広報誌『CIL豊中通信』Vol.44

2014年秋号


も く じ




印刷版の表紙
1. 基幹センター&相談支援事業所、一挙紹介!!
2. 特集: 出生前診断 ~生まれてきて意味のない命は無い~
3. “ つながるサロン” 終了しました
4. 「サービス等利用計画とセルフプラン」市民講座報告
5. 「難病と暮らす今の生活」市民講座報告
6. 2014年度CIL豊中通常総会報告
広報誌編集部
広報誌編集部
事務局
事務局
事務局
事務局
みなさんからの、投稿コーナー
7. 短歌
8. ぼくの日曜日
9. 哲珍の部屋
岩國久美子/吉村史生
海帰優人
上田哲郎
10. サロン便りだヨン
11. 事務所スタッフのつぶやき
12. CIL豊中近況/お知らせ
13. サービスのご案内
14. 編集後記
TSW1
事務局
事務局
事務局
瀧本香織


発行号のエトセトラ ~秋号~

USBで動く扇風機(理事長の元私物)を夏場に導入しました。
謎の機能『VOICE』に、「動け~」だの「ストップ」だの、スタッフ一同思い思いの言葉を扇風機にかけていました。



1. 基幹センター&相談支援事業所、一挙紹介!!

広報誌編集部

 障害者総合支援法・児童福祉法では、サービス等利用計画の本格実施など障害者(児)の相談支援の充実が図られています。豊中市ではこれを受けて、4月から豊中市障害者基幹相談支援センターの開設及び市委託障害者相談支援事業所の充実等が行われました。そこで、基幹相談支援センターと障害者相談支援事業所(市委託9ヶ所+あかりケアサポート)を取材しお話を伺いました。

★基幹相談支援センター(稲津町1-1-20、Tel 06-6862-0095/Fax 06-6863-7063)

 稲津にある障害福祉センターひまわりの2階の一角に豊中市障害者基幹相談支援センターがあります。基幹相談支援センターは、市直営と民間委託の官民協同で運営しています。市直営部分では、障害者虐待防止センター及び成年後見制度利用支援事業等の権利擁護などを、民間委託部分では、3名の相談員が豊中市全域の障害総合相談などを行っています。
※基幹相談支援センターでは、計画を立てる業務は行っておりません。

【相談件数は?】
 日によってばらつきがあるけども、平均だと9~12件くらいです。どっぷりと相談を受けているケースもあれば、連絡調整で動き回っているケースもあり、1日に何十件も相談が入ってもすべては捌く事は厳しいのが現状です。

【今の基幹相談支援センターの課題は?】 
 計画相談をどのようにしていくのがいいのかを検討していかないといけないと思っています。それは地域の相談支援センターも含めて、共通の課題です。
 まだ「基幹センターって何してくれる所なの?」と言われたり、地域からあまり理解されていないし、市民全体にはまだ伝わっていないのが現実です。
 基幹センターの隣に市の虐待防止センターがあるので、「どっちに相談に行けばいいだろう」って思う人やそのまま通り越してしまう人もいるように、基幹相談支援センターの認知度の低さが現状でこれからの課題です。

【これからの基幹相談支援センターの目標や目指している事は?】 
 相談支援事業所のまとめ、中心になって支援体制を深めていくのが本来の目的なので、バックアップ体制とかフォローアップを基幹としてきちんとできるように力を付けて、役割を果たせる場所にしていきたいと思っています。
 地域の相談支援事業所も今年から委託が増えたというのもあるので、地域の力も底上げしていくような環境になって、そういうお手伝いも含めて目指していきたいです。お互いそれぞれの役割に合わせてスキルアップできる関係が豊中市全域でできると一番良いと思っています。
 行政と地域の橋渡しが基幹相談支援センターだと思うので、地域で生活されている方に一番寄り添いながら、事業所と連携取りながら、市からも協力してもらいながらという事をやっていけたら一番良いと思っています。
「この基幹相談支援センターがあれば解決するよ」っていう窓口を目指していきます。

【読者に伝えたい事やメッセージがあれば、教えて下さい。】
 自分の事で「あっ、どうしよう」と思ったり、周りの人が相談できずに困っている人がいれば、どんな事でもいいので、抱え込まずに総合窓口まで、まずは連絡をもらえたら一緒に考えていきます。(瀧本)

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①相談支援事業所あすなろ(寺内1-1-10、Tel 06-6866-2941/Fax 06-6866-2950)

【2012年の4月から事業をスタート】
 丸2年が経過して漸く利用者様・ご家族様にも浸透してきました。以前は手続き毎に市役所に出向かなければならなかったが、いまでは「あすなろ」で全ての手続きと相談事にも応じてもらえるので楽になってきた、という声が聴かれるようになってきました。
 来年4月からサービス等利用計画の作成が、福祉サービス(一部を除く)を利用する時の必須事項になります。これまでにないペースで相談ケースが増えています。基幹相談支援センターと、しっかり連携して取り組みます。

【今後の展望】 
 同法人内にも相当数の計画未作成の方が待っておられます。その方々への取り組みに加えて、新規の方への取り組みも展開していく予定です。そのためにも基幹相談支援センターのスーパーバイズ機能には大いに期待しているところです。(大東)

相談支援専門員は3名



②サポートセンターる~ぷ(小曽根4-27-18、Tel 06-6332-8866/Fax 06-6332-8867)

【強みは精神】 
 サポートセンターる~ぷは、開設して15年目になります。今回の制度改正前より、地域活動支援センター事業とも併せて委託を受けています。フリースペース(憩いの場)を使って、利用者と一緒にプログラムを組み立てる地域活動支援にも力を入れてきました。
 入口には段差があり、建物は残念ながらまだバリアフリーにはなっていない現状ではありますが・・・・。
 る~ぷは豊中市の南部にあるので、南部に住む方の計画作成の依頼が多いです。障害特性によっては、他の事業所に相談をさせてもらうこともありますが、事業所の強みを活かして、皆さんの望む生活を共に考えていきたいと思っています。

【今後について】 
 現在は3名の相談支援専門員がいます。計画相談の業務は、皆さんの生活の質を向上させるための計画作成だと思っているので、こなすことだけが目標とならないようにしたいです。
(根箭)


③相談支援センターきらら(新千里西町3-2-1 2F-2、Tel 06-6170-6592/Fax 06-6170-6593)

【2014年4月から、指定特定相談支援事業所としてスタート】
 千里中央駅から歩いて10分程のマンション2階に、事務所を構えています。3名のスタッフで、7月現在に於いて25件の計画相談支援を行っています。
 豊中市では今年6月より障害福祉サービス・障害児通所支援を利用する方々に更新手続きの案内に合わせて、サービス等利用計画ならびにセルフプランの案内が順次送付され、地域の方々や同法人の利用者・家族からも計画相談支援依頼の連絡が次第に増えてきました。

【現状の取り組みで特に心がけたい事は】 
 利用者本人の心身の状況や置かれている環境、そして今後の希望する生活についてしっかりお話をお聞きし、関係機関とともに利用者本人に寄り添った支援が行えるように心がけています。

【今後にむけて】 
 相談を受ける中で、本人が希望してもグループホームや日中活動事業所など社会資源が少なく、希望する生活を目指したサービス利用がなかなか難しくなってきている状況です。今後、関係機関とともに本人の思いや希望の声を上げていき、住み慣れた地域で安心した暮らしが送れるように努めていきたいと思います。
(大東)


④相談支援センターぱすてる(新千里南町2-13-1、Tel 06-6833-0028/Fax 06-6833-0051)

【訪問が殆どですね】
 相談支援専門員は4名で2名が他業務と兼務しています。
事務所出入り口は、なだらかなスロープもありバリアフリーですが、駅からは遠く、バスも本数が少なく、看板も道路から見えにくいので、相談があれば訪問することが殆どです。公民館と小学校が隣接しているので、迷いこむ方も多いですね(笑)。(取材に訪れた時も、冷蔵庫修理依頼を受けた業者さんが迷われていました。)

【親御さんに近い世代です、児童の計画相談】
 サービス等利用計画の相談を受けて感じることは、知的障害や知的障害と他の障害をお持ちの方の相談が多く、今年4月からは児童の相談が特に増えました。
 児童ケースの聞き取りでは、相談支援専門員と親の世代が近いので『話しやすい』と思ってくださるようです。また、親同士のネットワークや保健師さんからの情報提供で、私達が知らない市外の放課後等デイ等を利用されていることも多いです。
サービス等利用計画作成には幅広い知識が必要で、逆に皆様から学ぶこともあります。多忙ながらも希望に寄り添っていきたいと思います。
(今津)



⑤地域活動センタークム(中桜塚3-12-24-101、Tel/Fax 06-6853-5113)

【365日サロンを開放、見学もOK!】
 クムでは地域活動支援事業と相談支援事業を行っており、当事者に限らずご家族や地域の方々との関わりも大切にさせていただいております。地活では精神保健福祉士2名、指導員2名、臨床心理士1名を配置し、相談支援では相談支援専門員2名、相談員2名で全ての障害・年齢問わず、ご本人・ご家族・関係機関・地域の方からの相談をお受けしております。
 当事業所の地域活動支援事業では、年中無休365日10時~15時「サロン」を開放しています。「サロン」を社会参加の一歩に活用いただければと思います。15時以降にはSSTやはたらく前の心の準備体操、リラックスの会など、プログラムも行っております。相談室・「サロン」は洋室と和室があり、落ち着いた雰囲気でゆっくり出来る空間がございます。
 来所の際は数段の階段がございますので手すりや杖を利用し歩行出来る方でしたら大丈夫ですが、車いすの方はお電話でご相談いただけたらと思います。
 また「サロン」の見学も出来ますでご希望の方はいつでもご連絡下さい。

【まずはお電話を】
 サービス等利用計画については利用者さんに寄り添って、ご本人の意志を尊重し提案しています。まずはお電話でご相談ください。
(奥村)



⑥相談支援事業所WAO(服部本町1-5-1、Tel 06-7163-7939/Fax 7163-8756)

【ピアな関係で、相談できる】
 豊中市から委託事業として相談支援ができる事業所の中で、障害当事者が主に相談員でおこなっているのは少ないそうです。だから相談者とピア(=仲間)な関係で向き合え、障害当事者の立場に立った生活計画ができるはずです。7人の職員のうち3人が当事者職員です。黄色のポロシャツのユニフォームを着て、がんばっています。

【まだ知られていないのが、現実】 
 まず、新しい制度への移行自体が多くの人に知られていない。そして実際に相談に来られても視覚障害や盲ろう(情報障害とも言われる)の人への説明が口頭のみになるし、フローチャートや図の説明もわかりづらいです。様々な障害当事者に、このシステムをわかりやすく伝えていきたい。制度が変わって、今まで受けていたサービスを受けられるようにするために、(計画作成の)リミットの時期に押しかけてこられても、利用者さんの生活が見えず、書類を埋めていくだけの作業になるかもしれないです。その後の、『書面と実際のケアの温度差を埋めること』に時間がかかると思うんですが…。

