広報誌『CIL豊中通信』Vol.20


も く じ





印刷版の表紙
1. 『訪問看護ステーションCIL豊中』4月にオープンします!
2. 特集:障害者の権利条約 −国連での正式採択を受けて−
3. ピア・カウンセリング集中講座(通い形式)報告
4. 2006年クリスマスパーティー報告
5. 2006年度 第2回体験講座報告
6. 交通バリアフリー法が改正されました
7. 07年4月から変わります〜自立支援法負担上限の変更〜
8. 「おおいに語ろう!」ピア対談 −第12回−
9. 学生無年金障害者の活動から −Part.14−
事務局
広報誌編集部
事務局
事務局
事務局
広報誌編集部
事務局
広報誌編集部
事務局
みなさんからの、投稿コーナー

10. 短歌
11. 何でやね〜ん!?のコーナー  
12. カジ論!? Part.6  
13. 小説:双眼鏡B  
14. ぼくの日曜日  
15. 哲珍の部屋  
16. どんぐりのひとりごと(3)
岩國久美子
かだのたつや
カジ
あすか
海帰優人
てっちん
どんぐり
17. さろんだより
18. CIL豊中近況/お知らせ
19. サービスのご案内
20. 編集後記
事務局
事務局
事務局
上田哲郎



1. 訪問看護ステーションCIL豊中』4月にオープンします!

事務局

 CIL豊中の利用者の中には医療的ケアが必要な方がおられます。また、高度医療の充実や早期退院の取り組み等で医療的ケアが必要な在宅の最重度障害者の方は増えています。CIL豊中では、最重度障害者の在宅ニーズにより答えるために訪問看護を開始することになりました。ヘルパーステーション等現在のサービスと連携していくことでノーマライゼーション実現の一助になればと考えています。

●訪問看護って・・・

 訪問看護という言葉は、最近では耳慣れしていて知らない人はほとんどいらっしゃらないのではないでしょうか?でも、訪問看護ってどんなことをしてくれるの?私には必要ないわと思っている方も多いのでないかと思います。現にケアマネジャーさんですら、要介護状態の人でも、まだ訪問看護は要らないといってプランに入れてくれない方も多いのが事実ですから・・・(泣)。では、訪問看護が必要な時ってどんな時でしょうか?本来、訪問看護は医師から訪問看護に行きなさいと指示があって初めて実施されるものですが、今の医師は忙しくて家でその人がどんな生活を送っていて、どこに問題があって、訪問看護が必要かどうかまでの判断が出来る医師は、一握りと言ってよいと思います。ですから、「先生、訪問看護に入ってもらいたいので、指示書出して下さい。」と在宅に関わるスタッフから声が上がることが多いのです。私の考えとしては、医師が関わっている人は訪問看護も導入してほしいと思っていますが・・・。
 では、訪問看護ってどんなことしてくれるのか?ですが・・・病状の観察、医療依存度の高い方は、その処置や処置方法のアドバイス、褥創予防・褥創処置、清拭・洗髪等の清潔援助、食事・排泄に関する援助、リハビリテーション、ターミナルケアなどです。そして、はっきりと明確にこれを看護師にしてほしいと決まっている人もいますが、決まっていない場合は、在宅生活での相談が第一になります。在宅での生活で困っているけれど外来に行った時に先生に話すには話しにくい内容だったり、薬がきつすぎてしんどいけど先生に言えないとか、通院の待ち時間が長くてしんどくなってきているけどどうしたらいいかという内容だったり、介護をする上でのアドバイスであったり・・・と相談内容は多岐にわたりますが、訪問看護は在宅生活を送る上で、医療と介護、医療と生活のつなぎ役を果たす役目を担っていると私は思っています。ですから、訪問看護を利用していただいて、少しでも快適な在宅生活を送ってもらえるとうれしいです。
 
●利用料金

気になる利用料金ですが、介護保険と医療保険で少し料金が変わります。

【介護保険】
料金は原則1割負担。

20分未満(早朝夜間深夜のみ) 297円
30分未満 442円
30分以上60分未満 864円
60分以上90分未満 1246円

*料金は目安です。
*早朝夜間は25%増し、深夜は50%増し
 
【医療保険】
  各種健康保険の個人負担割合
  老人保険対象者は1割負担(一定以上所得の方は3割負担)
   *公費医療証を持っている人は自己負担なしの場合もあります。
   *医療保険での訪問時間は、1回あたり30分から1時間半です。

