広報誌「CIL豊中通信」Vol.4


も く じ

1. 4月から支援費制度居宅介護サービス開始いたします
2. 特集:豊中市の障害者グループホーム
3. 障害者権利条約の実現を目指して
4. 今年も盛り上がりました。クリスマスパーティー
5. 市民講座「始まります支援費制度」報告
6. 2002年度第2回ILP講座の中間報告
7. 学生無年金障害者の活動から(Part2)
8. ボランティアトレーニング体験学習 報告
9. えりとママの珍道中記
10. 一視覚障害者から見た日本社会
11. CILとよなか?劇場
12. ぼくの日曜日 −天一−
13. 遠くなくても行きたい −泉ヶ丘ラーメン劇場−
14. ふるえるほど寒かったけどみんなは熱かった
15. 大阪府障害者(児)ホームヘルパー養成研修(2級課程)終了
16. 「元気でっせ作業所」全国集会に参加
17. CIL豊中近況
18. サービスのご案内
19. 事業活動報告
20. 川柳、お詫びと訂正
21. 編集後記
事務局
広報誌編集部
大友章三
事務局
事務局
事務局
大友章三
事務局
えりママ
和田伸也
亜韓賀捺
海帰優人
西九条舞
大友章三
事務局

事務局
事務局

事務局
事務局
事務局
大友章三

印刷版の表紙


1. 4月から支援費制度居宅介護サービス開始いたします

事務局

 
 

 4月から、支援費制度がスタートします。CIL豊中では、身体障害者・知的障害者・児童の指定居宅介護事業者として、障害を持つ方のニーズに応じたホームヘルプ・ガイドヘルプ(移動介護)サービスを24時間365日行なっていきたいと思います。
 皆様には、支給決定に関わる聴き取りが終わり、市町村より決定通知書が届き始めていると思います。そしてもうしばらくすると受給者証が届くと思います。受給者証が届くと事業所を選び契約する事になります。
 新しい制度で分からない事や不安な事があると思いますが、ご遠慮なくご相談下さい。そして、よろしければ支援費制度居宅介護の契約のご相談もお待ちしていますのでよろしくお願いします。
 今まで、ホームヘルパーやガイドヘルパーの利用方法には他薦方式と自薦方式がありました。他薦方式は事業所がヘルパーを選び利用者に派遣するという最も一般的に行なわれている方式です。これに対して自薦方式は利用者自ら推薦するヘルパーを事業所に登録して自分専門に派遣してもらう方式です。豊中市では、全身性障害者(車イス)、知的障害者のガイドヘルパー及び自薦方式が適当と認められる重度障害者のホームヘルパーが自薦方式でした。支援費制度になって、今までの自薦ヘルパーが使えなくなると心配している方もいると思いますが、CIL豊中では他薦方式と自薦方式ともども行ないますのでご安心下さい(自薦ヘルパーさんに対する報酬も現行制度より下がらないように時給1500円+交通費と高めに設定しています)。ただ、制度的な準備が今から必要になる方もいますので出来るだけ早くご相談下さい。また、自薦するヘルパーが見つからなくて実質的に制度を使えなかった方も、CIL豊中でニーズにあったヘルパーを責任を持って派遣しますので、そのような苦労はなくなります。
 支援費制度になり、利用方法も変わりますが、これからもこれまで以上に、障害を持つ方の充実した地域生活のためにスタッフ一同努力していきたいと思います。

(文責:馬渕)

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2. 特集:豊中市の障害者グループホーム

広報誌編集部

はじめに 

 みなさんは「グループホーム」というのをご存じでしょうか?
 グループホームとは、主に4〜6人ぐらいの人(入居者)が一つの世帯を成し、サポーター(一般には世話人と呼ばれている)と共に共同生活を行う住居のことをいいます。地域の中の、ごく普通の一軒家やマンションの一室が使われていて、高齢者対象と障害者対象とがあるのですが、ここでは障害者対象のみを取り上げることとします。
 さて、昨年の暮れ、厚生労働省が知的障害者の生活の今後についての方針を打ち出しました。それによれば、これからは施設はつくらず、地域で自立を出来るよう、グループホームの普及に力を入れるということです。この結果、豊中をはじめ、全国の各地域において、グループホームの需要が飛躍的に伸びるようになりました。
 一方CIL豊中では、これまで度々グループホームという言葉は聞いたことがありました。しかし、実際にどんなところであるかは全くと言っていいほど知らず、昨今の動きも相まって、関心も高くなっていました。そこで今回、グループホームの持つ特色を自ら確かめ、理解も深めようと、取材をさせていただきました。
 現在豊中では、6つの運営主体によって、13のグループホームが運営されています。いずれも知的障害者が対象ですが、知的障害のグループホームは、支援費制度への移行の対象にもなっているので、それに向けての動きも、合わせて伺いました。
 取材にあたっては、編集担当の塚原・根箭の2名が、協力をして下さった5ヶ所のグループホームにお邪魔し、入居者のプライバシーに差し障りのない範囲に限って、世話人さんの許可を得た上で画像も撮らせていただいております。
 それではその画像も合わせながら、今後の発展が期待されるグループホームの特集をぜひご覧下さい。

1.ほづみのお宿

 服部の住宅街の中の一軒家、グループホーム「ほづみのお宿」にいってきました。そこは、NPO法人「パコ」さんが運営されています。(ここは現在二軒運営されており、もう一軒は「すずめのお宿」で東豊中にあるとのことです) お話は、事業管理者の西口さんにお聞きしました。

★所在地 豊中市服部寿町1−3−5
★開設日 2001年2月1日(すずめのお宿2000年5月1日)
★運営主体 NPO法人「パコ」
★運営方針、理念 利用者、職員を問わず、みんなが対等な関係の中で人間として成長しあいその夢を実現していくこと。最初から、グループホームが目的でNPO法人をとった。日中支援は作業所で、生活支援はグループホームでという、家族からの要望もあった。第一号目の「すずめのお宿」ができて、それを見て「あんな生活してみたわ」という声も出てきて、住宅の物件を借りることもできて第二号目をはじめた。これが最終的なゴールではなくもっと少人数で暮らしたいという声もあり、サポートのあり方も含めて今検討している。NPO法人として、地域生活支援事業者の登録も済ませ、今は、作業所の利用者が入居者だが、地域の障害者もうけいれていく。それぞれにあったサポート、断続的な体制で、人間関係の面からもいろいろなホームを考えていきたい。
★入居者の障害種別 全員知的障害者で、重度4名、軽度1名(全員女性)、「すずめのお宿」も同じで、作業所利用者13名中9名がホームで暮らしている。
★定員、年齢 5名、26〜46歳
★居室等施設の設備 居室が5室、居間もあわせて5室で個室が4、ひとつが大きい部屋なので、真ん中を仕切っている。台所、食堂、洗面所、バス、トイレ{2}
★支援員の配置 雇用契約の世話人(ホームの職員)3名、夜間は1名の宿直体制、16時〜21時は、職員とサポーターの2名体制でやっている。「すずめのお宿」には地域の方がサポーターとして積極的に関わっている。
★入居者の生活の様子 日中は作業所で仕事して、規則正しい生活の中で一人ひとりマイペースに好きなことをして過ごす。起床、朝食準備、洗濯、風呂掃除、など、各自のできることをして出勤。帰宅後は買い物、夕食準備、洗濯物の取り入れ、整理などして、夕食後は音楽を聴く、テレビを見る、絵や字を書く、読書、折り紙や編み物をするなど、入浴の後10時ごろまで、各自で好きに時間を過ごす。
★近隣との交流 交流としてはできていないが、自発的にホームの周囲の整備(掃除、草引きなど)とかやってくださっている。また、近くの店は、それとなく買い物に来た利用者を見守ってくれているという感じで、人間関係はできつつある。障害者と初めはどう接していいかわからないと思うけど、人と人との関係なんて、出会ってみなければわからない。だから、今まで家庭や施設とかで体験がなかった分、どんどん体験していき、その中から社会的なルールとかいろいろと学んでいってほしい。
障害がある、なしにかかわらずに、お互いが人間として成長しあい、「あんなことしてみたいな。こんなことしたいな。」そんな一人一人の夢の実現をしていきたい。
★これからについて(支援費制度に向けて) まだまだ先が見えてこないなあ、と、西口さん。
 もっと自由に好きなときに好きなことができるよう、いろいろな体験ができるように、個別的なサポートで、個別のメニューを増やしていきたい。
補助金については、金額の変革があるほか、ホームは365日開所ということになって、ショートステイが使えなくなってしまい、生活の場所が、在宅か、ホームか、になってしまい、選択肢が減る。でも、今は軽度の人は使えないガイドヘルパーが、今度の聞き取り調査の結果、使えるようになったりなどの長所はある。
また、突発的なことが起こったときに、すぐ対応してくれる融通の効く介護派遣事業所のサービス拡充をしていってほしい。
★そのほか 女の子ばっかしで、ピイチク、パーチク、「すずめのお宿」、「ほづみお宿」は、きょうも、明るくたのしそう・・・・。

(塚原)

外観 室内
ほづみのお宿


2.やすらぎの家

 阪急曽根駅から西へ数分、商店街を出たすぐの所にあります。その利点を活かして、商店街の方々との交流を積極的におこなっているのが特徴です。取材にあたっては、2003年4月よりバックアップ施設になる「社会福祉法人豊中きらら福祉会」の、グループホーム担当の瀧野龍夫さんにご協力いただきました。

★所在地 豊中市曽根西町2−4−41
★開設日 1999年10月22日
★運営主体 ワークセンターとよなか(本年4月1日からは、社会福祉法人豊中きらら福祉会)
★運営方針・理念 利用者が自立し、地域で共同して日常生活を営めるように、利用者のおかれている環境に応じて、共同生活の住宅において食事の提供、金銭管理、生活などの相談、その他生活上の援助を適切に行う。又、地域との結びつきを重視し、利用者の所在する市、他の居宅援助事業者などとの連携に努める。
★障害種別 重度(身体+知的)1名、中軽度(知的)3名、計4名
★定員・年齢 4名・23〜57歳
★居室等施設の設備 5DK・・・その他 トイレ2ヶ所・風呂
★支援員の配置 キーパー(世話人)2名、調理人2名(地域からパートで)。年中無休で交代業務の体制をとっている。
★入居者の生活の様子 4名それぞれが個室を持って暮らしている。昼間は2名が作業所(ワークセンターとよなか=旧第一作業所)に、1名は第二作業所に、もう1名は原田老人センターで働いている。ホームの中では基本的に自由で、就寝時間についても決まりはない。入居者同士による外出もある。ただ、仕事などで帰りが予定より遅くなる場合は、必ず連絡をしてもらうようにしている。
 休日に関しては、作業所の中にグループホーム対策委員会というのがあり、そこの担当者と作業所の職員との連携プレーで、入居者の外出などを支援している。
 食事は一般市民の方にパートで2名来てもらっているが、来られない時はキーパーが作り、入居者も調理の得意な人は一緒に作る。買い物は一緒に行き、弁当を買ってきたり外食をする場合もある。外食の際、キーパーは入居者の金銭管理に十分注意をする。
★近隣との交流 曽根駅西側の商店街を中心に、地域の活性化を考える「まちづくり研究そね21の会」というのがあり、そこに参加している。会が主催するいろいろなイベントやお祭り等に参加したり、町会の行事に参加したりしている。地元の商店街の人にはよく覚えてもらっている。
★これからについて(支援費制度に向けて) 1月24日現在で3名の聞き取りが終わっている。現在の措置制度のもとでは、市から月446,200円(重度の障害者に対して支払われる重度加算も含めて)の補助金がおりている。しかし支援費になると重度・軽度を含めて約半分に減額し、その結果本人負担が増えるのでは?というのが一番の問題である。生活保護をとったとしてもホームでの生活維持は苦しい。市営・府営住宅という選択もあるが、そこでは家賃が入居者全員の総所得から割り出されるため、収入の多い入居者が一人いるとその分家賃も高くなる。また、重度の障害者には介助者がより多く必要なので、そのための人件費も高くつく。
★そのほか 取材者(根箭)の私事で恐縮ですが、ここの入居者の中には、かつて私が介護に入っていた利用者の方がおられまして、その方と久しぶり再会出来て、嬉しかったです。