【利用者さんの側に立った生活計画でありたい】
 まだ始まって間もないこの新事業ですが、相談員3人に抱負を聞きました。

大友ともみさん:「行政の言ってることもわかるけど、ちょっとでも障害者の目線に立った計画を立てたい。まずは利用者さんありきの過ごしやすい計画を立てて、社会資源を見付けてあげられたらいいですね。」

今井雅子さん:「もっともっと当事者の人とつながりたい。『計画を立てたからできるようになった。』『選択肢が増えるようになった。』と思っていただけるようなことができたらいいなと思います。」

尾濱幸成さん:「今も、制度にふりまわされている。人が生きるというドロくささが出せるような計画を立てたい。生活は『生き物』やと思うので、その人の人となりが見えるような計画をつくれたらいいなと思っています。」

 WAOではヘルパー派遣事業もおこなっているほか、障害者も健常者も楽しめるふうせんバレーボールや、月一回のヨガなどもおこなっております。詳しくはホームページ(NPO法人WAOで検索)をご覧下さい。
(塚原)


⑦相談支援事業所みらい(中桜塚4-8-13 4階、Tel 06-6853-1127/Fax 06-6853-2401)

【市役所の近くで便利です】
 相談支援専門員は3名です。
元々市役所に近い場所に開所していましたが、今年6月1日、更に近い今の場所へ移動しました。建物入り口に低めの段差が1段だけあり、4階にある事務所へはエレベーターで行くことができます。

【相談支援の対象は・・・】
 豊中親和会(「みらい」を運営する法人団体)は知的障害の方を中心に支援させて頂いています。そのようなこともあり、サービス等利用計画の相談だけではなく、相談全般に知的障害の方が多いです。最近では、サービス等利用計画作成の事もあり、精神障害の方や身体障害の方からの相談を受けることも増えました。

【サービス等利用計画は一つのツール】
 相談者の中には在宅での生活が長く、どこにもつながってない方の相談も多いので、相談支援専門員は家庭訪問を重ね、関係性作りを大事にしています。そこから、様々な福祉サービスを利用して頂けたらと思っていますので、すぐにサービス等利用計画作成にはなりません。私達は、サービス等利用計画を相談支援を利用してもらう『ツール』と考えています。サービス等利用計画を通し、皆様に相談支援を気軽に利用して頂けたらと思っています。
(今津)

 
取材時、偶然にもエレベーター点検が! 



⑧みとい情報センター(末広町3-15-15、Tel 06-6849-5651/Fax 06-6852-1492)

【32年前から精神障害者支援をおこなっています】
 こんにちは。相談支援専門員の池田と相談員の奥原です。みとい情報センターには、他に精神障害の当事者相談員が2名います。指定相談支援事業は今年の3月からスタートいたしましたが、みとい福祉会は1982年から精神障害者支援を行っており、豊中市独自の精神障害者支援事業としては家族相談員紹介事業とピアカウンセリング事業を2002年から今年の3月までみとい情報センターとして行っていました。この事業は、家族相談員と当事者相談員が、皆様のご相談を受けるというもので、現在の指定相談支援事業でも、当事者相談員がこの事業を継承して行っております。サービス等利用計画を作成する際にも、相談支援専門員は計画相談を、当事者相談員はセルフプラン作成のお手伝いを行っています。

【駐車スペースは1台分ですが、車いすはOKです】
 みとい情報センターの場所は、豊中駅もしくは岡町駅から徒歩10分程度の場所にあります。法人の多機能型障害福祉サービス事業所みとい製作所の建物内に事業所があり、1階の玄関入ってすぐのところです。バリアフリーですので、車いすでのご来所でも大丈夫です。ただし、駐車スペースは1台分しかございませんので、ご来所の折には、お電話いただきますとたすかります。
電話・Fax・メール(mitoi.i.c@lime.ocn.ne.jp)でもお気軽にお問い合わせ下さい。
(奥村)


⑨あかりケアサポート(立花町2-5-5-101、Tel 06-7173-2621/Fax 06-6840-5901)

【今年の2月に指定を取ったばっかりです】
 あかりケアサポートは、母体は「NPO法人みらい」という団体で、今年2月に「あかりケアサポート」という事業所名で指定を取りました。NPO法人を立ち上げた経緯は、元々「有限会社みらい」という団体があり、介護保険の高齢者介護と、障害者制度の居宅・移動などの障害者介護をおこなっていました。一方で、障害者の制度が大きく変わり、相談支援の事業が大変忙しくなることを周知していたため、相談支援に特化した事業所を新たに立ち上げ、従来、有限会社みらいとしてやってきた経験を活かそうと考えたのです。

【どんどん計画相談で忙しくなりたい!】 
 現在、相談支援専門員は1人ですが、今年、専門員になるための研修に2人申し込んでいて、もし通れば3人になります。そうなったらどんどんケースの数を増やして忙しくなりたいし、周りとのネットワークもまだないので、早く築きたいです。早く業務の流れが分かって、利用者さんを待たせることなくやっていきたいです。最近第一号の利用者さんが契約されましたが、「受給者証の期限切れが迫っているから、とにかく早く計画書を作ってほしい(※1)」と仰っていました。

【夢は引っ越しとコミュニティーサロン開設】 
 築半世紀以上の文化住宅の1室を借りているので、全然バリアフリーではありません。取付用スロープはありますが、玄関の段差が大きいです。今の夢はズバリ、引っ越しすることです。車いすの人でも入りやすい、場所も便利なビルに引っ越して、相談支援のほか、将来はコミュニティーサロンも開設したいと思っています。障害者・高齢者を問わず、一緒に集まってお茶を飲みながら話をしたり、地域を巻き込んで制度などの勉強会を開いていきたいです。
(※1)今年度は通常更新だけでもOKと伝えた。
(根箭)



⑩豊中市障害者自立支援センター(蛍池中町2-3-1-305、Tel 06-6857-3601/Fax 06-6857-3602)


 最後は当センターの紹介です。当センターは蛍池駅改札口と隣接しているルシオーレ南館3階にあります。事業所はバリアフリーになっています。障害当事者主体で運営しており、1998年から豊中市委託の相談支援事業を行っています。相談支援専門員5名と相談員2名で活動しています。これからも、当事者が主体的に生き生きと生活できるような相談支援や自立支援を利用者と共に考え、歩んでいける事業所を目指していきたいと思います。
(奥村)




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2. 特集:出生前診断
  ~生まれてきて意味のない命は無い~

広報誌編集部

はじめに

 最近、出生前診断という言葉を聞く機会が多くなっています。お腹の中の子どもに障害があるかどうか、事前に診断出来るという今の時代、出生前診断を行う妊婦は増えてきています。この先少しずつでも、我が子に障害があってもためらいなく生もうと思える世の中になってほしい、そのために私たちに出来ることは何か?これを機に考えてみようと思い、一つの取り組みとしてこの特集を企画しました。記事作成にあたり、以下の方々に取材をさせていただきました。

①障害者団体【自立生活センタースクラム】
②医療機関【大阪大学医学部附属病院遺伝子診療部、箕面レディースクリニック】
  ※文中、医学専門用語が出て参ります。
③障害当事者から生まれてきた人【斉藤一郎さん、入部正也さん】
④出産・育児を経験した障害当事者【斉藤雅子さん、塚原佳子さん】
 


①自立生活センタースクラム

出生前診断を必要とする社会を乗り越える

 「出生前診断」は何十年も前から実施されており、「障害の可能性がある胎児」は中絶されてきました。2013年4月から、「新型出生前検査」が導入されました。約1年を経て、検査のあり方や受ける事の是非を巡って多様な議論が巻き起こっています。障害者自らが、地域で自立生活を広げていく活動を支援している私は、「障害の可能性がある胎児」の中絶を前提とした、出生前診断は実施すべきではないと考えます。ここでは、障害当事者がこの問題にどう取り組んできたか、そして現在「新型出生前検査」から「出生前診断」を巡る問題のツボは何処にあるのか、この2点を中心に自立生活センタースクラムの姜 博久さんに取材をお願いしました。

● 全国青い芝の会から全障連を経て、「優生思想を問うネットワーク」へ

 1972年の優生保護法改正に反対する運動は全国的に展開されていました。障害者の関わりでいえば、兵庫県衛生部の「不幸な子供を産まない運動」への抗議行動の展開があります。しかし青い芝の運動と女性団体との間では、中絶に関して「女性の権利」と「障害者の生存権の侵害」の主張の対立がありました。この論争には、長年にわたって合意形成がされませんでした。
 1994年に安積遊歩さんがエジプトでの国際人口開発会議で、日本の現状として優生保護法と子宮摘出の問題をアピールして世界的に注目を浴びました。そしてこの会議に於いて、個人には自らの性と生殖に関して決定する権利と、到達できる最高水準の身体的精神的健康を保障するヘルスケアを受ける権利がある、という合意が成立しました(リプロダクティヴヘルス&ライツ)。そして世界的に提唱されるようになりました。これを受けて日本でも厚労省(当時は厚生省)で、優生保護法改正の動きが起き始めたのです。
 優生保護法の改正へ向けて議論や取り組みが成される中、青い芝の会から全障連に取り組みの打診があり、議論の末に優生保護法反対の取り組みをしている女性団体に呼びかけて「優生思想を問うネットワーク」を結成して取り組む事になりました。メンバーにはシングルマザーの活動をした人、京都の「ダウン症児親の会」に所属していた人、かつて大阪市立大学で理学部の院生に対する差別事件に取り組んだ人など色んな人が集まりました。
 ネットワークの動きとしては単独ではなく、他団体(例えば東京のSOSIREN)と共に抗議文を手渡す、また、会議を傍聴しその周辺での情宣活動の取り組み、これと並行して「学習会」活動等も継続的に取り組まれました。1996年に優生保護法に変わって「母体保護法」が成立しました。しかし法律では、優生的条文は全て削除されましたが、女性の自己決定権の保障は盛り込まれませんでした。

