんも大変活気がありました。沢山の苦労話も聞けて勉強になったと思います。今後もいろいろな面で試行錯誤の時期が続くと思いますが、みらいへ向けて、更なる発展を期待したいです。最後に取材にあたり、お忙しい中最後まで丁寧にご協力下さいました川合文子所長に、改めてお礼申し上げます。
それでは、ここからは画像とともに、「みらい」での活動の様子を眺めてみることにしましょう。
(文責:根箭)
作業場全景です。50名もの方がおられるので、とても賑やかです。 | これは先ほど取材の時に出てきた、「肉などを入れるプラスチックパックに新聞紙や和紙を貼ってトレイにする」という物ですね。 | こちらは紙製の箸置きです。画像はモノクロですが、実際は鮮やかな赤色をしています。 | これはタオル作りですね。 色は黄色をしています。 |
カフェテラスもあります。 | なかなか豪華なダイニングルームです。 | 休憩室。右側は和室になっています。 |
昨年度よりCIL豊中では養護学校の生徒を実習生として受けています。
今回は、10月2日から3日間の実習で、「街の様子を知ってみよう」をテーマにし、車いすで歩いてみて道路の状況やスーパーマーケットなどの設備を調べて、マップを作ることを目標にしました。
今回の実習生はけいこちゃんといって、電動車いすを使っている高校生です。当センターで行われた自立生活プログラム講座にも参加したひとりです。
服部と庄内を中心にして、事務所から駅までの経路とその周辺のお店と車いす用トイレの状況などを見て回りました。
けいこちゃんは、電動車いすにはまだ慣れていなくて、突然止まったり、斜めになってる道路では、溝の方や車道の方に突っ込んでいきそうになり、介護者や私たちをハラハラさせる場面もたまにありました。でもその時は笑ってすまそうとすることもありました。
服部駅に行く途中で、道路に長さ30cm、幅15cm、深さ10cm位で車いすやベビーカー、そしてお年寄りが踏むと転倒の危険性がある穴があり、けいこちゃんは「これ放っといたらあかんわ」と言って、チェックを終え、事務所に帰ってから市役所の土木課に電話をし、道路を直すように依頼をしました。すると、一時間ほど経ってから事務所のスタッフが行くと「もう直ってるで」と言って帰ってきました。
帰る途中で、そこを通り直っていることを確認するとけいこちゃんは自信にあふれた様子になり、次の日におこなった、マップ作りも介護者に指示を出しながら作っていました。
この実習で、自分から動き、市役所へ電話し、それによって道路が直ったということは本人にとって、大きな自信になったと思うし、これからのけいこちゃんの生活が楽しみになっていくと思いました。
(文責:大友)
けいこちゃんが発見した穴 | ふさがりました! |
ある日、とつぜん冬がやってきました。でもえりは、よく食べ、よくしゃべり、よくおどっております。
やっぱり、子どもは太陽です。いっしょにいると、えりのことばで、困ったことでも、笑いにかわることもしばしば・・・。
えりは、小さなお母ちゃんの巻
その一
ある日、とっても困ったことがおきました。介護の人が突然お休みされてしまいました。
さあ、たいへんです。その日はえりのことで、えりをつれていかなければならないことがあります。ママは、考えました。でも、しかたありません。えりに相談しました。
「きょう、介護の人、急に来られなくなって、どうするー ママが電動車いすにのって送っていこうか」とか、言ってみました。何を隠そう、ママは電動車いすの名手ならず、迷手。まだまだ初心者、こわいです。そのとき、我が娘は、小学一年生を脱し人生を知り尽くしたおばさんと化し、「人生、そんな、あまくないわよ」と、ポツリ一言。
ママは、開いた口が、しばらくふさがりませんでした。で、日を改めて行くことに一件落着となりました。
その二
歯医者さんで下の歯の歯石をとってもらった日、えりに「ねー、ねー、ママの下の歯、きれいになったやろ、みてー、見てー」と、いったところ、「べつに。わからんわ」とすげない。ママはえりに甘えて、さらに突っ込む。「もー、何も食べないでおこうかなあ。食べたら、歯が汚れるし」といってみる。「そしたら、ママ、しむ(死ぬ)やんかあ。」ここまではよかったんですが、そのあとがいけなかった。
隣の介護のおねえちゃんにむかって、「ママの代わりになってー」ちゃんちゃん。ママは、この言葉で我に返りました。
あとで、「ジョーダン、ジョーダンやんかあ」といって笑うえりですが、ママは、「しま(死な)ないで」と、いってくれることを期待していたのですが(ショック)、これほどまでに成長したんやなと感動したり、その機転がおもしろくて、わらってしまったり、楽しいひとときでした。