(根箭)

外観

室内

やすらぎの家


3.第二ウィング


 閑静な住宅街の中にあります。周りにはお屋敷みたいな大きな家が沢山あり、このグループホームの別名も『お屋敷の外れ』だとか(笑)。とにかくみんな明るくてひょうきんで、楽しさあふれるホームでした。取材にあたっては、常勤世話人の岡村房子さんにご協力いただきました。

★所在地 豊中市本町5−11−33
★開設日 1998年4月1日
★運営主体 社会福祉法人大阪知的障害者育成会
★運営方針・理念 知的障害の人全てが「豊かに生きる」ことを基本方針とし、その人なりに、その人らしく、精一杯主体的にものごとに取り組める状況づくりとしての支援をする。「個性を生かす支援」の在り方を探る。
★障害種別 全員知的障害者、重度5名(男性3名、女性2名)
★定員・年齢 4名、30〜33歳
★居室等施設の設備 居室 8畳、6畳、6畳、4.5畳
★支援員の配置 常勤世話人1名、調理(非常勤)世話人1名、ホームヘルパー(入浴介助者・男性)1名
★入居者の生活の様子 昼は5名とも同じ作業所(=ブルースカイ)に通所している。本来はもっといろいろなところから入居者を受け入れることが望ましいが、今のところは全員同じ運営元である作業所のメンバーである。
 作業所へは毎朝9:15に送迎の車が来るが、日頃運動不足気味ということもあり、(世話人がボランティアとして同行で)希望者は歩いて行ってもいいことにしている。帰宅するのは16:00で、その後順次入浴をし、食事の準備に入る。
 ホームにいる時はみな自由に楽しく過ごしている。全員30〜33歳で同年代のため、話題も合う。テレビの歌番組などを見るのが大好きで、マンガもよく読んでいる。女性入居者は台所にいるのが好きで、進んで調理や食事の手伝いをする。みんな入浴の後、各自の靴下とパンツを手洗いして洗濯機へ、できあがった洗濯物は自分で干し、自分で取り入れてたたんでいる。食後の後片づけや部屋の掃除も全て自分たちでやっているので大変自立している。週末や祝日は実家に帰っている。男性の入居者で一人、入浴介助が必要な人がおり、その人には公社から男性のヘルパーが来ている。最初は世話人(=女性)がやっていたのだが、入浴の異性による介護はしてはいけないことになっているため、世話人もずいぶん悩んだ。そしてようやく公社で一人男性のヘルパーがいるという話を聞き、すぐにお願いした。
 外出は常に全体外出となるが、予算的なこともあり、満足には出来ていない。以前は入居者の誕生日のたびにみんなで外出をしてプレゼントを買い、外食もしたりして誕生会を開いていた。入居者の内2名は、自分たちで買い物に行くこともできるので(1名は自転車で、もう1名は歩いて)、よく岡町商店街などに出かけている。
 入居者はみんな生き生きとしていて性格も社交的。一人一人自己紹介をしてくれ、よく話をしたり冗談を言ったりもしてくれた。
★近隣との交流 まだ十分に出来ていない。近所に公園があるが行くことはなく、入居者も友達は作業所だけである。町会に入って会費を納めいるだけというのが現状である。世話人が近所の人と話をすることはある。
★これからについて(支援費制度に向けて) この間全員の聞き取りが終わった。ただ具体的な動きや方針については、保護者のほうで動いているため、ホームとしてはまだまだ把握はしていない。
★そのほか いや〜楽しいホームでした。あれだけ賑やかに、のびのび過ごしている入居者を見て、何だかうらやましくなりました。取材のはずが思わず漫才みたいになってしまうほど、入居者のみんなと打ち解けることが出来ました。

(根箭)

外観

室内

第二ウィング

4.パズル

 それは、とっても寒い日でした。そこは豊中の北、西緑丘の団地の5階の、えーぜっとのメンバー5名が入居されているグループホーム「パズル」です。お話は世話人の錦織さんにお聞きしました。

★所在地 豊中市西緑丘1丁目 府営西緑丘住宅 (2棟が女性、5棟が男性)
★開設日 2002年4月8日  
★運営主体 NPO法人であいの郷市民委員会
★運営方針、理念 共同生活ではあるけれども、一人一人の生活のリズムを尊重し、自由な生活をしている。たとえば、一日の日課をきっちりと決めたりせず、食事づくりやあとかたづけも強制しないで、やりたいひとが、する。
ホームが最終的な生活の場ではなく、いつかは、一人暮らしをしたいと希望している人もいる。
★入居者の障害種別 知的障害者、5名(重度2名、軽度3名、男性3名、女性2名)
★定員・年齢 5名、26〜33歳  
★居室施設の設備 広さは違うけれど、全員個室あり
★支援員の配置 現在のところ常勤の女性の世話人が1名で、非常勤の代替世話人は、えーぜっとの会の職員で確保している(パート、男性1名、女性数名)。常勤の世話人は法人の正職員。
★入居者の生活の様子 ホームから、豊中の南、庄内大黒町の作業所までの道のりは遠いのだが、パン屋さんで働く人の朝は早いので、自力で通勤。そのほかの人は、送迎の車を出している。
 食事に関しての買い物は、世話人が、まとめて買う。時間的な余裕があれば、行きたい人と一緒に行くこともある。それ以外のほしいものは、個人で買う。一人一人の好みが違い、食事の献立を決めるのが一苦労だが、なるべく一緒に決めたいと思っている。
 週7日開設とはいかないため、土日は実家に帰ってもらうという現状だが、ガイドヘルプを使っての余暇活動をすることもある。
★近隣との交流など 自治会活動に入っている。月1回の共用部分の掃除、草取りなどは出ている。役員も回ってくるから、する。それをしているから、近隣の人は、あたたかく見守ってくださっている。男性棟のほうが、より密接で、バザー品をいただいたりもしたり、年末えーぜっとのもちつき大会でついたもちをおすそ分けをしたりして交流はある。また集合住宅の一室なので近隣への生活音に、気を使っている。
★これからについて(支援費制度に向けて) 課題としては、365日のケアを目指している。また、自分で金銭管理のできる人はいいのだが、できない人の分、金銭的なケアもしていく必要も感じている。
 4月からの新制度については、今までとは違い、一人一人の利用者に出ることにより、全体としての補助金の額が減り、その結果、定員を増やさなければならなくなるのではないか?ホームはなるべく少人数でありたいと思っている。
★そのほか 最後に「激動の一年でした」と語る錦織さんでした。

(塚原)

外観(団地全景)

室内

パズル(府営西緑丘住宅)


5.のぞみ荘


 豊中市永楽荘、小高い丘の上のような土地に位置します。まだ1年目なので試行錯誤の連続です。しかし、元気一杯!パワフルな寮母(世話人)さんのもとで、入居者も一歩一歩自立に向けて変化を続けています。取材にあたっては、その寮母さんであります前田さんにご協力いただきました。

★所在地 豊中市永楽荘1−4−30
★開設日 2002年4月1日
★運営主体 社会福祉法人豊中のぞみ会
★運営の方針・理念 障害者が親元近くで地域で暮らすという事を実現する。入居者の自立へ向けての可能性を広げていき、少しの変化でも大きく褒めたたえる。決して結果を急ぐことなく、入居者一人一人の変化の過程を重んじる。グループホームはゴールと考えており、地域での共同生活を実現する。
★障害種別 全員知的障害、重度5名(男性3名、女性2名)
★定員・年齢 5名、35〜53歳
★居室等施設の設備 個室3つ(二人づつの部屋が2つに一人部屋1つで、和室6帖二間、洋室6帖一間)、談話室(和室6帖一間)、食堂、台所、風呂、洗面、便所各1
★支援員の配置 寮母(世話人)1名、非常勤ヘルパー1名
★入居者の生活の様子 入居者は全員重度で、こちらの問いかけには理解できるが、言葉として出ない人が多い。入居者が何を要求し、何を訴えてきているかは、今では充分理解できるようになったが、わからない場合は、親と密に連絡・連携をとりながら対応している。
 朝は10:00にのぞみ園に通所し(指導員が迎えにくる)、15:30に帰宅。おやつを食べて、17:30ごろから入浴する。18:30ごろから夕食になり、食後はそれぞれテレビをみたり、カセット・CDを聞いたりして自由に過ごしている。
 後片づけ、掃除等は、できる人には手伝ってもらうようにしている(これも自立の一環として)。
 夕食の献立については、朝食時にみんなで、今日は何が食べたいかいくつかの献立を立てて決めるなど、常に入居者の意見を聞くよう心がけている。
 就寝時間は一応は決まっているのだが、実際には自由な状態である。足が不自由で夜中にトイレに行きたくなっても自力で行くのが難しい人や、こちらから促さないと自分からはなかなかトイレの意思表示をしない人もいる。そのため、寮母は基本的に夜は寝ない体制になる事が多い。
 週末や祝祭日は親元に帰るため、ガイドヘルパーを使っての外出など、ホームから直接外出することはない。
 開設当初は環境の変化等により、入居者が体調をくずすなど、欠席(親元にいること)も目立ったが、10ヶ月経った今は大分慣れてきて、毎日快適に過ごしている。ホームには一応、一日の大まかな流れを表にしたものが貼られており、実際はほとんどその表のとおりには動いていない。しかし、もともと親元でのんびり暮らしてきた入居者が、ホームで自分で予定を組み立てて生活することを会得していく上で、この表の存在が大きな道しるべとしての機能を果たす場合がある。このようにして入居者自ら、少しづつ変化を続けている。
★近隣との交流 となりの家の人は、よく話しかけてくれる。作業所の方で開くバザーに地域も一緒に協力している。そのほか行事などを通じて、少しづつ交流を増やしていっている。
★これからについて(支援費制度に向けて) 支援費になると補助金が下がり、その結果家賃補助における親の負担が増える。もっと行政が援助をしなくては、本当の意味での障害者の地域での自立は目指せない。また、地域社会に根ざすには、国の援助ももっと必要である。
★そのほか 寮母さんのパワーをひしひしと感じました。ここが最後の取材先となったのですが、やはり支援費制度の抱える課題というのが、取材を通じて明らかになったような気がします。