● 優生思想は姿を変えて…今も存在し続ける

 その後も、産科婦人科学会から「重篤な障害が出る可能性がある場合」は母体の健康を守るため中絶を可とする条文(胎児条項)を盛り込むための動きが出て、その抗議活動や学習会など取り組みを展開しました。「重篤」とはどういう状態で誰が判断するのかという問題もありますが、「胎児条項」を入れる根拠を問うと、法律家の中には、WHOの健康の概念を持ちだして、「母体の健康」を根拠にして、「胎児条項」の必要性を主張する人が居ます。つまり「健康」とは心身の健康をのみ示すのでは無く、「幸せな生活ができる」という事も含まれる、だから、検査を認めないのは親の幸福追求権を阻害するんだ、という論理展開がなされます。
 「そんな理屈を立てないと、反対論に対抗する理屈は限界に来てたんでしょう」と、姜さんは述べた上で現在では「胎児条項」を法律に加えようという表だった動きがないのは、「今の法律で出来ているからでしょう。経済的理由なり、それこそ母胎の維持が出来ないという理由の中で…、今回の検査で結果が出て羊水チェックを受けて、異常があると言われた時に中絶をする時は、どれかの理由をつけているでしょう。」と付け加えられました。
 リプロダクティヴヘルス&ライツという思想が世界で広がっても、日本では女性の自己決定権については「母体保護法」には盛り込まれませんでした。「胎児条項」復活の議論の中に「女性の自己決定権」つまり妊婦の人権についての考察が全く見られません。その事は、「障害者差別禁止法」を巡る議論を通じて次第に明らかになっていきます。
 2000年にDPI日本会議を中心に「障害者差別禁止法」を制定しようと動き出した時、「障害を理由にした中絶は差別である」と法案で明記すべきである、との提起がありました。議論の場はDPI日本会議の内部だけではなく、広く女性団体との議論を重ねられていきました。そして、社会全体が障害者を産まないという流れを作り、出産を担う女性の責任で中絶させている現状の中で、たとえ障害が理由で中絶をしたとして差別の罪に問うのは如何なものか。中絶をする事で人を裁いてはならない、という意見が出されました。議論は継続的に続けられましたが、結局この提起は取り下げられました。
 私は、この経緯を話される姜さんが言葉を選びながら慎重に話される姿の中に、「差別のない共生社会」を目指す事では同じでも、置かれている現状は独特であり、取り組むべき課題について、広くオープンに議論をする中で取り組まれるべきである、との想いを感じ取りました。「差別のない共生社会」を実現する事は、「障害の可能性のある胎児」を安心して産む事が出来る社会を目指す事でもあるのです。でも残念ながら現実には「命の選別」を、いざ妊娠となった段階で、個人の選択として個々の妊婦(女性)に責任を負わせる社会なのです。「差別のない共生社会」は、また遠ざかっていくのでしょうか。

● 医療機関の姿勢について~「クローズアップ現代」を参考に

 2014年に入ってから報道・ドキュメンタリーなどで「新型出生前検査」を含めて「出生前診断」をテーマに取り上げた番組が、マスコミで扱われる事が多くなってきています。ここでは何例か事例を検討しながら、「出生前診断」が世の中に投げかけた問題の本質について、引き続いて取材をお願いしました。
 2014年4月28日NHK総合テレビ「クローズアップ現代」では、新型出生前検査をテーマに取り上げていました。医師などによるカウンセリングが検査の前後に行われる事が条件になっているにも関わらず、実態は検査の意味や病気の詳しい症状など医学的な説明が中心で、知りたい情報についてはなかなか聞く事は出来なかった、と番組は伝えています。
 姜さんは、この番組を観た感想として医師のカウンセリングについて「…日本の医療関係者って命を生かす仕事をしている割には、人が生きている部分には意識がいかないんですよ。例えば、頸椎の手術はバンバンしてるのに、頸損の人の生活は知らない。…(中略)…精神科の医者なのにグループホームを全然知らんとか(後略)」、その上でクローズアップ現代のレポートに沿って実際にカウンセリングを観たわけではないと断った上で、「こういう検査でこういう結果が出ますけどそれは絶対ではありません。とか言うレベルでしょうねぇ。自分たちの知らない事だからこういう子供が生まれたらこういうことが出来ますとか、多分知識として知らないから言えない。かといって『大変ですよ』とも言えない。せめてその時に、こういう人が居ますから一度話を聴きますか、とかあればねぇ」と慨嘆されました。そして、カウンセリングの本来のあり方に触れて、新型出生前検査におけるカウンセリングについて次のように述べました。
 「(カウンセリングは)最終的に自分で自分の事を見つめ直して方向を変える事、固執している事から他の方向を向いていく事、相手の心に触れて自分の意識を問い直してもらう事です。そういう子供が生まれてくる事を引き受けようと思える気持ちにさせるのがカウンセリングであって、産む産まないを選ばせるのがカウンセリングでは無いでしょう。実際は悩みに寄り添うといった事まで、医者には出来ないでしょう。そんな事までは出来ないというのが正直なところではないでしょうか。」

● この世の中に、生まれてくる事に意味のない命なんて無い

 「NHKのプロフェッショナルという番組で、17トリソミーの子供を授かったお母さんが出ていて、主人公はある産婦人科医師なんだけど、医師がそのお母さんに『17トリソミーの赤ちゃんはすっごい、良い笑顔で生まれてくるから楽しみにしてね』と声をかけた。その事でお母さんは気持ちが楽になって、どれだけ生きられるか分からないが準備をした。結局生まれてすぐに亡くなったんですよね。そこでその医師が言った言葉で『この世の中に生まれてくる事に意味のない命なんてない。たとえ生まれてから何日で亡くなろうと、何時間で亡くなろうと、両親にその事を考えさせたのはその子供が居たからであって、意味のある事でしょ。』というのを聴いて、その両親に命の事を考えさせただけでも生まれてくる価値はあったんだと言っていて、すごく納得できる。生まれて来なくて良いなんて、誰に対して言えるのですか、という事ですよね。」
 姜さんは、夫婦に子供が生まれるというごく当たり前の事が、障害があるというだけで『事件』になってしまう事が問題だと指摘されました。それは普段から障害者との付き合いが、なさ過ぎるからだとも指摘されます。「側にそういう人が居るかどうか、ですね。学校時代に障害者と接していれば…、どっかでね、『大丈夫やで』て誰かが言っていれば全然違うと思うけど…」子供の時期から生涯を通じて、障害者と触れ合う機会を増やしていく事の大切さを改めて実感しました。地域の小中学校や保育所に障害児が当たり前に通っていく、そんな街が実現すれば検査の必要性なんてなくなってしまう…。取材を終えて帰る道すがら、そんな事を想像しました。
(担当:大東)


②(1)大阪大学医学部附属病院(阪大病院)遺伝子診療部

 次は医療機関の方への取材です。診断と出産、その直接の現場で働く立場からの貴重な声を、今回伺うことが出来ました。まずは阪大病院の遺伝カウンセラー佐藤友紀さんと、産婦人科医の金川武司さんのお話をご紹介します。

医療機関として、出生前診断を行う目的や意義を聞かせて下さい。

佐藤: 妊婦さんの健康管理のため、そして赤ちゃんの命を助けるためですね。たとえば超音波の検査で心臓に疾患が見付かった時は、生まれたら直ちに治療を行える病院で出産するようにするとか、出産時に備えての、必要な体制を整えるというのが目的です。ただ、このような技術があることで、時に治療が不可能であるような重度の病気があると判った場合、結果として、「妊娠を続けるか諦めるかの判断につながる」というようなケースもあるのは事実です。

金川: 診断は飽くまでも治療のためですね。やはり赤ちゃんが健康に生まれてほしい、健やかに育ってほしいという思いは、お子さんを授かった方にも医療関係者にもあるからです。現実に、生まれたその瞬間から直ちに治療を始めれば助かるんだ!という命はたくさんあるんですよ。だからそういう命が助かり、生まれた赤ちゃんが育っていけるようにするために、事前の診断をしています。

ここで改めて、出生前診断の具体的な中身や研究について教えて下さい。

佐藤:
 この検査では、ダウン症などの染色体異常が妊婦さんの血液から判るのですが、それについて、検査を希望する妊婦さんに、どのように説明をしたら解りやすいか、事前にどういう資料を用意するのが適切かを研究しています。説明をした後には、その内容についてアンケートも取っています。

出生前診断は、経済的にも大きな決断が迫られるものだと思うのですが、希望される方は増えていってるのですか?


佐藤: 新型出生前診断については、少し前(新型以前)ならお腹に針を刺す羊水検査というやり方だったのが、今はそれをしなくても血液検査である程度判るようになったということで、希望される方が増えてきたという面はありますね。

金川: 技術の進歩というのは、これは飽くまでも科学者目線の世界でして、一般の人々の気持ちとは別枠で、どんどん誕生したり精度が上がったりするんです。だから我々は、それを正しい方向に使うことが使命だと考えます。

診断に訪れた方に対して、何か特別に心掛けていることはありますか?

佐藤: 先ずこういう技術を使った診断が、今いるご夫婦にとって本当に必要なものなのか?本当に検査を受けるのが適切なのか?ということを、今一度しっかり考えていただく場として、このカウンセリング室を設けている訳ですね。こちらが心掛けているのは、一緒に考えた上で、受ける受けないを決めるのは飽くまでもそのご夫婦ですから、その選択をきちっと受け止めてサポートすることです。

金川: 検査の結果、「全く問題ない。赤ちゃんは元気で生まれる」と言われたら、妊婦さんご本人は安心されるとお思いでしょうが、実はそうとばかりも言えないのです。たとえ結果が本人の望みどおりであっても、そのあとこう思うのですね。「もし何か望みとは違う結果が出たなら、私は中絶していたかも知れない。そんな可能性もあるという検査を、自分は受けていたのだ」と。つまり検査を受けたこと自体、受けに来ようとしたこと自体に、ご本人は罪悪感を持つ場合もあるということです。

佐藤: 現にこの場に来ていながらも、「自分はこういう所に来て本当にいいのだろうか?」と悩まれている妊婦さんを少なからず見てきたので、ここのカウンセリングで、「本当に検査が必要か一緒に考えましょう」と声を掛けています。

妊婦ご本人の中でも、ものすごい葛藤がある訳ですね。それでカウンセリングの結果、検査を受けるのを止めてそのまま帰られる方も、おられますか?

佐藤: はい、おられます。今の時代は、やはり技術がどんどん進歩して、目の前に検査が出来る環境がありますよね。だからこそ妊婦さんの悩みは以前よりも大きくなり、葛藤が深くなっていると思います。だから繰り返し申しますが、「目の前の技術が自分にとって必要か、よく考えて」と。

金川: そういった意味では検査が必要というより、検査を巡る悩みに応えてあげられる場が必要だと思います。ここもそういう場ですが。悩んでいる妊婦さんがいたら、その方にとって検査を受けるのが最良の策というのであれば、受けてもらったらいいし、一方で、ここで私たちも交えて話を進める中で、「もう検査を受ける必要はなくなった」と結論付ける妊婦さん、ご夫婦もおられます。そのような方は、心配ごとや悩みを聞いてほしいというのが、来院目的だった訳ですね。

検査を受けることが希望という方がおられる一方で、逆に「受けなくてもいいんだよ」という一言が欲しくて来る方も、おられるということでしょうか?