 4月から新しく始まるステーションは、新スタッフ3名と私、松本の4名でスタートします。利用者さんの相談に即答出来ない時は、ステーションに持ち帰り、じっくりスタッフ間で検討して、よりよいつなぎ役を務められるようがんばっていくつもりでいます。
 どうぞよろしくお願いいたします。

【訪問看護ステーションCIL豊中】
〒560-0033豊中市蛍池中町2-3-1-202
TEL06-6840-8195 FAX06-6840-8196
*ヘルパーステーションと同じ事務所です。
開所:月曜〜金曜 9:00〜18:00

(松本)

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2. 特集:障害者の権利条約 −国連での正式採択を受けて−

広報誌編集部

はじめに

 みなさんは日常の生活の中で嫌だなって感じたことありますか。例えば、バーゲンとか人ごみの多いところへ行ったときに変な目で見られたり、雨の日に車いすでバスを待っていて、運転手に「雨やのに乗るん?」って言われたり、施設職員に子ども扱いされたりすることありますよね。このようなことは明らかに誰が何を言おうとも差別です。それも相手が見た目で障害者だと判断したがゆえにです。しかしながら、嫌だなと思っていても、今の法律では何が差別になるのか、差別とはどこからどこまでを言うのかというような『ものさし』(法律)がありませんから、そのことだけで訴えることはできません。アメリカやイギリス等、世界40カ国には障害者の差別を禁止する法律があります。本当なら日本にもあるべきなのですが、今の日本には障害者の差別を禁止する法律はないので、早急に作っていく必要があるでしょう。2006年12月、第60回国連総会で「障害者の権利条約」が全会一致で採択されました。テレビニュースや新聞記事ではそんなに報道されていませんが、私たち障害者といわれる者たちや家族・施設職員・ヘルパー・医療関係者のみならず、一般の様々な人々に関わってくる事になります。日本での障害者の差別を禁止する法律を作っていくことにしても、世界各国に影響を及ぼすことになる障害者の権利条約を充分に理解しないといけません。そこで、今回の特集はこの障害者の権利条約をより詳しく説明し、考えていきたいと思います。

一言でいうと障害者の権利条約って何?

 「障害者の権利条約」を簡単に言えば、全世界に住んでいる障害者の権利を守るための決まり事になると思います。私たちが暮らしている日本だけではなく、世界各国でも障害者に対する差別はまだまだたくさんあります。だから、障害者が人間らしく生きるために生まれながらに持っている権利や、すべての自由と生まれながらに持っている平等を押し進め、危険や困難等が及ばないようにかばい、十分満たされる事を目的として作られたものです。

国連って

 今回の障害者の権利条約にしても、世界的な決まり事を作るには、男性か女性か、仏教かキリスト教かイスラム教か、大人か子どもか、国々の伝統行事のならわしの違い等によって、色々と問題が出てきます。例えば、国々の伝統行事のならわしや宗教の違いで、今でも紛争等の争い事が続いています。争いは、食べる物や飲む物がなくなったり住む場所を失ったりと、人々から心の余裕を奪ってしまいます。この心の余裕のなさが差別や虐待に繋がってしまうのです。世界全体がそのような状況になったら、地球は滅亡してしまいます。
 このような状況にならないよう、世界各国が集まって世界の平和や経済と社会全体の発展のために協力する事を誓ってできた団体が、「国際連合」略して「国連」です。国連は、総会・安全保障理事会・経済社会理事会・信託統治理事会・国際司法裁判所・事務局という6つの主要機関とその内部にある補助機関から成り立っています。国連での主な活動は、@軍備管理や軍備縮小、A平和の維持、B人権への取り組みです。今回の障害者権利条約は国連の主な活動においての『人権への取り組み』にあたるわけです。

条約って何?  