(根箭)

外観

室内

のぞみ荘


最後に

 
 グループホーム、イコール、共同生活、みたいに思っていた私は、養護学校時代の寄宿舎生活のことを思い出していました。自由もプライバシーもあんまりなくて、いやな思い出もたくさんあり、共同生活はしたくないなという感じでした。
 でも、グループホームに取材に行って、「アー、こんな生活も、結構楽しいんじゃないかな」と、思いはじめました。ホームについて、ぜんぜん知らなかった取材者二人は、私たちの近くに、こんなホームがあったなんてと、ただただ驚くばかりでした。
 私の行ったところの「ほづみの宿」の世話人の西口さんの言葉が、印象的でした。今まで体験してこれなかった分、いろいろな体験をしていって、学んでいき、云々の話のとき、「夢があって、いいじゃないですかあ」、とおっしゃられていたこと。私たち障害者だって、ひとりひとり「こんなことしたい、あんなこともしたい」という夢の持てる生活ができ、それを支えてくれる社会であってほしいと、思いました。
 一方、グループホームの運営を取り巻く、支援費制度移行への厳しい現状も、取材する先々で聞く結果となりました。間もなく始まろうとしているこの制度が、グループホームにとってはどのように受け止められているのか、今一度見直す必要も出てきたように感じます。
 最後に、取材に快く応じてくださいましたグループホームの世話人の方、入居者の方々、ありがとうございました。

 

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3. 障害者権利条約の実現を目指して
  第6回DPI世界会議札幌大会報告から(Part2)

大友章三

 広報誌Vol.3に引き続き、第6回DPI世界会議札幌大会の報告をお知らせします。

 ここでは、分科会の模様やこの大会の最後に行われた全体会及びこの大会から全世界に発せられた「宣言」を発表し、私の感想を付け加えたいと思います。
 この大会の分科会は「自立生活」「女性障害者」「生命倫理」「アクセス」など10分科会に分けられ、10月16日、17日の2日間に分かれて行われテーマも日別に作られていました。参加者はそのテーマで興味がある部分に参加し、各国からの発題や活動報告を聞き、意見交換が行われました。
 私は1日目は「アクセス」の分科会に入り、情報、コミュニケーションのテーマとした物と午後からは同じ「アクセス」でもユニバーサルデザインをテーマにした物に参加しました。
 アメリカ運輸省で仕事をしているマイケル・ウインターさん(ポリオ、車いす使用)がアメリカで障害者の行動権が法律で認められたのはADA(障害を持つアメリカ人法)が制定されてからで、それまでに多くのリーダーたちがホワイトハウスや連邦議会などに嘆願し、座り込みを行い国を動かしていった経過がある。それによって法律が制定され、主要な交通機関はバリアフリー化され、路線バスに関しては80%以上がリフト付き及びノンステップバスになっていると言われていました。ただし、地方や保守的な地域はまだまだでADAの効力は活かされていないようです。マイケルさんは「今がプラスではなく、まだマイナスなんだという気持ちを持ち続け、自分が活動し、発言力を高める事でプラスにしていく事を目指す事が大切である」と言っていました。
 韓国の朴敬石(ぱく・きょんそく)さんはノドル市で障害者夜間学校の教師をされています。活動としては障害者アクセス連合のリーダーをし、ソウル市で地下鉄を利用しようとした車いす利用者が乗っているリフトから転落し、死亡した事件で国やソウル市に対して改善要求と駅にエレベーター設置を要求しようとしたときに行政は門前払いをした。それを契機に韓国の障害者たちが合流しソウル市庁舎前や明洞(みょんどん)で集会を開き、市民に対して行動提起を行った。そのときに行政は警官隊を出動させ排除する行動を行い、警棒や盾で殴られたり、車いすを倒され引きずられたりしているところを撮影したビデオを紹介していました。それを見て、アクセス権を障害者の手に戻すには座り込みなどをし、強い気持ちを持って行動しないと自分の手には戻ってこない、それは行動権が獲得できないという事が再確認できたと思いました。
 今から20年以上前私たちの先輩の障害者活動家はバスに乗ろうとしたときに乗車拒否をされ、それに怒りバスを乗っ取り社会に対して発言し行動を起こしていった事がありました。私たちはそれを見て「過激だ」と言っていましたが、それをしないと今のアクセスの状況は作れなかったと思いますし、今を100%と思ってしまうのは大変危険な事だと考えています。韓国の障害者たちのパワーをみて、今のぬくもりが続く事が、日本のアクセス権を止める事だと思ってその分科会が終わっていきました。
 2日目の分科会は「自立生活」に参加し、ここのテーマは「介助サービスなどの支援サービス」というものでした。ここではCILさっぽろの佐藤きみよさんが発題され、ベンチレーター(人工呼吸器)を使用し、自立生活をしている1人です。自立生活を始めるときに医療関係者から強く反対されたが佐藤さんはそのとき「3日で死んでもいいから自立したい」と言って病院を出たそうです。それがいまでは、ベンチレーター付きのリクライニングの電動車いすを使い、日本中だけではなく、アメリカやヨーロッパまで出かけているそうです。以前セントルイスに行ったときに街の人々から注目をあび、「女優になったみたい」と思い、非常に爽快な気分になったそうです。彼女のパワーは凄い物で札幌で初めて24時間介護を作り上げ生活をしています。また、札幌市と交渉し、1日10時間の全身性介護人派遣事業をつくりあげ、現在ではCILさっぽろの代表の仕事をしています。彼女の言葉で一番、気に入ったのは、「ベンチレーターは医療機器ではなく、私のパワーを作ってくれるアクセサリーです。」この言葉は補装具とか義足とかまた車いすを使っている事を卑屈に思っている人に対して、この機器は自分を回復させ、自己決定を現実のものにしてくれるアクセサリーという点では障害者に対して、勇気づけられる名言ではないかと思いました。
 この分科会を終えて、各分科会から次のようなアピールが出されました。

DPIは世界中の障害者に呼びかける


平和

障害者として私たちは戦争、暴力及びあらゆる形態の抑圧に反対する。日々成人や子どもが地雷や対人地雷、その他の形態の武力による破壊行為及び残虐行為に苦しめられている。私たちは、すべての人々が平和に暮らし、多様性を尊重し望みが叶えられる世界の実現に向けて努力する。

強力な『我ら自身の声』

DPI(障害者インターナショナル)の力と声はさらに拡大していかなければならない。
私たちはこの分野での専門家であり、すべてのレベルで私たちに対すること全てについて諮問されなければならない。私たちが大きな発言権を得るようになれば、活動について団結せねばならず、強力な団体を設立しなければならない。私たちの知識、経験、資源は共有されねばならないし、若者のリーダーシップを勇気づけなければならない。私たちは情報伝達や、議論や私たちの主張や関心事を大きく前進させる手段として技術を利用しなければならない。

人権

人権団体として、私たちの人権を保障し尊重する条約への支持を求めなければならない。
全てのレベルで政治家と同様に私たち自身や社会を教育しなければならない。
私たちは、地雷被害からの生還者や女性などのような人々からの戦術や成功を学ばなければならない。私たちの権利は日々侵害されている。私たちはその証拠を集めつづけていかねばならない。

多様性の尊重

私たちの活動では、組織は全てのレベルで女性や、若者や他のマイノリティを含めることを保障しなければならない。参加における言語の平等性を保障しなければならない。DPIの公式言語であるフランス語、スペイン語、英語(これらの手話を含む)の使用をさらに押し進める。私たちは障害種別を越えた組織であり、全ての資料・データは障害があっても利用可能な形態にすることを保障しなければならない。

生命倫理

私たちは遺伝学や生命倫理の議論の中に加えられなければならない。異なっていることの権利を主張しなければならない。
「人間」という概念は特定の能力を備えているということに関連したいかなる議論も私たちは否定する。
私たちは学問の領域で肯定的な視点で障害のイメージを変える障害研究を推進しなければならない。

自立生活

自己決定と自立生活は私たちの人権にとって基本的なことである。障害を持つ人々や自立生活の概念において、市民社会に対する教育的プログラムを計画しなければならない。多くの国々において自立生活を営むうえで、私たちの文化の違いを考慮にいれなければならない。

インクルーシブな教育

これまでに、分離教育こそが大きなバリアーとなってきたことを、私たちは指摘しなければならない。子どもの段階からの統合が、完全参加と平等を進めていく上できわめて重要である。障害のある子どもと、ない子どもが隣り合わせになって教育を受けることにより、障害児の地域社会への参加が進むとともに、障害のない子どもをはじめとする社会の人々の意識を変革することができる。私たちは、分離教育をやめ、インクルーシブな学校教育システムを実現するように、各国政府に強く働きかけていく。

広報啓発教育

私たちの意見は多くある−所得創出、教育、貧困の衝撃等々。私たちが関心を持つ課題について、政治家と同様に社会も教育しなければならない。
出版や啓発を得るあらゆる機会を利用しなければならない。障害をもつ人々への否定的なイメージを変えていかなければならない。そのことがこれからの世代に、障害者が平等に参加をして社会に受け入れさせるだろう。

知識の共有

この大会への参加者として、この場でお互いの意見を聞き、見解や意見を議論し、私たちの仕事への義務を再確認するためにここにくることができた、幸運な少数者なのである。それゆえ、ここで行われていることを私たちの草の根運動を支えている仲間たちに伝える義務と責任がある。
3000人の参加者を集めたこの大会で私たちはエンパワーされたと感じている一方で、この大会に参加できなかった人々を今後、エンパワーしなければならない。

これは私たちの挑戦である。 これは私たちの仕事である。

以上のアピールが分科会から出され、参加者各々が各国や地域に持ち帰るものとなりました。
 これは、障害者にも多くのことに挑戦する権利があり、また活動をすることによって、仕事を遂行する責任と義務があることを再度認識することができたように思いました。
 最後の日には、新しくDPI世界会議の議長になったビーナス・イラガンさん(フィリピン)より「DPI札幌宣言」が発表されました。