我が家の朝は親子ふたりで戦争です。でもいつも時間に余裕のあるときは、ママのスケジュールを話すようにしています。
「きょうは、○○にいってくるからね」
その日なぜか、ママの期待通りのやさしいことばが返ってきました。
「きょう、わたし学校やから、ついていけないけど、がんばっておいでや」そのことばを聞いて、とっても元気になれたママでした。
時に、突き放され、時にはげまされるママ、ママの操縦法を心得ている我が娘に、ただ、ただ、脱帽です。
‐強者と弱者‐
外灯がたそがれに浮かび上がりはじめる頃、僕は、近所の住宅街を歩いていた。バリ島で大きな爆弾テロがあったというニュースが携帯ラジオから伝わってくる。キャスターの声は冷静だった。無差別に市民を標的にする行為を、憎まないわけではないし、梅田の雑踏の中で、「何か」おきたら、と、おそろしくなるときもある。だけど、正義を名乗る資格がどこの国にあるだろうか。アメリカだって、日本だって、侵略した国々で、何をしたのだろうか。一人ひとりの命に、重さの違いはないはずなのに。きっと、イラクにも、北朝鮮にも、障害者や女性や、子どもやお年寄り、そう、普通の人達は、いっぱいいる。戦争で儲ける一部の人達のために、たくさんの命が失われる。たくさんの生活が破壊される。
社会保障関連の政策を充実させることで、どれほどの経済的な効果が生まれるか、わからない。税金などの負担と背中合わせの充実かもしれない。ただ、自分達の生活を守るためだけではなく、国のあり方、自分の考えの根っこがどこにあるのか、など視野を拡げて福祉を考える、構築する時代になったのではないだろうか?
アジア大会での北朝鮮の、「ほほえみ隊」の姿をニュースで見た。生活の側にいない人のために、笑いたくない、と思った。自分と異なる考えを認めることが大切だと思った。普通の毎日を続けたいと思った。
1.障害者の自立生活に関する相談及び支援事業
(1)豊中市障害者生活支援事業(受託事業)
障害者やその家族等の相談支援 相談件数 320件
(2)第1回自立生活プログラム講座開催 テーマ「食生活を考えよう」
全5回 受講生5名
2.障害者及び高齢者の介護等在宅福祉事業
(1)豊中市ホームヘルパー派遣事業(受託事業)
重度障害者に対する自薦運用型ホームヘルパー派遣 11,797時間。
(2)介護保険訪問介護
基準該当による訪問介護。749時間。
(3)介助サービス
地域の支えあいに基づく介助者派遣(登録制市民互助活動) 5,442時間。
3.障害者の移動支援事業
豊中市障害者外出支援サービス事業(受託事業)
リフト付き自動車を運行し、一般の交通機関を利用するのが困難な障害者を支援 174回。
4.障害者の社会参加・交流事業
障害者の社会参加及び交流を深めるためイベントを企画開催。
お花見 4月13日、大阪府民牧場、参加者16名(障害者7名)
5.福祉に関する啓発・広報事業
広報誌の発行、パンフレットの配布
「CIL豊中通信」1号、2号発行 各約500部。
各種パンフレットを随時配布。
6.福祉に関する人材育成事業
ホームヘルパー養成研修2級課程 8月より開催中 受講生37名。
7.点字名刺事業
点字名刺の作成販売 32,697枚。
このコーナーは、当センタ−ホームページの「CIL豊中近況」という所から抜粋しました。事務局のようすが少しでも分かって頂けたら嬉しく思います。
≪9月≫
2002/9/11
第3号へ向けての第一回編集会議
広報誌「CIL豊中通信」第3号へ向けての第一回編集会議が行われました。前号の反省と、今号の特集について協議をしました。
2002/9/20
バリアフリーチェック
豊中駅ーくらしかんー岡町商店街周辺のバリアフリーチェックを行い、50枚近くの画像を撮りました。交通量が増えすぎた現代の街においては、何よりも駐車・駐輪によるバリアが目立つという事を、改めて実感させられました。
≪10月≫
2002/10/7
交通バリアフリーワークショップ参加
13:00〜16:30まで行われた交通バリアフリーワークショップに参加しました。今日は千里中央周辺を実際に歩いて現地調査をしたのですが、いざ歩いてみると、普段は気付かなかった様々な問題点をいっぱい発見しました。
2002/10/26
ホームヘルパー2級実習
今日から基本介護実習が始まりました。実習初日の今日は主にビデオによる講義で、途中何度か介護のやり方を前でスタッフがデモンストレーションをする時間もありました。このデモ、特に介護者役の人が熱演で館内からは笑いの連続。受講生の間では大好評でしたよ。
≪11月≫
2002/11/8