 今回のテーマは色々な用語を知っておく必要があります。みなさんは条約っていう言葉はしばしば耳にすると思います。では条約って何なんでしょう。条約とは、国と国の間や各国と国連の間での行動を制限したり、強制したりする働きを持っている行動や判断の基準になるもので、簡単にいうと世界においての約束事になり、日本でいう法律にあたるでしょう。条約には、国と国の間で結ばれる二国間条約と、各国と国連の間で決められた多国間条約があり、今回この障害者の権利条約は多国間条約になります。条約は日本の法律よりも優先される力を持っていますが、日本国憲法より力は持っていません。つまり、憲法>条約>法律というような力関係になります。多国間条約ができるまでの手順としては、次のような流れになります。

採択 (いくつかある条文の案を条約案として選び出すこと)

署名(調印) (選び出された条約案を、各国の代表者が条約の内容を公式に確認した証拠として名前を残すこと ただ重要な条約は署名だけでは効きめはなく次に出てくる批准が必要なのが一般的)
↓       
批准 (署名をした条約の内容について、各国がその国内の議会で承認を得て、条約に賛成することを確認する書面を提出することによって確定されること)
↓   
発効 (条約が効果を及ぼす能力を持つようになること)


 採択から発効までの時間は各国によって異なりますが相当な時間がかかってしまいます。採択や署名はしたものの、その国々の議会の承認を得ないと批准はできないのです。参考に子どもの権利条約をあげてみますが、日本の場合署名から発効まで4年弱の歳月がかかっています。また、採択されるまでの道のりも多国間条約の場合、委員会等の話し合いの場を何回も繰り返した上での議決になるので、何年もの歳月がかかっているようです。

権利と人権

 さて、ここから徐々に本題に移っていきたいと思います。この条約を理解するには権利と人権を把握する必要があります。
 権利とは、一般的に色々な事を自分の思いや考えによって自由に行ったり、他人に対して要求したりすることのできる資格・能力を意味します。例えば、政治に参加したり、生活保護を受けたり、家を借りたり、お金を自分のものとして持ったりすることです。
 そしてその権利を人間が人間として当たり前に持っている人の権利を人権といい、それは他の人から与えられたのではなく、生まれた時から持っているものなのです。

これまでの人権条約

 第二次世界大戦後、人権に関わる国際的な決まりが少しずつ作られていきます。1948年、第3回の国連総会で「世界人権宣言」が、全世界のすべての人々とすべての国が人権確立という目的を果たすために採択されました。条約のような一定の行いを制限する効果はありませんが、この宣言で、

個人の自由を国の誤った権力から犯され傷つけられることのない権利(自由権)
政治に参加する権利(参政権)
生活を送るため国に保障を求める権利(社会権)


と3つの権利が宣言されました。後に国連で結ばれた人権条約の基礎となっていますし、世界の人権に関する規律の中で、もっとも基本的な意義を持っているのです。その後1966年に、世界人権宣言を基に条約化した「国際人権規約」が採択されています。
 この国際人権規約は、

生きるために必要な権利や働く権利、教育についての権利等の社会権規約(国際人権A規約)
身体の自由や移動する自由、差別の禁止等の自由権規約(国際人権B規約)
選択議定書、第2選択議定書


から組み立てられています。ちなみに日本は、国際人権A規約と国際人権B規約を批准していますが、高校や大学等の教育にかかる授業料の無償化等をしていないために、一部の規約を批准していません。
 これまでに採択された人権条約は、
1948年 「世界人権宣言」
1965年 「人種差別撤廃条約」 
1966年 「国際人権規約」 
1979年 「女性差別撤廃条約」 
1989年 「子どもの権利条約」 
1990年 「すべての移住労働者と家族の権利保護に関する国際条約」
等があります。

日本での人権

 日本の憲法では、国民主権や平和主義と並んで、基本的人権の尊重を大原則としています。
 日本での人権(基本的人権)は、主に、
不平や不満がなく楽しくする事を追い求める権利(幸福追求権)
個人の自由を国の誤った権力から犯され傷つけられることのない権利(自由権)
権利や義務に関して、すべての人にかたよりや差別がなく、みんな等しい取り扱いを受ける権利(法の下の平等)
生活を送るため国に保障を求める権利(社会権)
戦争の恐怖から解放され平和に生きる権利(平和的生存権)
政治に参加する権利(参政権)
他の人に対してひとつの行ないをするように相手方に求める事ができる権利(請求権)
のようなかたちで分類され組み立てられています。