【DPI札幌宣言】

1981年シンガポールで行われた第1回世界会議で、我々は連帯し、権利のために闘わなければならないことを確認した。2002年の今日、我々は一体となってともに闘っている。世界中のあらゆる大陸にある135ヶ国と地域に国内会議がある。権利のために闘う準備は整っている。
 109ヶ国から3000人以上が参集した過去最大の札幌大会における発表および検討を通して1981年の創設以来多くのことが達成されたと認識した。しかしまだ多くのことが残されている。
 国連の統計によると、世界には約6億人の障害者がおり、そのうちの82%は発展途上国に住んでいる。社会の他の市民と異なり、障害者は最も惨めな状況にあり、政策、環境、意識障壁のために地域社会から孤立、排除されている。それゆえ我々は戦争と貧困及びあらゆる形態の差別、特に障害者に対する差別と闘いその根絶を目指している。
 障害者は世界で疑問の余地なく最大で最も差別されているマイノリティグループであり、私たちの人権は制度的に侵害されてる。貧しい中でも最も貧しい人々への人権侵害は生活状況の悪化、人間として劣しめられる扱い、適切な住宅、保健、教育、雇用、社会的統合の欠如を招いており、死に直面することも多い。現在の国連条約の下での我々の人権は一般的に無視され、モニタリングの過程でも軽視されている。それゆえ我々は、人権の完全な享受を擁護し尊重する拘束力のある法律としての特定の国際条約を要求する。この条約は人権に関するものとして扱われるべきで経済、社会的分野として扱われるべきではない。

・我々はこの法律の作成にあたり『我ら自身の声』を要求する。我々に関するあらゆるレベルのあらゆる事項に関して意見が反映されることを要求する。

・我々はすべての国がこの条約の制定と採択を支持することを要求し、全ての障害者及び障害者団体が条約のニードと利益について一般市民と政治家を教育することを奨励する。

さらに我々はすべての国が差別禁止法を採択し実施すること、及び障害者への機会均等を保護する政策を実施することを要求する。

2002年10月

 わたしは初めて、DPI世界会議に出席し、3000人以上の人々と会い交流をしてきました。障害を負った経過もまちまちで病気、貧困、事故、戦争と国々によって、違いが明らかであり、私たちのまわりとは違ったものが見えてきたし、それによって差別の形も色々あることを認識しました。
 この大会の目指すテーマである。「障害者権利条約の制定」を勝ち取っていくには、障害者たちが自己決定を取り戻し、エンパワメントしていくことが一番必要だと考え、その興奮を持ちながら大阪に帰ってきました。

分科会のようす ビーナス・イラガン新議長

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4. 今年も盛り上がりました。クリスマスパーティー

事務局

 毎年恒例のクリスマスパーティーが、今年(2002年)も12月23日に、福祉センターひまわり・3階体育室で行われました。
 当日は70名を越す参加者が来られ、大変盛り上がった上、準備・片づけ作業も沢山の方にお手伝いいただきました。 今回のクリスマスパーティーでは、カレーライス食べ放題を初の試みとして実施しまして、大好評でした。
 そしてプレゼント交換も、今回は受け付けの時にスタッフがチェキで一人一人の顔写真を撮り、それを用意していたおかし袋に貼った上、各参加者に渡す(自分以外の顔写真を貼った袋を)。そして顔写真の本人からプレゼントを受け取るというやり方にしました。なかなかユニークで、面白い発想だったと思います。
 今までのようにサンタクロースは現れなかったのですが、代わりに登場したのが、何とも悩ましいほどにお色気たっぷりな、二人のサンタレディース(実は正体は男)です。いっや〜”美人”でした〜(笑)!その、サンタ”レディース”の進行のもと、いろいろなゲームが行われ、 ビンゴゲームでは怪しげ(?!)な衣装のおじさんが、出てきた言葉を張り付けるパネル代わりになって登場していました。
 ゲーム以外では『モリアキコあとのせテンプラーズ』さんによるジャズコンサートや、上田邦彦さんによるマジックバルーンショーも行われて、とても楽しいひとときを過ごせました。
 参加して下さったみなさん、ありがとうございました。

(文責:根箭)

大好評だった、カレー食べ放題コーナー パーティーの花、サンタレディースと、地味なトナカイ
おじさん(ビンゴゲーム時) パワフルだったジャズコンサート

 

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5. 市民講座「始まります支援費制度」報告

事務局

 去る、2月16日(日)午後2時から豊中市立生活情報センターくらしかん3階イベントホールにて市民講座「始まります支援費制度〜疑問な点はありませんか?〜」を開催しました。昨年10月に開催した市民講座「知っていますか?支援費制度」に続く支援費制度第2弾でしたが、今回も皆さんの関心は高く参加者は66名という盛況ぶりでした。
 講座は、CIL豊中理事長 徳山の開会の挨拶から始まり、豊中市障害福祉課主幹 中山久司氏が支援費制度の概要と支援費制度施行直前における豊中市の現状の説明。続いて、豊中市支援費支給決定調整委員会委員 谷村慎介弁護士が支給決定調整委員会の位置づけと役割、支援費制度の核である契約について、契約さえすれば利用者と事業者が対等の関係になるのではなく、契約の中身が大切だと説明されました。休憩の後、CIL豊中理事長 徳山、副理事長 大友、谷村弁護士、中山氏で参加者との質疑応答が行なわれました。参加者から、障害者(児)の施設の利用方法、介護保険と支援費制度の適用関係、申請代行について、ショートステイの定期利用契約の可否、自薦ヘルパーはできるのか、居宅介護事業所は足りるのか、受給者証は4月より遅れることはないのかなど前回より具体的な質問がありました。講座は予定時刻を10分延長し、午後4時40分に閉会となりました。

(文責:徳山)

中山久司主幹 谷村慎介弁護士
参加者の方々 質疑応答

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6. 2002年度第2回ILP講座の中間報告

事務局

 今年度の第1回目のILP講座はみんなで食生活を考え、料理を楽しみましたが、第2回目のILP講座では、外出のプログラムを行っています。テーマを「未体験への挑戦」として、やったことのないことや、行った経験のない場所へ外出したりするプログラムです。受講生は、鍛治君、けいこちゃん、笹部さんの3名です。全5回の講座となっています。この原稿を書いている時点では、まだプログラムはすべて終了していませんので、「中間報告」という形で講座の様子などをお知らせしたいと思います。
 以下は、講座の日時と内容です。

1回目:2003年1月11日(土) 13時〜16時
   えーぜっとの井上さんの講演 受講生の皆さんの自己紹介など
2回目:1月18日(土) 10時〜16時
   外出→みんなで伊丹の「ダイヤモンドシティ」に買い物へ行きました。
3回目:2月1日(土) 13時〜16時
   4回目に自分が行きたい場所を決定 そのアクセスなどを調べる。
4回目:2月15日(土)の予定
   未体験への挑戦→それぞれ行きたい場所へ
5回目:2月22日(土)の予定
   まとめとパーティ

 1回目の講座では、え〜ぜっとの井上さん(ピアカンネームは、「もちろん、ハゲ山まさはる」さんです。)に来ていただき、電動の車椅子でひとりで外出することについての講演をしていただきました。1時間ほどの講演でしたが、すごくパワフルで、とても楽しいお話でした。
 井上さんは、外出する時はだいたい介助者をつけないで、周りの人に介助を頼むんだとのことでした。例えば、買い物や食事介助を店員さんに頼むとおっしゃっていました。特に、印象的だったのが、飲食店で店員さんが仕事をしながら、井上さんの横を通り過ぎる時に食べ物を口に運んでくれるということです。
 ちなみに、井上さんがこのような食事の介助をしてくれると教えてくださった店は、岡町の「バーミヤン」と、三国の「ガスト」です。梅田の阪急百貨店のレストランなどでも店員が食事の介助をしてくれるそうですが、つきっきりでやってくれるそうで、仕事があるはずなのに何か悪いなという気がしてしんどいとおっしゃっていました。
 また、梅田などの人ごみを電動の車椅子で人にぶつからずに歩く時のコツを教えていただきました。それにはふたつあって、そのひとつは、「すんまへん攻撃」です。これは、「すんまへ〜ん。すんまへ〜ん。」と叫びながら歩くというものです。
 もうひとつは、自分が行きたい方に歩いているカップルを見つけて、その後ろをつけるというものです。決してストーカーではありません。井上さんがおっしゃるには、カップルがいちゃつきながら歩くスピードというのはちょうど井上さんの電動車椅子のスピードと同じぐらいだそうです。カップルの後をピッタリとつけることで、それが盾となり、安全に歩けるということです。
 まだまだいろいろと貴重なお話をしていただきましたが、このように、受講生のみんなはもちろん、スタッフも有意義な時間を過ごすことができました。井上さん、どうもありがとうございました。
 2回目は、JR伊丹駅近くにある、「ダイヤモンドシティ」というところにみんなで買い物に行きました。この「ダイヤモンドシティ」というのは、いろんなお店がたくさん集まっているようなところです。飲食店や映画館、服や靴など何でもありました。女性向けのお店が多いような印象は受けましたが。
 この2回目の講座では、「JRに乗ってみよう。」ということもテーマのひとつにしていましたが、意外とスムーズに移動ができました。当日はスタッフも含めて車椅子使用者が6名いたのですが、JR大阪駅で対応する駅員が来るまで20〜30分も待たされるということもなく、というか、待ち時間はありませんでした。よかったです。対応してくれた駅員さん、ありがとうございました。
 現地では、それぞれ思い思いに買い物を楽しむことができたのではないかと思います。お母さんの誕生日プレゼントを選んでいた人、今まで食べたことがないものに挑戦した人、買い物よりおしゃべりを楽しんだ人もいたようです。スタッフのトドさんもほしかった靴が買えて満足されていました。
 帰りは阪急の伊丹駅までみんなで歩き、解散しました。やはり、阪急の伊丹駅はバリアフリーが進んでいて、他の駅に比べると、利用しやすいなと思いました。
 3回目は、いよいよ自分がしたいこと、行きたい場所を考えました。3人の受講生のみんなは、悩みながらもそれぞれ行き先を決めてくれたようです。次回はいよいよ実行に移します。みんな、思う存分楽しんでくれることを願っています。

(文責:全)