事務局会議
13:00から今月の事務局会議が行なわれました。支援費制度に向けての最新情報や聞き取り調査の情報、それにコーディネーター会議の内容などが報告されました。
A.豊中市障害者生活支援事業(無料)
障害者やその家族等の相談等支援をします。
●ホームヘルパー、デイサービス、ショートステイなどの利用援助
●社会資源を活用するための支援
●社会生活力を高めるための支援
●ピア・カウンセリング
●専門機関の紹介
B.ILPルーム(自立生活体験室)
自立生活をめざしている障害者の方が、実際の生活に近い環境で、自立生活を体験してみる部屋です(介助者の方は無料)。
●宿泊利用・・・・1泊 1,000円
●デイ利用・・・・1回(5時間まで) 500円
*デイ利用の場合、ご利用出来る時間帯は9:00〜18:00です。
なお、基礎的な調味料はこちらで用意しています。
C.介助サービス
介助が必要な方の自立支援を目的に、地域のささえあいに基づく登録制市民互助活動です(公的福祉制度外のサービス)。
利用対象者・・・原則として豊中市在住の障害者
●一般介助(8時〜22時) 1時間 1,000円
(その他の時間) 1時間 1,200円
●宿泊介助 1回(12時間以内)7,000円
延長分は上記一般介助で計算。
*いずれも介助者の実費交通費(上限800円)を負担していただきます。
●旅行介助 1泊(24時間) 12,000円
延長分は6時間(3000円)単位で加算。
交通費及び宿泊費は原則利用者負担です。
キャンセル料・・・
前日まで無料。当日は半額です。(上限10,000円)
介助者募集中!(初心者大歓迎)
D.豊中市障害者外出支援サービス
リフト付き自動車を運行し、一般の交通手段を利用するのが困難な障害者の外出を支援します。
●利用対象者は豊中市に在住し、次に該当する人です。
(1)下肢・体幹障害1・2級で車いす等を使用している人。
(2)四肢障害1級で車いす等を使用している人。
(3)腎臓機能障害で透析治療を受けている人。
●利用できる日時
午前9時から午後5時(火曜日、日曜日、祝日、年末年始12/29〜1/3を除く)。
●利用目的
社会参加を目的としますので、特に制限はありません。
●利用回数
月4回まで利用できます。
●利用料・区域
(1)豊中市内 片道 500円 往復1,000円
(2)特定区域 片道
1,000円 往復2,000円
【特定区域は池田市・吹田市・箕面市・尼崎市・伊丹市・大阪市(淀川区・西淀川区・東淀川区・北区)】
●同乗者について
必ずしも必要ありません(利用者の必要に応じて家族等の同乗をお願いします)。
E.点字名刺
もし、あなたが目の不自由な人に名刺を手渡す事になったら、今のあなたの名刺は役に立つでしょうか。視覚障害者との出会いもきっと増えるこれからの社会、あなたも点字入り名刺を持ってみませんか。
●既存名刺への点字打ち込みの場合 10枚150円
●片面名刺印刷と点字打ち込みの場合 10枚300円
●両面名刺印刷と点字打ち込みの場合 10枚350円
ロゴ・イラスト又は写真入りの場合は10枚につき50円の加算となります。
●送料は一律270円です。
短歌
桐(きり)の花 ここは天領(てんりょう) 蔵の町
腹みせて 電池切れたか 兜(かぶと)虫
猫の子も テレビ観戦 虎の貌(かお)
白々と 明けゆく峪(たに)の 山坊師(ぼうし)
大阪市 森 英治さん
このコーナーでは、みなさんからの短歌、俳句、詩などを募集しております。詳しくは編集責任者 大友まで。
みなさまどんどんご応募してください。
ご寄付・ご寄贈いただき、ありがとうございました。
■栗田 公平さん 20万円
手動車いす、シャワーチェアー、温熱ヒーター、衣類
■北浦 百合子さん 電動車いす
木枯らし一号が吹き始めて、朝晩は暖房が恋しくなってきました。
読者のみなさまは、いかがお過ごしでしょうか。
さて、「マイライフ豊中」の頃から編集長をされていました、木村 光伸さんが退職されました。
木村さんに代わり、編集責任者として、大友 章三が就任することになりました。分からないことばかりで、編集委員の皆さんと一緒に読みやすく、楽しい広報誌にしていきたいと考えていますので、よろしくお願い申し上げます。
VOL.03は、写真を多く使い、その構成にも少し工夫をしてみました。工夫したところ分かって頂けますでしょうか。
読者の方で、写真やカット、イラストなどをためておられる方は、この広報誌を発表の場として使って頂ければと思っています。もちろん、詩、短歌、俳句なども募集しています。
お気づきの点があれば、広報誌編集担当まで・・・。