金川: そうです。私は正直、今の妊婦さんは見ていてかわいそうだと思います。普通は子どもが出来たらみんなで大喜びなはず。だけど今は隠しているんですよ。「両親にはまだ言ってません」と。万が一病気の子どもだったら中絶しないといけないかも、とか、事前に考えるんでしょうね。しかも情報化社会で、たとえば高齢出産はリスクが上がるって言われている。でもこれも実際には違うんですよね。リスクは若い内から徐々に徐々に上がっていくものなんです。ある日突然、何歳になったからボーンと上がるなんて、有り得ない話なんですが、「35歳以上は~」とか言われるもんだから、もう情報に振り回されてしまう・・・・。

世の中何でもそうかも知れないですけど、情報に従わないといけない義務感みたいなものが、情報の受け手の心理として発生してしまうのでしょうね。

金川: そうなんです。だから妊婦本人は検査に意識が向かなくても、両親に知らせたら両親から受けろと言われた、とか。どうしても、「今の時代、ちゃんと受けとかなきゃいけないでしょ?」みたいになるんでしょうね。冒頭で申したように、診断技術そのものは、赤ちゃんの命を助ける意味で存在意義があると思います。情報が発信されることも、それ自体はいいことなんですが、振り回されて義務に感じてしまうことが、絶対にないようにしてもらいたいんです。

その意味でもカウンセリング体制の充実というのは、ますます課題になってくると思うのですが、医療機関の中だけでなく、たとえば障害者団体にも話をつなげる、という取り組みは、なされているのでしょうか?検査で我が子に障害があると判ったとき、やはり実際に障害者と接した経験が無いと、障害があっても地域で生き生きと暮らしているとか、相談支援機関があるとか、なかなか知らないと思うのです。それ故、障害者観が悲観的なものになって、妊娠を断念とか・・・・。そういうのって、すごくもったいないなと思いまして。

佐藤: そうですね。私たちはどうしても医療の視点でしか情報を与えたり支援をしたりすることが出来ないので、障害者団体として、何かメッセージを発信してもらえたらいいなとは、こちらとしても思いますね。もし相談出来る機関があるなら、紹介して下さったら是非妊婦さんやご夫婦にも紹介します。逆に私のほうから最後に質問したいのですが、診断で判る染色体異常、たとえばダウン症ですね。実際にダウン症のお子さんを育てている方とか、ダウン症のご本人さんとは、CIL豊中さんは接点があったりするのでしょうか?

ご本人さんなら、私自身も接点のある人はいます。また、育てている方(親御さん)も、CIL豊中にはダウン症の利用者もおられるので、その親御さんとの接点も、事業所としてはあります。そしてダウン症ではないですが、「私のとこに相談においで!」と呼びかけている重度の身体障害者もおられますよ。

佐藤: 今回の取材が大変良い切っ掛けになったと、私たちとしても思っています。
(担当:根箭)


②(2)箕面レディースクリニック

 箕面市にある産婦人科「箕面レディースクリニック」へ取材をしてきました。このクリニックで行っている検査は羊水の染色体検査、流産した後の胎盤を構成する絨毛膜の染色体検査、母親の血液中の成分を調べる検査です。新型検査(NIPT、母体血中胎児由来DNA検査)は、十分な遺伝カウンセリングを行うという条件のもとに登録施設においてのみ施行しており、箕面レディースクリニックでは行っていません。

出生前診断を行う意義や必要性について聞かせて下さい。

 出生前診断が我が国で開始されたのは1968年からで、染色体異常の子を出産した既往がある妊婦さんの羊水染色体検査がほとんどでした。目的は「不安から出産をあきらめていた夫婦に健康な子を安心して産める機会を与える」ことでした。
 検査の結果胎児の異常が判明しても、産むか人工妊娠中絶を選択するかは別問題です。染色体異常だけではなく胎児奇形の場合も同じですが、何も知らずに産まれてから慌てるより、前もってどういう異常があるのか知って備えておく事ができるのがいいと思っています。医師として胎児の情報を両親に提供しますが、中絶するかしないかは家族の意思を尊重しています。

診断の流れについて説明して頂けますか。

 新型出生前検査は妊娠10週以降、絨毛検査は妊娠10週以降14週まで、羊水検査と母体血清マーカー検査は妊娠15週以降に行います。当クリニックでは、高齢妊娠(特に40歳以上)、流産を繰り返す不育症、染色体異常のお子さんを妊娠・分娩したことがある、あるいは超音波検査で異常(頸部浮腫、多発奇形など)が疑われる妊婦さんに羊水染色体検査をするかどうか相談しています。

診断の希望者は何人くらいで、結果が陽性で中絶となる割合はどれぐらいですか?

 2011年1月から2014年8月までで、分娩数3,725件に対して羊水染色体検査を受けた妊婦さんは135人です。135人のうち染色体異常(18番目の染色体異常、21番目の染色体異常、性染色体異常)が判明したのは6人で、うち1人が出産、1人が子宮内胎児死亡、あとの4人が人工妊娠中絶を選択しました。

出生前診断をする上で、受診者に対して心掛けている事はありますか?

 最近では、新聞、雑誌あるいはインターネットの情報をみて出生前検査を希望される妊婦さんが増加していますが、検査の必要がない妊婦さんがほとんどです。絨毛検査や羊水検査は侵襲的検査といって痛みを伴い、破水や流産などの合併症が起こる可能性もあります。高齢でもなく妊婦健診にて超音波上異常を認めないローリスクの場合は検査を勧めていません。新型出生前検査(NIPT)でわかる染色体異常も常染色体13番・18番・21番のみであり、また、絨毛検査や羊水検査で染色体の数の異常などはわかりますが、遺伝子の病気や染色体と関係なく起こるいろいろな奇形までは診断できないと説明しています。

受診される方の中で、最も多い理由は何ですか?

 高齢の妊婦さんや、超音波検査で異常がある場合に出生前検査を希望されることが多いです。家族に障害を持った子がいるために希望される妊婦さん、また、本人の希望ではなく、家族に勧められる場合もあります。

受診後のカウンセリング体制や支援体制はどのようになっていますか?

 我が国の遺伝カウンセリングや支援体制は充実していないと思います。新型検査に関しては、NIPT臨床研究施設(北摂では大阪大学医学部附属病院産婦人科・遺伝子診療部と国立循環器病研究センターの2施設)で、検査前と検査後の複数回の遺伝カウンセリングを行っています。

今の社会の風潮に対し、何か懸念されていることはありますか?
診断をする立場から見て、課題は何だと感じておられますか?


 出生前診断を行うことに対する賛否両論があり、人工妊娠中絶に対しても人それぞれの意見があります。われわれ産婦人科医師にとっては、生殖補助医療(体外受精など)でも生命の倫理に関するいろいろな意見があります。医療技術や治療法の進歩に遅れないよう、早期に法律的および社会的ルールを確立するよう努力していただきたいと考えます。新型出生前診断に関しては、もっと早い妊娠週数で確定的診断ができるようになればいいと思っています。

現在の診断技術で治療が受けられる病疾患はどのぐらいあるのでしょうか?

 残念ながら染色体異常を治療することはできませんが、それに伴う心臓の奇形などの合併症は治療可能な場合もあります。また、胎児期に診断をつけることで体内治療や出産後早期の治療によって救える命もあります。産科医は日々の妊婦健診において胎児の異常の発見に努めています。

出生前診断の存在を初めて知った時、どのように感じられましたか?
また、現在はどのように感じておられますか?


 羊水染色体検査は1968年、絨毛検査は1985年から、母体血清マーカー検査は1990年以降始まりました。私が医師となったのは1982年なので、すでに出生前診断は始まっていました。その頃からの超音波診断装置の進歩は著しく、現在では胎児の細部まで、また血液の流れまで観察することができるようになりました。新型検査(NIPT)のように、母親の血液中の胎児の遊離DNA断片で染色体の数の異常の検査ができるというのは驚きでした。

受診者からの感想や、振り返りなどはありますか?

 妊婦さんの中には出生前診断専門の病院を受診して「異常がある」といわれ、当クリニックで羊水検査を希望される方もいます。検査の結果135人中6人に残念ながら染色体異常が見つかりましたが、残りの129人は正常でした。確定的診断がつくまで安心して妊娠生活ができるようなカウンセリングが必要と考えます。

これを機に記事で発信してほしいことはありますか?

 産婦人科の領域に限らず、医学や技術の進歩によって新しい検査法や薬剤および治療法が出てきます。患者さんは、インターネットなどの氾濫した情報に惑わされず正しい情報を得て検査や治療を選択する必要があります。新型検査(NIPT)に関する昨年の新聞報道も、私たち産科医が読んでも間違った解釈をしてしまうところでした。当クリニックでは、前記の期間に分娩後の新生児の血液検査によって9人の染色体異常が判明しました。染色体の異常だけでなく、病気やハンディキャップをもった子供たちが、安心して生活できる社会環境ができればよいと願っています。
(担当:瀧本)


③斉藤一郎さん、入部正也さん(子々対談)

 斉藤一郎さんと入部正也さんは、ともに母親が重度の脳性麻痺です。かつて重度の障害者が出産するケースはあまり見られず、その原因の多くは、周りの反対や本人の不安による出産の断念でした。でも、親にどれだけ重度の障害があっても、生まれてきた子どもの人生は、その子ども自身が決めるもの。今回は、生まれてきて普通に成長し、大人になった2人に対談して頂きました。

子どものころなど、親が障害者であると意識したことはありますか?

一郎: 小学生になるまではなかったですが、小学校で道徳の授業の時に、いつも先生から「斉藤君のお母さんは車いすで・・・」と引き合いに出されて、その時はどうしても自覚して、「ああ、ウチはそうか、と(笑)」。それ以外は意識することはなかったし、周りから注目されるのは、良くも悪くも感じなかったです。

正也: 僕も同じですね。周りが言うからその時は自覚した、と。『障害者』というのは言葉だけで、言葉としては認識しても、意味は理解していない感じでした。

一郎: 特に何かが不便と感じたこともないかな。ただ、ウチは母のヘルパーさんが常時来ている状況だったので、家族だけの時間はなかなか持てなかったですね。

正也: それ、僕もすごくありました。ほぼ片時もヘルパーさんがいない時間がなかったから、たまに親子だけになると、何をしていいのか分からない(笑)。言語障害があるから、ほかの人に言わせると、時々聞き取りにくいんや」って。そんなもんかな?と。

正也: 僕が子どもの頃、母はよく「私は早死にする」と言っていました。「長生きはしないと思う」と。でも、僕もまだ子どもだったし、それに対して追求したりはしなかったと思うんです。障害だからどうのこうのというのはなくて、ごく普通の親子関係でしたね。コミュニケーションも手段はともかく、内容は普通でした。

一郎: 僕も全くそのとおりですね。もし仕事というのがなかったら、今でも母親の障害のことは、深くは知らないままだったかもしれません。

入部正也さん(左)と、斉藤一郎さん(右)


親が障害者で良かったなぁ、と感じたことはありますか?

一郎: テーマパークに行って並ばなくて済んだこと(笑)。子ども心に、「ウチの母ちゃん、車いすで良かった!ラッキー」と思っていました。

正也: 小さい時、一緒に歩いていて足が疲れたら、車いすに乗っているお母さんの膝の上に乗れたのが嬉しかったです。周りの友達からすごく羨ましがられていましたよ。「ええなー!ボクも車いす乗りたいなー」と。

一郎: それ僕もあった!周りの友達に自慢していましたね(笑)。

正也: 僕は自慢まではしなかったかな(笑)。でも、テーマパークで並ばなくて良くてラッキーというのは、僕もありましたね。

一郎: 今思えば、ヘルパーさんが常時家に入ってきていたのは面白かったです。小学生の頃は、ヘルパーは日替わりでウチに遊びに来るお姉ちゃんというように映っていました。ただ、これは良かったことではないんですけど、ヘルパーさんが、「私は利用者さん(母)の介護に来ているのに、何で息子さん(僕)の下着を洗わないといけないの?」と不満に思われたことがありました。その時は母は、「もし私が自分で出来たら、私が息子のパンツを洗っているんや。私が身体に障害があって出来ないから、母親としての用事を、代わりにやってもらう訳やんか」と、ヘルパーにキッパリ言って、洗濯をやってもらっていましたね。

正也: 一郎さんのお母さんはエラい!僕も大人になって一人暮らしをして、その後一度実家に戻ってきた時は、ヘルパーはそんな反応でした。まあ、僕も大人になっていたし、そのあとまた家を出ましたけどね。子どもの頃はよく友達に、「あれ(ヘルパーさん)はお前のお姉ちゃんか?」と訊かれていました(笑)。

昨今の出生前診断の普及や中絶率のことについて、何か思うことはありますか?