ダイヤモンドシティテラスでの一コマ

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7. 学生無年金障害者の活動から・・・Part2

  活動を活発にするには当事者のパワーが必要

大友章三

 CIL豊中広報誌VOL.3で掲載しました、「学生無年金障害者の活動から」を引き続き、掲載することになりました。今回は、学生無年金障害者の会大阪地域訴訟団の弁護団において、事務局長をされている。谷村慎介弁護士にお話を伺いました。
 谷村弁護士がこの運動に関わりだしたのは、1998年1月に今訴訟で原告になっている方が、一斉に裁判請求(年金の多給申請)をしたころだそうです。
 今回お伺いしたのは、2002年12月6日に大阪地方裁判所で行われた。公判の骨子と要点についてでした。
 今回の公判では、論点が2つあり、1つは、年金の申請手続きにいくと窓口で「あなたは被保険者の資格はないんです。ですからだめです」という不支給の決定がされたわけです。でも「いやいや資格がないというふうに言われていますが、私たち任意加入ということもしらんかったし、『もし任意加入せずに20歳越えて学生でけがをし障害者になっても障害年金を一生もらえなくて、さらに老齢年金もらうためには、保険料も払い続けなければなりませんよ』というふうに教えてもらっていれば加入したのにそういうことを教えてもらえなかったから入らなかったんだ、だから、同じ障害者で19歳の学生であれば無条件で20歳になったら年金がもらえるのに、21歳の学生だったらもらえないというのは均衡を失するので、ぜひ年金を支給してほしい」という訴えがありました。だが裁判を行うまでに調査をする審査請求で「だめだ!」と言われました。再度挑戦しても棄却されやっとの事で2001年に裁判が始まりました。
 もう一つの論点はきっちりした説明がないままに放置され、必要なときに申請をしようとしても一方的に断られ、その時に受けた著しい不安に対して、年金が受けられるようになるまでに要した年金額と同等の補償を請求するという意味合いでの「国家賠償請求」を行っています。ただ、さかのぼって年金額が支払われた場合は、請求は取り下げることになります。
 ここでのテーマは、障害者でありながら、行政の説明不足(怠慢)によって20歳以前の障害者とそれ以降で学生であった障害者が年金を受けられないまた受けることを言うと断られるということにおいての生じる憲法14条(平等権)違反があるということです。
 ここで憲法14条を紹介します。
 憲法14条:すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
 この裁判をやることにおいて、原告の人達に対する生活実態調査を行いました。それでわかったことは原告一人ひとりの生活が多岐に渡るということです。親と同居していたり、単独で自立生活をしていたり、施設に入所していたり、また、経済的な面では税理士や塾の経営者だったりとか一般就労をしている人もいたり、生活保護をとって、介護料などを捻出した生活を送っている人もいるのです。
 年金の代わりに仕事をして、生活費を作ったりとか、生活保護などによって国家から保護を受けたりして生活している人が多いので、幸か不幸か食べるものがなく餓死する人がいない、もし餓死する人でも出ればこの裁判によって国の違憲性が明白になり、国民に対してもっと、分かり易いものになっていくと思います。
 この裁判の弱点は世論に訴えていくことが弱いので協力者が得られにくい、自分たちの生活の状況(施設に入所しているとか、親によって介護がなされているとか、自立生活をしているが介護者に支払う介護料の捻出に四苦八苦している)などもっと世間に出していき国が考えている不当性を訴えていくべきだとも谷村弁護士はおっしゃっていました。
 多くの場合、年金が支給されなかったら、その代替え措置として生活保護制度を行政はすぐ出してくる。当事者は出されたものに対して、年金のことはあきらめてしまい、生活保護の支給で終わってしまうことがある。生活保護は、あくまでも保護であり言い換えれば国が受給者を管理する構造がある。生活実態の為の訪問や、収入申告書の提出もそれであると考えられることになります。
 年金の受給は市民としての権利であり、これは誰に管理されるものではありません。
 この裁判で弁護士や裁判官がなんぼ頑張っても国が無視すればどうにもなりません。坂口厚労大臣がいくら「試み案」を出しても厚労省の官僚が決めてしまえば大臣は右へならえになってしまいます。原告の人達の生活の状況や混乱性などを出していくことで多くの国民のコンセンサスを得られ、それが世論になり明るい見通しが見えてくると思われます。
 この年金問題については、やっと国会の中で超党派でつくる「無年金障害者問題を考える議員連盟」ができ、会長は自ら脊椎損傷の車いす使用者でありDPI日本会議の代表をしている八代英太さんがやっておられます。市民の中また、国会の中でもやっと無年金障害者の問題が動こうとしています。だから当事
者が多くの協力者を集めて、パワーを持ち活動していくことを一番大切だと考えられます。
 谷村弁護士とお話をしていて、弁護士事務所に行くまではきっちり話が出来るのかどうかまた、弁護士さんだから法律用語をならべられてアップアップするのではないかと心配をしました。でも話していく中で非常に分かり易く説明をしていただきまた、何が重要で何をしなければならないかということを訴えていただきました。この行動はまだまだ長期間にわたると思うし、その中で多くの仲間作りをしていき、世論に訴えていくことが私たちにできるのではないかと思いました。また、私自身が年金が支給されなかったらどうなのかということも頭の隅っこで考えていくことが必要ではないかなと思いました。
 障害基礎年金があると言うことで安心した生活を考えることも必要だと思いました。
 お知らせ2つあります。
 ブックレットができました。『年金がない!?』〜知ってほしい無年金障害者のこと〜
  編集:学生無年金障害者訴訟全国連絡会 定価:1000円+消費税
発行:クリエイツかもがわ
(http://www.creates-k.co.jp)
〒601-8382 京都府京都市南区吉祥院石原上川町21 075-661-5741 Fax075-692-3031

 公判が行われます
  3月14日(金) 10:30〜  
大阪地方裁判所公判後に弁護士さんによる報告集会も裁判所の隣の弁護士会館で行われます。お時間がある方は、是非、傍聴に行きましょう。

【素朴な疑問】

介護を受けている全身麻痺の人や
手引きを受けている視覚障害の人がいて
障害基礎年金がある人がいるのに

栄養チューブからしか食事がとれない寝たきりの人や
介護を受けないと身の回りのことが出来ない人がいて
障害基礎年金のない人がいる。

同じ等級の障害者手帳を持った人たちなのに
どうして!?

障害基礎年金って
みんな貰えるんじゃないの〜!?

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8. ボランティアトレーニング体験学習 報告

事務局

 みなさんはボランティアトレーニングというのをご存じでしょうか?
 これは豊中市の市民活動課が毎年行っているもので、市内の各市民グループが、自分以外グループの活動を体験するというものです。日頃交流がありそうでなかなかない、他のグループの活動(仕事)を体験することで、交流をもたらし、お互いの視野を広めるというのが目的です。
CILとよなかには、市民活動課から1名、そして国際交流協会から1名の、計2名が参加されました。
 さて、今回体験していただいた活動は、まずバリアフリーチェックです。事務所から庄内駅までをチェックし、体験者(トレーニング参加者)自身が自分でバリアだと思った箇所を写真に撮ってもらいました。更にいったん事務所に帰った後、昼食を買いに再び庄内駅まで行き、その際は車いすを用意して、2人の参加者にそれぞれ利用者役と介助者役を体験してもらいました。さきほど自分でバリアだと話していた箇所を、実際に車いすで通ったらどんな感じであるかを味わってもらったのです。事務所の中では、点字名刺製作(機械と手打ちの両方)を体験していただいた他、電動式リフトを使っての車いすからベッドへの移動、更に見学だけで終わってしまいましたが、広報誌の編集作業も少し見ていただきました。
 参加者からは、「車いすは、乗っている時も押している時ももっと楽なものだとばかり思っていた。こんなに大変だとは思わなかった。こういう機会でなければ日頃は体験できるものではない。すごく勉強になりました」との感想をいただきました。いろいろ学んでいただけて嬉しかったです。

(文責:根箭)

狭くて急で、駐車中の車にも遮られている歩道 自転車1台がスレスレでやっと通れる歩道 人が一人歩くだけで精一杯という、超狭い歩道
急過ぎる斜面 こちらもひどく急過ぎる斜面 車いすの人が渡るスペースがない踏切

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9. えりとママの珍道中記

えりママ

 地球の温暖化が問題になってきている近年ですが、今年は、暖冬どころか、寒いですね。それとも、私たちが暖かい冬になれてしまったのか、テレビの天気予報が、「あすは、寒い一日になりそうです」というと、その翌日はほんとうに寒さ、冷たさがしんしんと身にこたえてきます。
 さて、えりは、今日も楽しい笑いをいっぱーい振りまいてくれております。少なくてもママにとっては安らぎのある暖かな春の陽ざしにも似た宝物です。
 でも、去年のCILのクリスマスパーティーに参加したとき、ママがえりのなまえを呼ぶのを聞いた見ず知らずの読者の方に、「あー、あのえりちゃん?」みたいなことを言われ、なんで、わたしのこと知っているの? とか思ったらしく、それから、ことあるごとにママがよろこんでいると、「もう、ママったら、また珍道中にこれかくんやろ」とか、にらまれる始末。と、いうことで、このページを埋めるのが、とってもむずかしくなりました。
 ママ自身もすごく反省しています。でも、書いていることは、えりのことにちがいないけれども、障害者のママが、初めての体験に戸惑い、泣き笑いながら、楽しく子育て、ついでに自分育てもさせられている様子を読んでほしいと思って書いてきたつもりです。
 今回は悩みまくりました。えりにも相談しましたら、

「こんどは、えりがおかえしにママのことかくわ、今から、言うからかいてな」

ママはかいぶつ のまき

「ママはかいぶつです。口に入れるの(マウスピース)をかんで、かみすぎて、折ってしまいました。かいぶつみたいな強いはです。で、はいしゃさんにいこうとして、その日が、えりのさんかんびのことをわすれていて、やくそくしてしまい、あとで気がつき、あわてるママ。そして、さんかんが五じかん目で、ふたつとも行けることになって、よかったねー、チャンチャン。」

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10. 一視覚障害者から見た日本社会

和田伸也

 皆さん、こんにちは。毎回このコーナーにお付き合いいただき、ありがとうございます。今回で今年度最後の投稿となりました。前回までに物理的なバリアの問題や制度的な問題について書きました。今回もまた、視覚障害者がこの社会で生活していく時にぶつかる問題について、僕の思いを書きたいと思います。今回取り上げたいことは、「心のバリア」の問題です。
 最近では、「バリアフリー」などという言葉がよく知られるようになって、障害者をあからさまに差別・排除するということは減ってきています。しかし、障害者に対する偏見、「心のバリア」がなくなったのかというと、そんなことは決してないと思います。未だこの社会に根強く残っています。以前にも書きましたように、いろんな場面で障害者に対する無理解があります。僕が思うに、最もよく分かる形で現れるのは、恋愛・結婚に関するものではないかということです。僕は、まだ結婚はしておりません。ですが、少ないながらも僕も今までに恋愛をした経験はありますので、ここでは、恋愛の問題について書きたいと思います(結婚の問題とも共通する面はあるとは思います)。

 学生時代に付き合ったある女性との交際のケースを紹介したいと思います。彼女は晴眼者(目の見える人)でした。彼女とは、2年以上の付き合いがあり、二人の交際は本当に順調でしたが、あることが原因でわかれました。何故、わかれてしまったのかというと、その彼女の両親によって、僕の障害を理由に二人の交際を強く反対され、引き離されたからです。
 以下に、僕がその彼女の母親から直接言われたことを4点に絞ってお伝えしたいと思います。


@見えない人に何ができるのか。何もできないだろう。
 
 
→ 僕は、大学に通っていた時、大学の近くで一人暮らしをしていたのですが、それは信じてもらえず、家族が下宿に来て世話をしているのだろうと思い込んでいるようでした。また、「街中などでデートをしている時に、ナイフなど凶器を持って襲ってくる人がいたら、娘を守れるのか?」、「デートしているところを友人など、知り合いに目撃されたらどうするのか?」などと言われました。
 
A「見えない」という部分以外に、性格的なことなど、見る必要はない。
 
 
→ 「見えない」という部分が生活全般に悪影響を及ぼすのであり、それを部分的な特性だと見ることはとうていできないと主張していました。
 
B見えない人はダメというのは障害者に対する偏見かもしれないが、娘の幸せを願う親の気持ちとしては偏見を持っていて当然のこと。何が悪いのか。
 
 → 「見えない人」と一緒にいて、幸せなはずがない。苦労があるばかりで、そのようなことに娘を巻き込ませたくないと主張していました。
 
C娘の恋愛の対象としては、当然、目の見える人がいいに決まっている。
 
 → 結婚まで視野に入れて考えた時、「見えない人」は絶対ダメ。娘には、「普通の恋愛・結婚」、「同じレベルの人との恋愛・結婚」をしてほしいと主張していました。

 まだまだ言われたことはたくさんありますが、だいたいこの4点に集約できるのではないかと思います。その後、彼女とはわかれたわけですが、「お互い思いがあれば、乗り越えることのできない問題はない。」ということもあるのかもしれません。しかし、その彼女は、僕の味方をしてくれると言いながら、いろいろやり取りをした結果、「見える人」との恋愛を選びました。結局は、彼女は上のような偏見と向き合うのが重荷で、直視できなかったのかもしれません。僕と一緒にいて、偏見と向き合うという選択をしなかったわけです。また、僕もその選択を尊重しました。
 この経験で僕は、当初は腹が立つし、プライドは傷つけられるし、大切な人もどこかへ行ってしまうしで絶望的な心理状態でした。立ち直るまでに時間はかかりました。しかし、こうした経験によって、自分の「障害」のことを改めていろいろと考えるようになりましたし、自分自身精神的に強くなれました。そういう意味では、いい経験になった、自分にプラスになったなと感じています。今となっては懐かしい思い出です。
 また、この経験によって、障害を持っている者と持っていない者との差を強く感じました。それは、彼女は僕との交際を終わらせるという手段で、もう障害者の問題や偏見と向き合って生活するということをしなくてよくなるということです。今後、彼女は「無関心」でいたとしても、何不自由なく生活ができるわけです。しかし、僕はそういうわけにはいきません。障害を持っている人は皆そうだと思いますが、やはり、自分の障害や社会の偏見の問題と常に向き合っていかなければなりません。今、僕は、「心のバリアフリーを推進すること」を人生の永遠のテーマとしていきたいと強く決意しています。この決意を強く持てたのは、彼女やその親のおかげです。彼らの「マイナスでしかない障害者のイメージ」が、今の僕の活動の原動力となっています。だから、彼らに対しては、今では怒りや悲しみという気持ちはなく、感謝でいっぱいです。
 人生において、恋愛や結婚は絶対しなければならないものではないですが、今後また、そういう機会があればいいなあと最近では何となく考えるようになりました。

 この社会では恋愛や結婚となると、上で見てきたように、障害はマイナスなものとしか捉えられないようですが、僕は、「障害」はマイナスなことばかりではないと思います。「障害」は、使われている漢字の意味自体はマイナスな言葉ですが(日本語には今のところ「障害」に代わる言葉がないので、ここではこの言葉を使っています)、むしろ、「障害」は、「魅力的なもの」だと思います。
 その理由を以下に3点示したいと思います。


@「障害」は、障害を持っている本人を大きく成長させてくれるもの。
 
 → 僕自身、中途失明していなければ、「障害」に関心を持つことはなかったかもしれませんし、今、実際様々な壁にぶつかり、いろいろと考え、その壁が大きければ大きいほど、人間として成長していけると確信しています。今の自分が在るのは、この「障害」のおかげです。

A「障害」は、周囲の障害を持たない人が「人間の尊厳」について、思いをめぐらすきっかけとなる可能性があるもの。
 
 → 中には、無関心のままの人もいるかもしれませんが、誰もが障害を持つ可能性はあるわけでありますから、「障害」と実際に接することによって、「障害」のことを自分のこととして、考えやすいと思います。そうして考えることによって、その後の人生に何らかの影響を「障害」は与えてくれると思います。

B「障害」は、この社会に「共存」の視点を芽生えさせてくれるもの。
 
 → 「障害」を通じて、「いろんな人がいて当たり前なんだ。」ということに気付き、周囲と同じでないと何か居心地の悪さを感じるという「島国根性」を打ち破ることができると思います。「障害」には、「日本人の常識」を根底からひっくり返す素晴らしい機能があると思います。

 上のような理由から、僕は、障害は「魅力的なもの」だと自信を持って言えます。この「魅力的なもの」を持った障害者を排除してしまうのは、社会にとって非常によくないことだと思います。社会は損をするのではないかと思います。このように考えると、いろんな違いを認め合って、障害者や他の被差別者も含めて、すべての人が共存していく視点がこの社会に芽生えてくるのではないでしょうか。
 
 僕は、中・高校生時代はラグビーのプレイヤーでした。僕の好きなラグビーの精神に、「One for All.  All for One.(ひとりはみんなのために みんなはひとりのために)」というものがあります。この社会に、障害のあるなしに関わらずすべての人にこの精神が浸透すれば、僕はすごくうれしいです。それは、すべての人がどんな生活の場面でも人権侵害を受けることなく、住みやすい社会になると思うからです。

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11. CILとよなか?劇場

   厚生労働省交渉編

亜韓賀捺

第1話 2003年1月16日 交渉二日目
第一幕 厚生労働省内のトイレ付近。
エレベーターから降りて左に曲がり、廊下に出たキョンシーは目を丸くした。
1ヶ所しかない車いすトイレの前から長い行列ができていたのだ。手押しの車いすに乗った人、電動車いすに乗った人、介護者を連れてきた人・・・・・。
「わー。いっぱいやん・・・・・。どうしよ・・・。困ったな。私、なんとかつかまり立ちできるし、がんばって一般の洋式トイレいこ。」
第二幕 小回りのきくクイッキー(アメリカ製の電動車いす。スピードの速いことで有名)を軽快にあやつり、一般のトイレに入りかけたそのとき、「待ってください。」と後ろから男の声がした。
第三幕 それは厚生労働省の若い職員だった。キョンシーの前に回りこみ、通せんぼをするかのように立ちふさがった。「ここは一般の方のトイレです。車いす利用者は、専門のトイレに行ってください。」
第四幕 「なにが、『専門』やねんっ。あんたらのいうこと、いちいち聞いてたら、体壊すわ。」キョンシーは怒りで声もでなかった。職員を振りきり洋式トイレに入った。
    「ま、まってください・・・。」職員のおろおろとした声が聞こえた。
     次の日、交渉にきた障害者が厚生労働省内のトイレを使うことが全面的に禁止された。

第2話 2003年1月24日 部長会議
第一幕 部長会議の当日、厚生労働省の裏門でいっせいにビラまきが行われた。警備が厳しく、門の中には入れない。警備員が無愛想な顔で突っ立っている。門の中には厚生労働省の職員がいっそう無表情な顔で障害者達をながめている。
第二幕 風が強く寒い日だった。1枚のビラが強風にあおられて門の中に入ってしまった。
第三幕 そのビラは若い職員の胸に貼りつくようにして止まった。
第四幕 職員はビラを手に取り、文面を読んでいる様子だった。彼はどんなことを考えたのだろうか。

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12. ぼくの日曜日

海帰優人

ファミリーレストランと大衆食堂

 どぎついことをした。
 国道176号線沿いのファミリーレストランでの出来事だった。いつものように申し訳なさそうな顔をして電動車いすの僕はウェイトレスに食事の介助を頼んだ。
 「一人で食べることができないので、介助をお願いしたいんですが。」僕の大好きな、立派な太ももをした彼女は少し困った顔をして「いま二人しかいないので申し訳ないですがお断りさせていただきたいんですが。」と答えた。はっきりした口調だった。そのとき僕には時間の余裕があった。寒い夕方だったので、客もまばらだった。もう少し粘ってみることにした。
 「ずっとつきっきりにならなくてもいいですよ。」「他のお客さんの対応を優先させてもらっていいんです。」僕があきらめないのでいよいよ彼女は困惑顔になった。「ごめんなさい。そんなこと言われても・・・・・。」小さな声になった。
 僕がねばっていたファミレスの100m程先にまたファミレスがあって、そこはウェイターやウェイトレスが一人しかいないときでも気持ちよく、他の動きをしながら食べさせてくれる。
 僕は切り札を出した。「○×○は店の人が一人のときでも食べさせてくれるんやけど。」彼女は「そんなことを言われても」を繰り返した。
 「分かりました。ほんなら食べさせてくれる○×○へ行きます。いまから○×○に行って食べてきます。」90°方向転換して怒った背中を演じながらきっぱりとした口調で繰り返した。
 「分かりました。こちらの席へどうぞ」と観念した彼女はふっきれたように涼しい声をしていた。
 予想どおり、何事もなく食事も済み、お愛想をするところまで進んだ。「大変なこと無かったやろ?」僕がそう聞くと、「はい」嬉しそうな声が返ってきた。
 
 CILの側の線路沿いの細い道を少し行くと、「天一」という大衆食堂がある。こんな所で店が続くのかなあと心配するがいつも結構流行っている。50代のおかみさんと20代前半のよく働く女の子が切り盛りしている。どのメニューも安くて美味しいし、主品の脇のタクワンや野沢菜やなすの浅漬けまで手作りで、心がこもっている。個人の店ではあっても一人で入りたいのだけれど、入口には50cm位の段差があって、力持ちが2人いなければ手に負えない。今度役にたたなくなった簡易スロープを持っていこう。そして食べさせてもらえるか聞いてみよう。もしOKがとれたら簡易スロープはそこへ置いていこう。
 忙しくなればなるほど、僕はどこかで楽しみたい。

てんいち

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13. 遠くなくても行きたい

西九条舞

その22 泉ヶ丘ラーメン劇場

 寒いとあまり外に出たくない人は多いと思いますが、そういうときにはあったかい物を食べるために外に出かけるのはどうでしょうか?そこで今回は昨年の秋に泉北ニュータウンにできた泉ヶ丘ラーメン劇場を取り上げたいと思います。前回採り上げた千里中華街と2回連続で飲食関係のスポットということになりますが、ご勘弁ください。(次回は飲食関係のスポットではないということを予告しておきます)
 泉ヶ丘がどこにあるのがぴんと来ないと思いますので、場所を説明しておきます。
 泉ヶ丘は堺市の泉北ニュータウンの中心にあり、駅付近には今回紹介するラーメン劇場が入っているジョイパーク泉ヶ丘以外にもショッピングセンターがあり、他にビッグバンやビッグアイなどの施設があり、また、駅からバスに乗る必要がありますがハーベストの丘もあるので、豊中に住んでいてもこれからこれらの施設に行く人が多いのではないかと思います。

 その泉ヶ丘の玄関は泉北高速鉄道の泉ヶ丘駅ですが、豊中から行く場合、次の2通りが考えられます。

A 難波のりかえルート

 難波までは以前に採り上げていますので、省略させていただきます。難波から南海電車に乗るのですが、難波からだと和泉中央行き準急に乗ります。これに乗れば、泉ヶ丘まで乗り換えなしで行けます。
 泉ヶ丘では6両編成なら前から2両目、8両編成なら前から3両目にエレベーターがあります。
 こちらのメリットは後述する中百舌鳥乗り換えより難波の方が知っているだけに迷わない点でしょう。