一郎: 生まれてきた子どもは柔軟に対応出来るし、育っていきますよ。ただ、親が健常者で子どもに障害があると判ったらというのは、その立場にならないと分からないでしょうね。因みに僕は子どもが2人いますが、嫁さんは、もし検診を受けて、胎児が障害児だと判っても、中絶は有り得ないと言っています。

正也: 自分がなった時に考えるべき問題だと思っていますが、出生前に予め色々なことが判り過ぎることには、言葉で説明しにくい違和感も覚えています。

今回の取材を通じて、今まさに出産しようかどうか迷っている立場の人や、世の中全体に対して、発信したいメッセージがあればお願いします。

一郎: 特にこれというメッセージは送れないかも知れないですが、普通に育ってきた子どももここにいるんだから、『僕たちを見て下さい』ですね。僕や正也さんの存在自体が、『障害者観』に関してプラス材料を増やす結果に、なってほしいものだと思います。どうも世の中というのは不安を煽らせて、ネガティブな方向に持っていこうとしているような気がするので。

正也: 難しいですね。強いて一つ言うなら、たとえば僕が結婚して、その人との間に子どもが出来て、相手が高齢出産だったとしたら、検診で陽性になるリスクが上がるのかもしれないけど、仮に陽性であっても「産んでほしい」って言いますね。

一郎: 親子いずれかが障害者であることを、そんなに悲観的に捉えなくてもいい。相談機関も支援機関もある。悲観的になりそうだったら、先ず相談してほしいです。
(担当:根箭、塚原)


④斉藤雅子さん、塚原佳子さん(親々対談)

 そもそも人の幸福って、なんなのでしょうか・・・・?障害者=不幸なのかしら?それは誰が決めたことなのでしょうか? 健常者社会が、勝手に決めつけたことだと思います。たとえ重度の障害があっても、明るく元気に生きてる仲間たちが、私たちの周りには多数おられます。ここでは、恋愛・結婚・出産・子育てを自ら体験してこられた斉藤雅子さんと、私、塚原佳子が、「命の選別は反対だ」ということについて、お互いの体験を交えながら語り合いました。

妊娠が判った時の周りの反応は?

塚原: まず父が反対で、母は何か言いたそうでした。彼氏が死んじゃったから、余計に父が反対したようなところもあります。

斎藤: 妊娠が解った時にはもうすでに自立した4年後だった。反対というより心配。 私のお腹が10ヶ月持つのかどうかとか、生まれてくる子が障害負って生まれて来ないかとか、そういうことを言っていたけれど、私としては絶対に産むと決意していたから、それ以降は言ってきませんでした。元旦那は青い芝のゴリラというグループの中の健常者だった。私が自立する時に半同棲みたいな感じで生活していた。だから、親は安心だったと思う。おじさん、おばさんも「良かったね」と言ってくれた。私の場合は30年も前の事で反対されなかったのは、珍しいよね。

自分自身の中では、迷いが起こったりした?

斎藤: 全くなかった。ただ産みたいという気持ちが強くて。その当時は和式トイレで、お丸でトイレをしていて、トイレの時に俯くからお腹が大きくなるとお腹が圧迫されないか心配だったので、緊張止めの薬を飲んでいた。主治医にやめてしまうよりまずは半分にしなさいと言われた。薬を止めてしまうと緊張がきつくなって、お腹に響くので、ある程度飲んでおいたほうがいいと言ってくれていた。すごく良心的な、脳性麻痺のことをよく解った主治医だった。

塚原: 最初、彼氏が死んだことがショックで少しは迷いもしたけど、やっぱりお腹が大きくなってきたり、子どもが足で蹴ったりして、小さな足の形が出てきたりしたら、すご~く愛が湧いてきて「あ~生きてるんだ。良かった」と思った。

そして、出産、子育て・・・・・

斎藤: 29年前のことで、初めてで全然わからなくて先輩の人から育児書を借りて読んだら4ヶ月になったら安定期ということで、4ヶ月までは家で大人しくしていたけど、4ヶ月入ってすぐに大学行ってビラ配りしたり、青い芝の会議に出席したり、いろんなことをしました。7ヶ月で早産をしてしまいました。6ヶ月定期健診から帰ってきた時に出血があり、陣痛が起こってきて、即入院。予定日まで点滴で持たせようと先生は思っていたと思う。一度は退院したけども、すぐに陣痛がきて、出血があったから再度、入院。10分おきに陣痛がきていたので、どうしようもない。その時は枚方の厚生年金病院に入院していて未熟児医療がないので、未熟児医療が発達している高槻病院を探してくれた。7月25日の夜中に救急車で運ばれて、帝王切開で産まれました。私は2週間ほどで退院できたけど、子どもは超未熟児で1256gしかなく、保育器の中だった。先生は「子の生命力だね」と言っていた。2~3ヶ月間は搾乳し続けて、冷凍保存して、元旦那が毎日、チャリで枚方から高槻まで往復で運んでいた。直接吸わせていなかったから1ヶ月半で母乳が出なくなって、粉ミルクになった。親は、命に別状がなくて良かったと喜んで、初孫だったから、毎日病院に来ていた。

塚原佳子(左)と、斉藤雅子さん(右)

塚原: つわりは少しひどかったけど、10ヶ月まで順調にいきました。産まれて一番喜んだのは、最初反対してた父でした。私もすご~く可愛くて食べちゃいたいくらい。私が乳首を出そうともたもたしていたら、子どもは私の鼻を乳首と間違って吸っていたり、離乳食を食べさせるときでも、私がスプーン持ち上げるところで子どもの方から口を持って来たり・・・すごいなと思った。介助が必要だったけど、自分で何でもしていたし、出来たことが嬉しかった。すべて新しい体験ですごく楽しかった。

斎藤: 介助者を集めて、知っている保母さんに育児の仕方とかオムツの換え方を学習して、元旦那は介護とか運動で忙しかったので、昼間はいなかった。緊張があるので、抱くのはできなかったけど、添い寝はできた。揺りかごを揺らしたり、揺りかごを立てて座らし、ミルクを哺乳瓶で与えたりはできた。あと抱くとかオムツ換えとかは介助者や元旦那がしていた。夜はお風呂入れていたし。8ヶ月保育というのがあり、そこに入れた。保護者会に積極的に参加して、色んなお母さんたちと繋がりを持って、地域で集団で育てるべきだと私たちは考えていたので。健常のお母さんたちと共同保育したりとかしていた。

塚原: 私は1年少しベッタリおって、一歳児クラスから保育所へ入れました。朝、たいへんで離れてくれないの。

記者会見までされてしまったそうですね。

斎藤: はい、高槻病院から話があって、「記者会見を行いたいんですけど、いいでしょうか?」と訊かれ、「いいですよ!」と返事をした。私は2~3人の記者がきて、インタビューに答えるのだと思っていた。実際に退院の時に行くとライトはあるわ、記者席はあるわ、スポットライト浴びるわで想像だにしてなかった。当時は重度障害者が出産するのは珍しいことだったから取り上げられたんですね。病院側の宣伝も兼ねてか。いろんな記者からいろんな質問をされたりね。本当に産もうと思いましたか?とか、質問の内容までは覚えてないわ。

ちょっと大きくなった頃、幼稚園から小学生くらいのエピソード

斎藤: 歩きかけた時、ほとんど家に元旦那がいたので、世話をしていた。昔は介助者が子どもを抱いたりオムツを変えたりとかすることによって、母親が介助者に嫉妬して、母親と介助者を間違うんじゃないかと聞いたことがあった。私の所は全然、そういうことはなくて、出来ないことは出来ないと割り切っていた。介助者と一緒に子育てをしていこうと、私はずっと居るわけだから忘れることはない。4~5歳までは保育所の送り迎えは元旦那がやっていたけど、歩きだした4歳くらいから、朝は元旦那が送って、夕方の迎えは電動車いすで行ったりして保護者会の夏祭りとかの行事に参加していた。4歳くらいになると、ちゃっかりしてきて、知恵がついて電動車いすの後ろに乗っていた。よくおばあちゃんが「よくできたお子さんですね」と言われた。子どもが車いすを押しているように見えるからね!!

塚原: よくいろんなところに連れ歩いたわ。CILの仲間ともよく遊びに行った。子どもはあまり覚えてないようだけど。公園で3人(塚原さん、子ども、ヘルパー)で遊んでいたら、よそのおばさんが私がママだとわかって「へぇ~生意気な・・・」と言った。

斎藤: そう言う人は心が貧しい。よく言われたのが「旦那さんはえらいね」とか「旦那さん、よく出来てはりますね」。ずっと言われていたの。

出生前診断の技術の進歩と普及に対して思うことは?

斎藤: 優生思想そのものですね。優生なものは生まれてきて良い、劣性(障害者)は抹殺するという思想。昔と全然変わっていないね。それを許すことは私たちが生きていたらアカンよってこと。いつ殺されてもいいっていう立場だった。認めることはできない。生まれてきた障害者は不幸なのか幸せなのかは障害者が決めること、他の人にはわからない。

塚原: 私たちに対して「お前は生きる価値なし」と言う人に、「生きてることに価値がある」って、私は言いたい。たとえどんな障害でも・・・個性的なものね。

斎藤: 病気と障害は違う。病気は治るもの、障害は治す対象ではないの・・・。

技術は進歩していくけど、診断を受けることを希望する妊婦とか中絶を決断する妊婦とか悩んで相談する妊婦とかが増えていっているわけですけど、斎藤さんや塚原さん自身がそんな人と偶然出会って、相談を受けたらどう声を掛けますか?

斎藤: 「産む産まないは女の自由」というのは違うよ!産まれることがその子の人権や。もしその子と同じ殺される立場だったらどうしますか?出来るだけあなたのサポートをします。昔とは違うから今はいろいろと情報などは揃っているし、いろんなセンターもあるし、そういう所に相談されたりすると、いくらでも子育てはできますよ。第一にお子さんの人権を考えてほしい。子は親の所有物ではない、せっかく生を持って産まれてくるんだから人生を全うさせてあげて下さい。

塚原: 私も同感です。普通、胎動を感じたら殺せないよ。おなかの中で生まれてこようとがんばってる小さな小さな命、もう少しすると(5、6か月以降)、動くようになって胎動を感じることも多い。自分の存在をアピールするかのように…。

斎藤: まだ差別があるのは、学校でも支援学校に行かされて、分けて育ったから。たとえ普通学校に行っても落ちこぼれやと思わされて、仲間外れにされてしまう…。社会環境が健常者、障害者を繋がれなくしてしまってる。最初から当たり前にいる者だと接していたら差別は生まれないはず。大切なことは、一人で悩まないこと。私、相談に乗りますよ。声をかけてくだされば、飛んでいきます。

ほかに、この紙面で伝えたいことはありますか?

斎藤: 親子で血が繋がっていても、子どもは一人の人間やということを考えてほしい。子どもはある程度年齢がいくと巣立っていくものだと、それを反対しないでほしい。障害者でも健常者でもそれは同じ。一人の権利を持った人間だと。

塚原: おなかの中の子も、同じで、勝手に殺すな、と言いたいですね。生まれて来なくては、どんなサポートもできないし、出会いも何もない。社会も変わらないですからね。
(担当:塚原)


さいごに、編集者からのメッセージ

 子育てを通じて、私(塚原)は、いろいろなことを学びました。娘が少し大きくなってからは、私は役員こそしなかったですが、学校関係の役割分担を果たしたり、朝5時に起きて娘のお弁当を作ったりと、今思えば懐かしく楽しい思い出です。子どもの頃の私には、全然なかった体験です。もともと親子なんて違うもの。どんな親子でも、子育てって、多くは、良くも悪くも自分にはない体験をできるんじゃないかしら?生まれてくる子どもが重度の障害を持っているとしても、いろいろなサポートが受けられる、いろいろな出会いが待っていて、あなたの子育てを支えてくれるでしょう・・・・。全然障害者と関わりのなかった親ならば、未知への挑戦で四苦八苦するかもしれないけれど、後から考えてみたら、いい体験になってるでしょう。せっかく授かった命、産んで育ててみて下さい。掛けがえのない命、かわいいですよ。この世に生を受けてきたのだから、人間としての普通の生活や生き方をしたいという想いがありました。障害を持って生まれてきたからこそ、経験出来る事っていっぱいあります。弱者の立場に立って物事を観られたり、いろんな人と介助を通じて関係を広げていけたりね。その経験を、今後生まれてくる障害を持った子ども達と経験をしていって欲しいのです。
 最後に、今回取材にご協力下さった方々、お忙しい中本当に有難うございました。

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3. -“つながるサロン”、終了しました-

事務局

 豊中市障害相談支援ネットワーク〝えん〟の活動の一つとして行われていました、“つながるサロン”、ですが、この春を持ちまして、終わりましたこと、本誌面にてお知らせいたします。

“つながるサロン”は、相談支援ネットワーク『えん』の事業として、2008年3月にスタートしました。障害者や家族が地域で孤立しないよう、障害のある人もない人もだれもが安心して気軽に足を運んでもらえる場として、日々の悩みや相談、友達作り、ほっこりした時間を過ごせる場として、“つながるサロン”を開催しました。
最初は服部にあった喫茶〝茶処〟での開催でしたが、喫茶の閉店に伴い、2012年4月からは千里文化センター「コラボ」の2階交流カフェスペースに移転しました。コラボ内の施設を利用された方や、つながるサロンに来られた方など、いろいろな方が、お茶の時間を楽しんだり、相談されたりと、そこでの自然な交流から誰かとつながれる場となっていました。

このたび、相談支援体制の再編に伴い、相談支援事業所の数が増えたこと、また、“ワンストップ”で相談対応出来る“基幹相談支援センター”も開設したことから、“つながるサロン”は本年春をもちまして、終わりました。
これまでご利用下さったみなさま、ありがとうございました。

なお、相談支援ネットワーク〝えん〟は、これからも活動していきます。
 何か、ご相談等ございましたら、下記までお問い合せください。

【問合せ先】 豊中市障害相談ネットワーク〝えん〟
事務局 豊中市障害福祉課 06-6858-2747


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4. 「サービス等利用計画とセルフプラン」市民講座報告

事務局

※画像など、詳しい報告はこちらのページをご覧下さい。

 平成26年7月5日(土)14:00~16:30、市民講座を豊中市立福祉会館にて開催しました。平成24年度に行われた障害者制度の一部改正により、障害者福祉サービス・障害児通所支援を利用するためには、『サービス等利用計画』の作成が必要となりました。今年度は、3年間の経過期間の最後の年になるため、利用者や支援者の理解と協力が一層必要となります。そこで、分かりやすく学習する機会を設けるために講座を開催しました。当日は約60名の方が参加されました。講師を務めて下さったのは、豊中市障害者基幹相談支援センターの杉本博一さん、豊中市役所障害福祉課の垂水剛さん、それに当センター職員の上田哲郎、同理事長の徳山辰浩です。

●豊中市障害者基幹相談支援センター 杉本博一さん
 現在、相談支援事業所は、豊中市内に10ヶ所あります。しかし、その内のどこに依頼をして、自分が使う福祉サービスについてどこに相談したらいいのか、分からないという方も多いのが実情です。そこで、相談への入口として、『先ずはこちらへお問合せ下さい』という場所を設けるべく設置されたのが、基幹センターです。基幹センターには現在3名の職員が、相談員として常勤しています。
 日頃寄せられる相談の中で多いのは、「たくさんサービスがあるのは知っているけど、どうやったらそこまでつながるのか分からない」「サービスの利用内容を変更する時、手続きが難しくて分からない」などというものでした。これまで、当事者自らやその家族が、何とか立ち回って問題を解決しなくてはならなかったのですが、今後は『サービス等利用計画』というものが、解決への道筋をつけてくれる制度になるのではと考えています。サービス等利用計画は、一人一人が相談支援事業所と契約して行うため、相談員は最後まで当事者に寄り添うことになります。また、他の福祉サービス事業所の方々と手をつないで、チームになって、当事者を支援していくことを、サービス等利用計画でやっていこうとしています。今後、サービス等利用計画を利用する上で、どこに連絡して良いか迷ったら、先ずは基幹センターに問い合わせて下さったら結構です。
 さて、基幹センターでは、主に4つの業務をおこなっております。このうち、今までお話してきたことは、【総合相談・専門相談】になりますが、この他に【地域移行・地域定着】【地域の相談支援体制強化の取り組み】【権利擁護・虐待防止】を行っています。

●豊中市役所障害福祉課 垂水剛さん
今までは、福祉サービスを利用したい人自らが、市役所に行って直接申請をしていました。しかし、来年4月からはそれが出来なくなり、『サービス等利用計画』というのを相談支援事業所で作ってもらわないと、市役所としては、受給者証を出すことが出来ないのです。市役所が受給者証を発行する根拠が、来年4月からは、『サービス等利用計画』という計画書、またはセルフプランになります。現在、豊中市には、計画作成の対象となっている人が約3,000人います。しかしその内、既に計画を作成済みという人は、6月末現在で147人しかいません。もし計画を立てられなかったら、その人たちはサービスを受けられなくなるのか?そのような不安を持っている人が多いので、その点についてお話します。計画の作成にあたっては、サービス等利用計画を事業所(相談支援専門員)に作ってもらうか、自分で計画を作成して市役所に提出するセルフプランかの2択があります。豊中市では受給者証の有効期限を毎年誕生月の末日までとしていますので、その1月半前ぐらいになると、各対象者に市役所から更新の案内書が届きます。「でも、役所から新しい文章が来ても何か難しいし、書類も書きにくいし、どうしたらいいの?」という声も寄せられます。これの回答ですが、毎年送られてくる申請用紙が来たら、それに必要事項を書いて市役所に返送して下さい。そしたら、担当者から電話があって説明がなされるので、計画を立てるかセルフプランで行うか選択して下さい。ところで今、計画を実際に作成出来る相談支援専門員は、豊中市内で30余人しかいません。そのため、専門員の手が混み過ぎていて、計画作成が間に合わない状況が多々出てくるのですが、今年度の内は、計画が無くても従来通り受給者証の更新をするので、「計画が無いからサービスが支給されない」ということはありません。また、来年度からは、何らかの理由で計画作成が間に合わない人は、セルフプランでの作成を市が手伝います。

●CIL豊中 上田哲郎、徳山辰浩
 相談支援事業所で計画を作成するのに対して、自分で計画を立てる方式をセルフプランと言います。セルフプランは、本人の希望によるものが原則ですが、身近な地域に相談支援事業所がない場合もセルフプランとなります。なお、セルフプランの場合はモニタリングの必要はありません。セルフプランの作成が必要となるのは、新規申請と更新申請、それに変更申請のときです。また、利用者の意志で、事業所による計画作成→セルフプラン、セルフプラン→事業所による計画作成に、それぞれ切り替えることも可能です。豊中市では簡素で分かりやすい独自のセルフプラン様式があり、当日は5例のセルフプラン記入見本を用意し、順に説明していきました。
 最後に講師全員と参加者で質疑応答が行われ、講座は終了しました。
(根箭)

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5. 「難病と暮らす今の生活」市民講座報告

事務局

※画像など、詳しい報告はこちらのページをご覧下さい。

 2014年3月9日(日)、前年度第2回市民講座を開催しました。今回は2013年度施行された障害者総合支援法に、難病が福祉サービスの対象に含まれたことを受けて、『豊中市保健所保健予防課 難病グループ』保健師の中尾こずえさんから日頃どんな相談を受けているかを、『人工呼吸器をつけた子の親の会(バクバクの会)』事務局長の折田みどりさんから支援の経験談を、地域で生活している当事者の話は、西村泉さんと『自立生活センター・おおさかひがし』事務局長でもある宮﨑憲一さんのお二人から、それぞれ講演して頂きました。

○中尾こずえさん
 豊中市は2012年度から中核市に移行し、難病グループはその時からスタートしました。国の難病対策の中で保健所が活躍するのが、『地域における保健医療福祉の充実・連携』の部分です。保健師の難病患者に対する相談事業の内容は、個別支援・医師による患者を対象とした講演会開催・入院患者が在宅になる(退院する)際の助言・介護従事者対象の研修会開催や病院との連携会議、北摂地域の保健所と課題共有(地域ネットワークの構築)です。
 今後、国の基準で特定疾患の対象が56疾患から300疾患に拡大される予定です。これからの難病対策は「当事者と家族を社会が支援していくことが、これからの日本にふさわしい」というのが、改革の基本的認識とされています。国、自治体は、治療・克服を目指す一方で、当事者の社会参加を支援し、難病でも地域で尊厳を持って生きられる社会の実現を目指していかなくてはなりません。

○折田みどりさん
 『バクバクの会』は1989年5月に、淀川キリスト教病院の院内グループとして発足。1990年3月、当事者が退院して在宅生活を開始し、そのことがマスコミで大きく取り上げられたことを切っ掛けに全国組織化されました。
 息子は生後6ヶ月から人工呼吸器を使用し入院生活を送っていたのですが、『バクバクの会』の存在を知り入会。病院で退院指導を受け、3歳半に退院が実現しました。地域生活では、池田市と交渉を重ねて地域の保育園通所が実現。小学校通学も何度も交渉し「親の付き添いが条件」で入学しました。しかし、親は夜間ケアとの両立が難しくなり『親の付き添いを無くす会』を発足。その結果、看護師資格のある介助員が市より派遣されるようになりました。
 息子は今年25歳、24時間介護を受け池田市内で自立生活をしています。地道な交渉の結果重度訪問介護で1377時間出ていますが、現在も毎月交渉しています。