B 中百舌鳥のりかえルート

 中百舌鳥で乗り換えるメリットは運賃が安いことと歩く距離が短いことが挙げられます。御堂筋線で終点のなかもずまで行きます。このときに、前から2両目と3両目の間に乗るのが便利でしょう。
 御堂筋線の改札口を出ると左に曲がり、突き当りの右側にエレベーターがあります。エレベーターで地上に上がります。
 エレベーターを降りて左に曲がると、南海・泉北高速鉄道の中百舌鳥駅が見えますが、この駅のエレベーターは御堂筋線から見ると一番奥にあり、バスのロータリー、タクシーのりばを越えたところにあります。
 エレベーターで2階に上がり、右に曲がると両側に改札があります。左側(定期券売り場のないほう)の改札を通ってください。

 改札に入ると1・2番線のホーム行のエレベーターでホーム階に下ります。エレベーターが到着したあたりが、6両編成の電車の先頭車両になりますので、20メートル難波よりの位置にいましょう。
 和泉中央行きの電車(準急でも各停でも同じ)に乗ってください。泉ヶ丘は2つ目の駅です。
 また、どちらのルートを使っても、モノレール沿線の人は千里中央で北急に乗ることをお勧めします。
 泉ヶ丘駅の改札を通って右に曲がるとバスターミナルがありますので、そこを左に曲がるとUFJ銀行があり、その手前に噴水があります。噴水の近くにエレベーターがありますので、2階に上がり左に曲がります。そのまま進み、ショップタウン泉ヶ丘南専門店街に入りますがそのまま突き抜けます。スロープを上がり、ブリッジを渡るとジョイパーク泉ヶ丘です。

 建物の中に入ります。
 今のルートで来ると入ったところは3階になります。ラーメン劇場は1階なので、エレベーターで1階に下ります。1階に下りると目の前がラーメン劇場です。
 ラーメン劇場はその名の通り、ラーメン屋を芝居小屋の入口のように見せ、全国(と言っても全部で7店しかないが)から有名なラーメン屋が共演すると言った展開である。

 外観はどの店もよく似ているのですが、中はカウンター中心からテーブル席中心の店まで様々ですが、テーブル席で食べる分に関してはどの店も段差なく入れます。
 あとそのお店の本店に行ってないので、憶測でしか言えないですが、食べ比べする人のために、何店かは本店ではないであろう、ハーフサイズのラーメンもここでは売っています。
 ただ外を見るだけではもったいないので2店のラーメン屋に入りました。どこのラーメン屋とは言えませんが、どちらも美味しかったです。
 車いすトイレはラーメン劇場の中にはなく、同じフロアの別の場所にあります。
 また、ここまで来る道中にも多くの車いすトイレがありますので、泉ヶ丘は遠いと思う人でもトイレだけは困らないと思います。
 なお、ラーメン劇場の営業時間は11時から22時までです。
 さて、全店制覇目指そうかな?

写真1 南海・泉北高速鉄道中百舌鳥駅東改札
反対側の改札からホームに行くエレベーターはありません。
写真2 ジョイパーク泉ヶ丘の外観。
1階はラーメン劇場、2階は八千代ムセン、
3階はトイザらスが主なテナントです。
ラーメン劇場の入口。
エレベーターから直接入るとまずここは見ない。
トイレから帰るときに見ることになる。

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14. ふるえるほど寒かったけどみんなは熱かった

  厚労省ホームヘルパー上限撤廃行動から

大友章三

 2003年になった早々にインターネットやメールで信じられない情報が飛び込んで来ました。「厚生労働省(厚労省)はホームヘルプ事業の上限を設定し、全身性障害者120時間、知的障害者50時間〜30時間の予算設定を考えている」ということでした。これを見た瞬間、厚労省はだました、障害者に対して、嘘をつこうとしているという声が全国各地で叫び声のように立ち上がったのです。2002年暮れまでは厚労省との話し合いの中で「ヘルパー事業に対する上限を設けない、ヘルパー資格問題で従来介護活動している人(団体に所属している人など)は引き続きヘルパーとして活動が出来るなど」良い話し合いが続けられてきました。なのに180度転換の考え方が示されたのはゆるされないことだし、厚労省が上限を設定すれば絶対に市町村も右へならえになってしまい、支援費制度の考え方である「地域自立や自己決定」から逸脱するもの、20年位前の全身性障害者は施設へ行けという風潮に戻ってしまうこともあり得る。これをゆるしていては私たちがやってる自立生活運動が危機に至ってしまう。今、障害者自身がなんとかするべきだ、厚労省に行って障害者の実体を知らせるべきということから、1月14日から厚労省に対する行動が始まりました。
 
 1月14日の第1回目の交渉には全国から500名を越える人が集まりました。厚労省の見解は「市町村への補助金の交付基準において利用時間を決める、支給量には影響しない」また「補助金交付の方法が変わることでサービスが下がっても、サービスを保障するのは自治体の責任であって、国には責任がない」と言うような責任回避の発言があり、集まった人達から抗議の声があがり一部の人は大臣室へ上がり抗議をしていました。この発言や行動が全国に流れ1月16日の交渉には私たちの関係しているDPI日本会議の他に全国手をつなぐ育成会、日本身体障害者団体連合会(日身連)、日本障害者協議会(JD)と日本における主要な障害者団体が一同に会し、この問題に対して厚労省や関係する国会議員、地方議員そして都道府県市町村に対して、訴えていこうと立ち上がりました。これはこれまでなかったことでこれだけヘルパー制度に対する思いが大きく、障害者の生活において大変重要なことがあきらかとなりました。 この日に集まった人々は、1200人にのぼり、厚労省を取り囲み、それでも入らない人達は向かいにある日比谷公園にまで及びました。このことはテレビのニュースで放映され障害者の底力が見られました。
 
 これ以降厚労省前では、ビラまきや抗議行動が夜遅くまで繰り返されました。そこに集まった人の数は200人を超え、零度を下回る寒さや雪、高層ビルの下の強風で寒さが体に刺さるように感じました。そのような中、厚労省は混乱を避けるという意味から玄関や裏玄関をロックアウトし、警備員や職員でバリケードを作り中にある障害者用トイレすら使わせない暴挙に出たのです。これは人権侵害であり、公の機関がやることではない、このことも新聞やテレビなどで全国に放映されました。私たちは坂口厚労大臣との会見を申し込みましたが大臣は「事務方に任してあり、わたしが出るものではない」と逃げていたのです。
 そのような中、都道府県からは知事名などで抗議文が寄せられたり、市町村からも要望書を厚労省に対して、出されました。また各政党からも抗議文などが出され、新聞も社説などで取り上げられました。究極的なものは朝日新聞の2面全ページを使って、今度の問題が報じられ、厚労省の間違いや当事者団体の正当性が報じられました。
 
 1月27日厚労省が行う支援費制度都道府県関係主幹会議を前にして、私たちに対して、ヘルパー上限を撤廃し、予算+1割分の補充予算を設けることを打ち出した。また支援費事業に関わる調整会議には当事者やそれに関係する学識経験者を入れ、早急に行うことを公式の場面で言った。このことが出なければ1月28日は厚労省に障害者などが2000人体制で抗議をし、相当な騒ぎになることが予想されました。それでも報告集会が日比谷公園で行われそれには700人程度が集まりました。私たちはルールを守り、理路整然と行動を行っていたのですが厚労省のやり方には不信感が募り、任しておいていいのかなという思いがあります。
 上限撤廃とは言っても、今度は市町村に対して、障害者の生活実態やヘルパー制度の必要性をより一層、訴えていくことが大切です。
 
 厚労省が行った今回の「だまし討ち」はこれからまた起こる可能性があります。私たちはそういったことを見過ごさない視点を持つことが大切です。
 お金がないとか人がいないとかは言い訳にはなりません。だって、自衛隊の艦に何百億円という無駄遣いをし本当に必要なところには回さないという考え方がはびこっています。それを断じてゆるさない、私たちがイデオロギーを越え結集したらこれだけの力になるということをいつでも見せられるように準備をしていく必要があると考えられます。
 寒さと強風とで吹き飛ばされそうになりましたがみんなが持ってる強さと熱さがヒシヒシと感じる2週間でした。

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15. 大阪府障害者(児)ホームヘルパー養成研修(2級課程)終了

事務局  

 昨年の8月31日に開講した、大阪障害者自立生活協会が主催した「大阪府障害者(児)ホームヘルパー養成研修(2級課程)」が、2月22日に無事修了式を迎えました。CIL豊中が協力団体として行った豊中会場では、35名の方が、修了生となりました。
 今回の講座は全体講義(協力団体が一同に集まり行う講義)と地域講義(各協力団体が地域で行う講義)が分かれるいう、今まで行ってきたスタイルと少し違った方法で行われましたが、大きな混乱もなく、スムーズに流れていきました。
 受講生の皆さんは、大人数ではあるものの、とてもよい雰囲気を作り出しており、他の団体では行われなかった(たぶん・・・)忘年会まで企画、実行するというまで、仲良くなられていました。
 修了生がこれから活躍してくれたらいいなぁと思いながら、私たちスタッフも身の引き締まる思いで、修了式を見ていました。修了生の皆さん、お疲れ様でした。
 最後になりましたが、講座運営にかかわってくださった皆さん、大阪障害者自立生活協会の講座担当の方、実習にご協力いただいた施設担当の方、そして、同行訪問にお付き合いいただいた利用者の皆さん、本当にありがとうございました。
 最後に、みんな一生懸命だった実習風景を、画像で振り返ってみましょう。

(文責:馬渕)

入浴介助 ベッドメイク ポータブルトイレから
ベッドへ移動
視覚障害者手引き フィールドワーク(トイレ介助) フィールドワーク(車いすで移動)


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16. 「元気でっせ作業所」全国集会に参加

事務局 

 2月8日土曜、全国の作業所の職員が一同に交いした『「元気でっせ作業所」全国障害者市民作業所研修集会』が、曽根の市民会館にて行われました。来たる4月1日から始まる支援費制度で、作業所に通所する障害者の生活はどう変わるのか、みんなで腹を割って(?)話し合おうじゃないか!という企画でした。しかし実際は直接支援費にかかわる話というよりは、個々の作業所の持つ、ユニークな活動や運営上の悩みが多く語られたという印象でした。そして、これから各作業所が元気に活躍していくために、ぜひとも支援費の十分な支給が必要という結論に達したという印象です。
 さて、この集会は2部に分かれて行われました。第一部では、大阪障害者ケアマネージメント協会副理事長の西岡務さんより記念講演が行われました。内容は、まず措置制度と支援費制度の違いを、改めて分かりやすく説明され、その後は行政としての立場から、財政的な現実など、支援費の支給にむけての難しい現実を、コミカルに、しかし自身が障害者であるという立場からも、実感を込めてお話されていました。参加者も、時に笑いながらも熱心に聞き入っていました。
 第二部では、「そよ風のように街に出よう」編集長
の河野秀忠さんがコーディネーターとなって、全体シンポジウムが行われました。パネラーとして参加された各団体の方々が、それぞれ自分達の活動内容や、今後の活動資金や人材の確保をめぐっての、支援費制度に寄せる思いを語ったりしました。