○西村泉さん
 6歳の時に両親が異変に気付き、全身の筋力が低下していく脊髄性筋萎縮症をもって生まれたことが判明しました。進行性なので、少しずつ出来ないことが増え、現在は少し指先が動き、パソコン操作が出来る以外は、全介助が必要です。
 周りの人たちのサポートを受け、地域の保育所と小学校に通いましたが、11歳頃から呼吸機能の低下と体重が減少し、刀根山病院に入院。その頃から日中は酸素をつけ、夜間は人工呼吸器をつける生活をしています。入院中、隣接する学校にも通い楽しい時間もありましたが、障害が進行するのなら体力のある内にもっと自由な生活を楽しんでおきたい思いが沸き起こり、退院を決意。東大阪市の実家での在宅生活を実現しました。その後、そろそろ家族を楽にさせたい、親が介護出来なくなった後病院生活には戻りたくないから今の内に一人暮らしをしようと考え、決意しました。住む場所を生活し慣れた東大阪市か、病院のある豊中市か3ヶ月悩み、最終的に豊中市を選びました。
 昨年9月末から豊中市で一人暮らしを始め、何かと大変なことがありましたが、周りの助けのお陰で、一人で悩まずに、生活していけるようになりました。

○宮﨑憲一さん
 実は難病指定自体はされていません。20歳の時に車の事故で全身骨折し、意識不明になり、意識が戻ると医者から「レントゲンを見る限り、立って歩ける骨の強度はない」と言われ、事故以前の生活も中々信じてもらえませんでした。退院後別の病院数カ所で診てもらうも、見立ては皆同じなので通院はやめました。リハビリを兼ねて建築会社で鉄筋などを担いだりして働き、その間も2回ほど骨折、骨の中にあるワイヤーが皮膚を突き破るという事もありました。
 その後、自身の身体をある骨の病気に詳しい先生に診てもらうと、右手指先から右肩以外の全身の骨が『自分で作っては壊すという動作を繰り返す』進行性のもので、この病気は世界でも希有で、発症は遺伝によるものも少なくないことが分かりました。
 この後、独学で福祉制度を勉強し、障害基礎年金や障害者手帳を取得。ハローワークで現在の職場の『自立生活センター・おおさかひがし』を紹介され、勤務7年目になります。今の職場に就職したことが切っ掛けで、障害者制度の問題点や障害者運動のことなど、いろいろなことを学べました。

 今回の講座は非常に内容も濃く、インパクトのあるお話ばかりで、参加者の方々に少なからず刺激を与える事ができたと思います。(瀧本)

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6. 2014年度CIL豊中通常総会報告

事務局

 去る6月15日(日)、当法人事務所にて特定非営利活動法人CIL豊中2014年度通常総会が開催されました。午後1時30分に開会宣言、徳山理事長による開会挨拶の後、徳山理事長を議長として審議が始まりました。
 出席者から、昨年も質問したことだが、障害者外出支援サービスについて、65歳になると高齢の「ほのぼの号」の対象になって障害者外出支援サービスが利用できなくなる。「ほのぼの号」は余暇は使えない等利用しづらく、なんとかならないかと発言がありました。これに対して、要綱上、車椅子以外の障害者は65歳になっても引き続き障害者外出支援サービスを利用できることになっており、現に利用されています。車椅子の方は「ほのぼの号」の利用になりますが、引き続き、高齢者支援課や障害福祉課に改善について要望をあげる必要がありますと回答がありました。
 以上のような質疑を経て議案は全て原案どおり承認可決され、午後3時45分に閉会しました。

議事

 第1号議案 2013年度事業報告及び決算の件
報告事項
 2014年度事業計画及び予算

《2013年度事業報告及び決算》

 2013年度は、障害者総合支援法における在宅福祉サービスとして、居宅介護、重度訪問介護、同行援護、特定相談支援、一般相談支援を行った。地域生活支援事業として、移動支援、豊中市障害者相談支援事業を行った。児童福祉法における在宅福祉サービスとして放課後等デイサービス、児童発達支援、障害児相談支援を行った。介護保険における在宅サービスとして、訪問介護、介護予防訪問介護、訪問看護(医療保険含む)、介護予防訪問看護を行い、障害者及び高齢者の地域生活の支援を行った。
 4月から障害者総合支援法が施行され難病者等にも対象が拡大された。また、6月に障害者差別解消法が国会で成立、12月に障害者権利条約が国会で承認され1月に批准されるなど長年の障害者の人権に係わる課題が前進した年となった。今後は、実際の福祉施策等にいかに反映され、障害者の暮らしに活かされるかが問われることになる。豊中市では、長年訴え続けてきた長時間介護保障について、支給決定のガイドラインが見直され、生活保護他人介護料と合わせて初めて24時間介護保障が実現できた。対象が人工呼吸器等をつけた医療的ケアが必要な障害者に限られているが、近年にない大きな前進となった。
 豊中市障害者外出支援サービス事業は多くの利用があり、障害者の外出や社会参加の一助を担った。イベントとしては、クリスマスパーティーを行い、多くの障害者と共に楽しんだ。また、障害程度区分認定調査、豊中市障害者給食サービス訪問聴取り、点字名刺事業を行った。

■豊中市障害者相談支援事業(豊中市委託事業)
○相談・支援件数 1300件
○市民講座
 第1回 「精神障害者支援の現場」
 第2回 「難病と暮らす今の生活」
○自立生活プログラム講座 全6回
○他講座等 「親には親の言い分!子には子の言い分!」
○開放サロン 23回 ○自立生活体験室 宿泊利用42泊、デイ利用78回
○広報誌、ホームページ等にて情報提供

■豊中市障害者給食サービス訪問聴取り(豊中市委託事業) 実施数9件
■豊中市障害者外出支援サービス事業(豊中市補助事業) 運行回数2298回
■イベント クリスマスパーティー 参加者164名
■点字名刺の作成販売 作成枚数23605枚
■特定相談支援 利用者数9人
■障害程度区分認定調査 調査件数1件
■障害者総合支援法介護サービス 派遣時間110917時間
■介護保険法介護サービス 派遣時間 4681時間
■訪問看護サービス 訪問回数4014回
■障害児通所支援 通所回数1577回
■介助サービス(制度外) 派遣時間1054時間

活動計算書
2013年4月1日~2014年3月31日(単位:円)
収入 支出
科目 決算額 科目 決算額
Ⅰ 経常収益
  1.受取会費
  2.受取寄付金
  3.受取補助金等
  4.事業収益
  5.その他収益
Ⅱ 経常費用
  1.事業費
  2.管理費

133,000
0
8,301,000
452,142,543
688,362

440,628,193
1,494,757
Ⅲ 経常外収益
     経常外収益
Ⅳ 経常外費用
     経常外費用
税引前当期正味財産増減額
当期法人税等
当期正味財産増減額
前期繰越正味財産額
次期繰越正味財産額

0

0
19,141,955
6,940,000
12,201,955
147,361,585
159,563,540



《2014年度事業計画及び活動予算》

 障害者総合支援法における在宅福祉サービスとして、居宅介護、重度訪問介護、同行援護、計画相談支援、地域相談支援を行う。地域生活支援事業として、移動支援、豊中市障害者相談支援事業を行う。児童福祉法における在宅福祉サービスとして放課後等デイサービス、児童発達支援、障害児相談支援を行う。介護保険における在宅サービスとして、訪問介護、介護予防訪問介護、訪問看護(医療保険含む)、介護予防訪問看護を行う。また、豊中市障害者外出支援サービス事業、障害支援区分認定調査、豊中市障害者給食サービス事業アセスメント及び利用調整、点字名刺事業、自立生活体験室を行う。
 4月から障害者総合支援法について、障害程度区分を障害支援区分に変更、重度訪問介護の対象拡大、ケアホームのグループホームへの一元化、地域移行支援の対象拡大が行われる。また、サービス等利用計画の完全実施経過期間の最後の年になるため、相談支援の利用者が一気に増加すると思われる。これに対応するため豊中市障害者自立支援センターの機能強化を進める。また、新しく開設される豊中市障害者基幹相談支援センターに、長年相談支援を行ってきた当事者団体として人的協力を委託契約に基づき行う。
 本年度予算は約450,000,000円。


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みなさんからの、投稿コーナー

 このコーナーでは、みなさんからの作文・詩・短歌・俳句・小説など、投稿作品をご紹介しています。
 作品は随時募集しておりますので、投稿されたい方は、編集部までどしどし投稿して下さい。
 なお、作品数が多くなった場合は、繰り越しで2号先の広報誌に掲載する場合もあります。作品の内容によって考慮は致しますが(季節がテーマの場合など)、あらかじめご了承下さい。

 みなさまの投稿を、お待ちしています。













7.短歌

この我の
今の幸せ
守りたし
君のお力
お借りしながら

伊丹市 岩國久美子


大葉子の
踏まれてもなほ
踏まれても
硬き地面に
穂を起ててをり

箕面市 吉村史生



伊賀上野にて

雲渡る
伊賀の盆地の
風のごと
忍者電車は
走り往くなり

箕面市 吉村史生


8.ぼくの日曜日

海帰 優人

行く夏に想う

 先週の日曜日、ヘルパーさんとの連絡が必要になり、デパートのインフォメーションにお願いに行った。
 「メールを打ってほしいんですけど」
 「個人情報などとの関わりで、お手伝いすることができないんです」
 「自分で打つことができないし、急いで連絡を取らないとダメなんです」
 「ちょっとお待ちください。上に問い合わせてみます」
 しばらくして「やはりダメです。申し訳ありません」
 電話ならOKということで、なんとか連絡は取ることができた。
 だけど、ぼくの気持ちは釈然としないまま。後日、周囲の中でもかなり常識を持っていそうな友人に、上記の出来事について尋ねてみた。
 彼は
 「井上さんの気持ちもわかりますけど、万が一のことを考えてしまうんでしょうねぇ。しっかりしたデパートなら社内規則のようなものもあるだろうし…」
 まあ、一つを許せば、すべてやらなければならなくなる。
 いろいろな情報が簡単に手に入る。科学技術や医療の進歩が産み出す、いろいろな社会のひずみが気になって仕方がないこのぼくも、ネットでライブのチケットをとったり、電化製品を注文したりしているし、ヘルパーさんの予定などもメールでやり取りしている。
 でも、万が一への対応やそれぞれのルールを守ろうとするあまり、その人その人が持ち合わせている個性と良心を息苦しくさせていることはないのだろうか。
 インフォメーションの女性は、別れ際にほんとうに申し訳なさそうな表情で頭を下げてくれた。もし、手伝っていてくれたら、お互いにもっと気持ちいい時間を過ごせたかもしれない。そう考えると、どんどん自分らしさが発揮しにくい社会になり始めている気がする。
 ぼくは豊中にやって来て「障害は個性やで」という言葉に背中の荷物を軽くさせてもらった。だけど、自分らしさが発揮しにくい社会の中で、障害者として何を発信していけばいいのだろうか?背中の荷物が重くなった気がする。


9.哲珍の部屋

上田哲郎

 皆さんこんにちは、上田です。4月から障害福祉センターひまわり内に新設された、豊中市障害者基幹相談支援センターで働く事になりました。
 幼い頃しいの実学園に通っていたので、建物は変わりましたが、豊中で育ってきた、その原点に戻れた事、ちょっと不思議に思えましたし、嬉しいという気持ちにもなりました。
《基幹にいった》
 新設されたという事もあって、それぞれ3つの法人から3人が集まり、0からのスタート。気を遣いながら新しいものを作っていく事って、結構な大変さで、時間もかなり要します。
《奄美にいった》
 そんな中で休みを頂きまして今年もいってきました、福岡県南青少年の船。今年の寄港地は奄美。今年は子ども40人足らず、社会の稀薄化か?、海難事故の影響か?スタッフ17名合わせて53名と例年に比べて小ぶりでしたが、その分子ども達との距離も近いし、親近感も半端ない。
 同じ奄美諸島の与論島では、島民全員がひとつの家族という想いを「一島一家」というそうなんで、それを参考にスタッフが名付けた「一船一家」。県南の船に係わった子どもとスタッフが、家族のような温かい関係でという意味。
<メールひとつで>
 今年は本当に行けないだろうと思いながら過ごしてました。が、「てつおー、今年船乗れるかー?」という十数年来のスタッフさんからのメールひとつで、「行こう!!」という気持ちになりました。
<一緒に過ごすからわかる>
 初日初対面の子どもらも、時間が経ち、廊下ですれ違ったり、テーブル囲って食事したり、レクを一緒に楽しむに連れて理解してくれますし、私が出来ない事を補ってくれる子どもも出てきます。たった5日一緒にいるだけで。
<繋がる>
 今年は小ぶりながらも、たくさんの笑い声が聞け、たくさんの笑顔を見れ、子どもら一人一人の帽子のツバに「一船一家」って落書きも出来ましたし、何より楽しかったです。また来年もたくさんの家族に出会い、笑い声と笑顔、いっぱい見れたらありがたいです。来年が待ち遠しい!!!
 


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

投稿コーナー終了


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10. サロン便りだヨン

事務局

 こんにちは。4月Y君のお土産でロシアンルーレットしたよ。
 Y君はてっきり12枚のうち辛いものが2枚だと思ったのが、なんとなんとその逆で、辛いものが10枚だった。甘いものは2枚だった。
 1回だけで企画倒れだったけど、参加者がガマンして、全部食べて盛り上りました。 

 7月は野々村元議員が来た!ある利用者さんが野々村元議員の(号泣会見の)マネをしてみんなが盛り上がったのである。ぼくのヘルパーが、「クリスマスパーティーのときに野々村元議員のモノマネをしてもらったらどう?」と言った。

 Y君はクリスマスパーティーに野々村元議員のモノマネをするかも?
 いつもトランプゲームをしてますよ。又遊びに来てね!
 
 毎月第一・第三土曜、13:30~15:00にやっています。
 


TSW1より

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11.

事務所スタッフのつぶやき

事務局


 『隊長のつぶやき』はお休みしますが、どこかで登場しています。
 次回もゆる~くつぶやくかも?温かく見守ってくださいませ。
(今津)

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12. CIL豊中近況/お知らせ

 このコーナーは、当センタ-ホームページの「CIL豊中近況」から抜粋しました。事務局のようすが少しでも分かっていただけたら嬉しく思います。

≪4月≫
2014/4/25 出入り
サービス等利用計画やその他相談業務が増え、訪問・聞き取りをしなければならないことが、着実に増えてきています。事務所内のスケジュールと調整しながら、間を縫って外出するのは、なかなか大変になっていますね。

2014/4/28 相談票
今年度から、相談票(旧相談支援カード)の書式が新しくなりました。しかし、計画相談の各動きも、全て相談票の対象となり、ただでさえ計画案や計画書に細かく書かないといけないのに、別の書式にまた「この仕事やりました」と記録しないといけないというのは大変過ぎます。カンファレンスの後はカンファレンス記録にも書かなければならないし、何故何種類もの書式に、同じ一つの動きについて書き込まないといけないのか?本当にしんどいです。

≪5月≫
2014/5/28 終日作成オンリー
新体制になって約2ヶ月ですが、いろいろ事業をやっている当事務所も、ほとんどが計画相談作成になっています。本来ずっとおこなってきた、自立支援や相談支援の事業も忘れず、書類業務に忙殺され過ぎないように、心して取り組みたいと思います。

≪6月≫
2014/6/27 取材着々
今週~来月にかけては、広報誌の特集とサブ特集のための取材が続きます。今日も午前中は取材がありました。その中身はいずれ完成版にてお楽しみですが、反響をもらえるものに仕上げようと、今から燃えております。

≪7月≫
2014/7/14 ますます増加
7月も中旬、計画相談の依頼件数はますます増加しています。元より予期していましたが、キャパ的に一気に限界に近付き、どう割り振りするか采配に苦慮しています。

2014/7/18 訪問御礼
今日は会議の日ですが、会議後半は皆訪問の仕事が相次いでいて、会議も時間前倒し&短縮です。この先はとにかく、アセスメント、担当者会議と訪問・訪問で、なかなか事務所で人が揃う日はありません。

≪8月≫
2014/8/29 月末集計
もうすぐ月末。今年度から、サービス等利用計画作成に関する連絡や、やり取りも、全て相談票という用紙に一件一件書き記して残す義務が課せられたので、その量の膨大さから、集計には尋常ではない労力を費やします。つくづくキツい制度になったものだと思います。

前号特集の補足について
いつも広報誌をご購読いただき、有難うございます。前号(本年3月号)で、映画館について特集しましたが、読者の方より、「所在地と連絡先の案内があれば良かった」というご意見をいただきました。そこで、間隔は空きましたが、ここで各シネマの所在地と連絡先をご案内いたします。


◇大阪ステーションシネマ:大阪市北区梅田3−1−3、TEL 06-6346-3215
◇シネ・ピピア:宝塚市売布2丁目5−1、TEL 0797-87-3565
◇第七藝術劇場:大阪市淀川区十三本町1−7−27、TEL 06-6302-2073
◇TOHOシネマズ梅田:大阪市北区角田町7−10 HEPNAVIO 8F、TEL 050-6868-5022
◇TOHOシネマズ伊丹:伊丹市藤ノ木1丁目1−1 イオンモール伊丹テラス4F、TEL 050-6868-5021
◇MOVIXあまがさき:尼崎市潮江1−3−1、TEL 06-4960-7500
◇109シネマズ箕面:箕面市坊島4−1−24 みのおキューズモール内、TEL 0570-001-109

※千里セルシーシアターは、2014年8月末日をもって閉鎖されました。


以上です。貴重なご意見をありがとうございました。


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13. サービスのご案内

事務局

ヘルパーステーションCIL豊中
訪問看護ステーションCIL豊中

TEL06(6840)8195 FAX06(6840)8196

障害者総合支援法介護サービス
障害者総合支援法によるホームヘルパー、ガイドヘルパー派遣。
◇サービス提供範囲 豊中市及び近隣地域
◇サービス提供時間 24時間365日
介護保険訪問介護・介護予防訪問介護サービス  
介護保険によるホームヘルパー派遣。
◇サービス提供範囲 豊中市及び近隣地域
◇サービス提供時間 24時間365日
介助サービス
障害者(豊中市在住)の自立支援を目的とした、制度外サービス。
◇介助料
 【一般介助】1時間1,200円 【その他】旅行介助
  介助者にかかる交通費及び宿泊費等は利用者負担です。
◇キャンセル料 当日キャンセル半額
※条件の合う登録介助者が見つからず、御希望にそえない場合があります。
訪問看護サービス
看護師が家庭に訪問し、在宅療養生活の支援をします。
◇サービス提供範囲 豊中市及び近隣地域
◇サービス提供時間 月曜~土曜9時~18時

ボーイズ&ガールズ
TEL06(6843)5580 FAX06(6843)5590

障害児通所支援(放課後等デイサービス・児童発達支援)
 重度障害児(要医療的ケア等)に、通所による療育支援。
◇サービス提供範囲 豊中市及び近隣地域
◇サービス提供時間 月曜~土曜13時30分~17時30分
祝日、年末年始、第1・3木曜は休み

豊中市障害者自立支援センター
TEL06(6857)3601 FAX06(6857)3602

豊中市障害者相談支援事業(無料)
障害者やその家族等の相談等支援をします。
◇福祉サービスの利用援助
◇社会資源を活用するための支援 ◇社会生活力を高めるための支援
◇ピアカウンセリング  ◇権利擁護   ◇専門機関の紹介
自立生活体験室
障害者の方が、自立生活を体験してみる部屋です(介助者の方は無料)。
◇宿泊利用 1泊1,500円 ◇デイ利用 1回(5時間まで)750円
計画相談支援・障害児相談支援・地域相談支援(無料)
サービス等利用計画の作成、地域移行支援、地域定着支援等。
豊中市障害者外出支援サービス
車いす対応車を運行し、一般交通の利用が困難な障害者の社会参加を支援。
◇利用対象者は、豊中市内に住所を有し、次のいずれかに該当する人。
 15歳以上65歳未満の人、概ね6歳以上15歳未満で車椅子使用の人、65歳以上で豊中市高齢者外出支援サービス『ほのぼの号』の対象にならない人。
 ①身体障害者手帳1・2級(下肢、体幹、視覚、内部)を所持している人。
 ②療育手帳Aを所持している人。
 ③腎臓機能障害で透析治療を受けている人。
 注 15歳未満で車いすを使用していない人は利用できません。
    65歳以上で車いすを使用している人は利用できません(豊中市社会福祉協議会の「ほのぼの号」を利用 (6841-9393)。
◇利用日時 午前9時から午後5時(年末年始12/29~1/3を除く)。
◇利用回数 月4回まで利用できます。
◇利用料 4㎞未満300円~20㎞以上2,500円
◇利用区域
  豊中市及び隣接市(大阪市南部を除く)及び特定施設
◇キャンセル料 当日キャンセル500円
点字名刺(送料は一律270円)
◇片面名刺印刷と点字打ち込みの場合 10枚400円
◇両面名刺印刷と点字打ち込みの場合 10枚500円
  ロゴ・イラスト又は写真入りの場合は10枚につき50円の加算となります。 

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14. 編集後記

編集長 瀧本香織

 皆さん、こんにちは。
 今年の4月1日に豊中市障害者基幹相談支援センターが開設されました。それと同時に相談支援事業所が当センターも含めて、10ヶ所になりました。ご存じでしたか?一挙紹
介致しましたので、お役立て下さい。

 今回は最近、よくテレビ番組などで取り上げられている出生前診断を特集にしました。
 障害者団体や病院への取材や当事者で母親の対談、そして、当事者の母親を持つ子供の対談と、いろんな分野・視点からの内容になっています。
少し内容が重いですけど、大切な命の内容です。

 お気づきの点や感想をお待ちしております。遠慮なくお申し付け下さい。

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