(文責:根箭)

西岡務氏の講演 パネルディスカッション

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17. CIL豊中近況

事務局

このコーナーは、当センタ−ホームページの「CIL豊中近況」というところから抜粋しました。事務局のようすが少しでも分かっていただけたら嬉しく思います。

≪12月≫
2002/12/6 今年最後の事務局会議
 今年最後の事務局会議が行われました。
 年末年始の調整や、みんながとても楽しみにしている(爆)大掃除の日程が決められました。
 協議事項ではやはり、クリスマスパーティーについての話し合いが中心でしたね。初めて具体案を見ましたが、今までよりひと味違っていて期待が持てそうです。

2002/12/14 ホームヘルパー2級フィールドワーク 
2回目のフィールドワークが行われました。電車を使ったり障害者トイレの位置を確認したり、外食を体験したりしました。この体験で、車いすの方が
外出する時の不便さやしんどさなど、色々な発見をしていただけました。

2002/12/27 事務局忘年会
本日18;00より、今年一年の労をみんなでねぎらうべく、事務局員の忘年会が行われました。おいしいキムチ鍋で大満足(笑)。その後には各職員のがんばりを讃える表彰(!?)式も行われ、更にゲームまでも企画してくれていました。幹事の方、お疲れさまでした。

2002/12/28 大掃除&仕事納め 今年一年有難うございました!
今日大掃除をして仕事納めとなりました。
  4月にNPO法人CIL豊中として再スタートを切り、責任も大きくなりまし たが、一生懸命取り組んできました。応援して下さったみなさん、有難うご ざいました。それではみなさん、よいお年を!!
 
≪1月≫
2003/1/5 今年もよろしくお願い致します。
みなさん、新年おめでとうございます。今年もCIL豊中をよろしくお願い します 。昨日が仕事始めで今日が2日目。まだ世間では正月ムードのとこ ろも多く、そんなに忙しくはありません。ただ、求人関係の問い合わせは
 結構きていました。明日はいよいよ新年最初の平日ということで、忙しく
 なると思います。

2003/1/17 フレッシュ!職員顔ぶれ
今月になって、2人の新しい職員がデビューしております。今日はお互い
自己紹介をしました。さすがに一瞬緊張しましたね〜。

2003/1/20 同行訪問
現在、ヘルパー2級講座の『同行訪問』が行われています。受講生が障害 者の家庭や職場を訪ね、そこで障害者がどのように介護を受けているかを見学するものなのですが、当センターにも何人かの受講生が訪れていました。

2003/1/24 今年最初の事務局会議
  少々予定していた時期より遅れてしまいましたが、今日、本年最初の事務 局会議が行われました。4月からの新制度に向けての動きの情報が中心とな る一方、厚生労働省に対する抗議行動に関する報告や協議にも相当時間を費 やしました。

2003/1/27 研修真っ盛り&祝:障害者団体勝利
今月になって新しく入った職員の研修が今、精力的に行われています。
 早く忙しい業務に耐えられる人材になってもらうべく、先輩職員も指導に熱 入ります。
  さて、本日朗報が届きました。あの厚生労働省のホームヘルパー上限案、
 障害者団体側が勝利したのです。これで上限は撤廃され、一安心です。
  抗議運動に行かれたみなさん、本当にお疲れさまでした。

≪2月≫
2003/2/2 人材確保・育成に
来たる来年度からの支援費制度移行へ向けて、指定事業者である当センタ ーは、人材の確保・育成を鋭意行っております。こういう時は日曜日でも電 が多く、今日も求人誌を見ての問い合わせが何件か続きました。

2003/2/12 ダブル”問い合わせラッシュ”
16日(日)に市民講座が開かれますが、それに参加したいという問い  合わせ(申し込みですね)の電話と、2日の書き込みにも書いた求人の問  い合わせが集中し、事務所は一日ダブル電話ラッシュでした。

2003/2/14 事務局会議
今月の事務局会議が行われました。2日後に控えた市民講座の役割分担
  や、当ホームページの掲示版に寄せられる質問への対応のしかたなどにつ  いて議論されました。

2003/2/17 編集追い込みの時期がやってきた
広報誌の発送を11日後に控え、また”恒例の(笑)追い込みの時期  やってきました。今が広報畑が一番エンジンをうならせる時です。ガガガ
 ガ、ギュイーン、プスン、プスン、プスン・・・(←おいおい、だいじょうぶか?)

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18. サービスのご案内

事務局

豊中市障害者生活支援事業(無料)
 障害者やその家族等の相談等支援をします。
●ホームヘルパー、デイサービス、ショートステイなどの利用援助
●社会資源を活用するための支援
●社会生活力を高めるための支援
●ピア・カウンセリング
●専門機関の紹介

ILPルーム(自立生活体験室)
 自立生活をめざしている障害者の方が、実際の生活に近い環境で、自立生活を体験してみる部屋です(介助者の方は無料)。
●宿泊利用・・・・1泊       1,000円
●デイ利用・・・・1回(5時間まで)  500円
*デイ利用の場合、ご利用できる時間帯は9:00〜18:00です。
 なお、基礎的な調味料はこちらで用意しています。

支援費制度居宅介護サービス(4月から)  

介護保険訪問介護サービス  

介助サービス  
 介助が必要な方の自立支援を目的に、地域のささえあいに基づく登録制市民互助活動です(公的福祉制度外のサービス)。
利用対象者・・・原則として豊中市在住の障害者
●一般介助(8時〜22時) 1時間       1,000円
   (その他の時間) 1時間       1,200円
●宿泊介助         1回(12時間以内) 7,000円
 延長分は上記一般介助で計算。
*いずれも介助者の実費交通費(上限800円)を負担していただきます。
●旅行介助        1泊(24時間)  12,000円
 延長分は6時間(3000円)単位で加算。
 交通費及び宿泊費は原則利用者負担です。
キャンセル料・・・ 前日まで無料。当日は半額です。(上限10,000円)
介助者募集中!(初心者大歓迎)

豊中市障害者外出支援サービス
 リフト付自動車を運行し、一般の交通手段を利用するのが困難な障害者の外出を支援します。
●利用対象者は豊中市に在住し、次に該当する人です。
 @下肢・体幹障害1・2級で車いす等を使用している人。
 A四肢障害1級で車いす等を使用している人。
 B腎臓機能障害で透析治療を受けている人。
●利用できる日時
 午前9時から午後5時(火曜日、日曜日、祝日、年末年始12/29〜1/3を除く)。
●利用目的
 社会参加を目的としますので、特に制限はありません。
●利用回数
 月4回まで利用できます。
●利用料・区域
 @豊中市内  片道 500円  往復1,000円
 A特定区域  片道 1,000円  往復2,000円
[特定区域は池田市・吹田市・箕面市・尼崎市・伊丹市・大阪市(淀川区・西淀川区・東淀川区・北区)]
●同乗者について
 必ずしも必要ありません(利用者の必要に応じて同乗をお願いします)。

点字名刺
 もし、あなたが目の不自由な人に名刺を手渡すことになったら、今のあなたの名刺は役に立つでしょうか。視覚障害者の方との出会いもきっと増えるこれからの社会、あなたも点字入り名刺を持ってみませんか。
●既存名刺への点字打ち込みの場合 10枚150円
●片面名刺印刷と点字打ち込みの場合 10枚300円
●両面名刺印刷と点字打ち込みの場合 10枚350円
ロゴ・イラストまたは写真入りの場合は10枚につき50円の加算となります。
送料は一律270円です。

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19. 事業活動報告(2002年4月〜12月)

事務局

1.障害者の自立生活に関する相談及び支援事業
(1)豊中市障害者生活支援事業(受託事業)
  障害者やその家族等の相談支援。
  相談件数 545件
  第1回自立生活プログラム講座開催 テーマ「食生活を考えよう」
   全5回 受講生5名
市民講座「知っていますか?支援費制度」開催 参加者75名
2.障害者及び高齢者の介護等在宅福祉事業
(1)豊中市ホームヘルパー派遣事業(受託事業) 
  重度障害者に対する自薦運用型ホームヘルパー派遣。18,696時間。
(2)介護保険訪問介護
  基準該当による訪問介護。992時間。
(3)介助サービス
  地域の支えあいに基づく介助者派遣(登録制市民互助活動)。7,813時間。
3.障害者の移動支援事業
  豊中市障害者外出支援サービス事業(受託事業)
リフト付自動車を運行し、一般の交通機関を利用するのが困難な障害者を支援。289回
4.障害者の社会参加・交流事業
  障害者の社会参加及び交流を深めるためイベントを企画開催。
  お花見 4月13日、大阪府民牧場、参加者16名(障害者7名)
  クリスマスパーテイ 12月23日、福祉センターひまわり、参加者74名
5.福祉に関する啓発・広報事業
  広報誌の発行、パンフレットの配布
  「CIL豊中通信」1号、2号、3号発行 各約500部。
  各種パンフレットを随時配布。
6.福祉に関する人材育成事業
ホームヘルパー養成研修2級課程 8月より開催中 受講生37名。
7.点字名刺事業
  点字名刺の作成販売 29,917枚。

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20. 川柳、お詫びと訂正

事務局

川柳
  腹みせて 電池切れたか 兜虫(かぶとむし)
  猫の子も テレビ観戦 虎の貌
また来たよ どぶろく下げて 足とられ
 森 忘筌(ぼうせん)(英治)

このコーナーでは、みなさんからの短歌、俳句、詩などを募集しております。詳しくは編集責任者 大友まで。
みなさまどんどんご応募してください。

前号(Vol.3)の訂正とお詫び

特集である、『阪急バス株式会社を取材』の記事の中で、糸川博行さんの肩書きが「経営企画課」となっていますが、「経営企画室」の誤りです。
また、『通所授産施設「みらい」を訪ねて』の記事の中で、『医療事業者』という言葉が出ていますが、『医療事業団』の誤りでした。
大変失礼致しました。お詫びして訂正いたします。

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21. 編集後記

編集責任者 大友章三

 日差しがだんだん柔らかくなり、もうひと山越えると待望の春が来そうです。
 今年は、始まりから慌ただしく、厚生労働省の動きに振り回され、毎週東京と大阪を往復する日々が続きました。多くの方々の協力によって、最悪の状況を防ぐことができました。でも油断をしていれば、二の舞になってしまうことは、明らかです。
 物事を見据えて判断する力を持ちたいものです。
 今回の広報誌も盛りだくさんになっています。
 時間をかけて、じっくり味わって読んでいただきたいと思っています。
 読めば読むほど(噛めば噛むほど)味がでてきます。(するめみたいや)
 この楽しい広報誌に投稿してみませんか?あなたの作品をおまちしております。
 この広報誌に対する。ご意見やご要望でも大歓迎です。
 桜が咲き、うぐいすが囀り、動きやすくなる季節まであとわずか・・・。

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