日本の障害者は
 この中で、権利や義務に関して、すべての人に偏りや差別がなく、みんな等しい取り扱いを受ける権利という、法の下の平等があります。これは日本国憲法の条文の中の、
「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」
にあたります。この条文の中には、人種、信条、性別のようなくくりで、「障害」という言葉は書き示されていないのです。
 2004年に改正された障害者基本法という、日本の障害者に対する施策に関する基本的な事項を定めた法律の、基本的な根本の考えには、
「何人も、障害者に対して、障害を理由として、差別することその他の権利、利益を侵害する行為をしてはならない」
とはっきり書き記されるようになりました。しかし、この法律には差別とはどんなものなのかという『ものさし』(定義)が書き記されていません。ですから、具体性に欠けた基本的な根本の考えに、差別をしてはならないと書き記されても、それはあくまで心がけの問題にとどまってしまいます。最も重要なのは、裁判で訴えた時にどういった問題が障害者に対しての差別や権利を侵していることにあたるのかという、『ものさし』となる「差別の定義」が書き示されていなければ実際に現れる効果は出てこないのです。

改めて障害者の権利条約

 ここまで書いてきたように、障害者の差別を定義した日本の法律や障害者の権利を守るための条約はありませんでした。日本で障害者の差別を定義した差別禁止法を作っていくためにも、障害者の権利条約はとても必要なのです。障害者権利条約の条文は採択されたばかりなので日本語訳が正式に発表されていません。条文構成は正式に出ていますので書いておきます。

第1条:目的 第2条:定義 第3条:一般原則 第4条:一般的義務 第5条:平等及び非差別 第6条:障害のある女性 第7条:障害のある児童 第8条:意識の向上 第9条:アクセシビリティー 第10条:生命の権利 第11条:危機のある状況 第12条:法の下の平等第13条:司法へのアクセス 第14条:身体の自由及び安全 第15条:拷問又は残虐な、非人間的なもしくは品位を傷つける取り扱い又は刑罰からの自由 第16条:搾取、暴力及び虐待からの自由 第17条:人格の完全性の保護 第18条:移動の自由 第19条:自立生活及び地域への包含 第20条:個人のモビリティー 第21条:表現と意見表明の自由、情報へのアクセス 第22条:私生活の尊重 第23条:家庭及び家族の尊重 第24条:教育第25条:健康 第26条:ハビリテーション及びリハビリテーション 第27条:労働と雇用 第28条:相当な生活水準及び社会保障 第29条:政治生活及び公的生活への参加 第30条:文化的生活、レクリエーション、余暇及びスポーツへの参加 第31条:統計とデータ収集 第32条:国際協力 第33条:国内的実施とモニタリング 第34〜第40条:国際的モニタリング 第41条:寄託 第42条:署名 第43条:締結に対する同意 第44条:地域的統合機関 第45条:効力発生 第46条:留保 第47条:改正 第48条:廃棄 第49条:アクセス可能な形式 第50条:正文


 障害者の権利条約のコンセプトは、健常者以上の特別の権利を創設するためではありません。障害者に対して差別がなく平等であることを実際に確保することです。その結果として、建築物や交通機関や司法制度へのアクセス、共に生きる社会等の新しい概念が確認できるのです。

講演を聴いて

今回の特集を書くにあたって、西宮市にあるメインストリーム協会主催による、『障害者の権利条約 勉強会』が行われたので、勉強と原稿の資料集めかたがた参加してきました。
講師には、国連障害者権利条約特別委員会日本政府代表団顧問で、ヒューマンネットワーク熊本の代表、さらに弁護士で障害当事者の、東 俊裕さんでした。
講演の中で東さんは、

東(ひがし)俊裕さん

「権利条約を作ったというだけでは、絵に描いた餅。」
「これからが正念場。当事者の声が高まらないと出来ない。条約の内容=社会の実態となることは、絶対に有り得ない。」
「一人ひとりが、何が差別か?を再考し、今までの固定枠に捕らわれない『差別観』を、新たに養っていかなくてはならない。」
「『生まれながらにして人権』というのは、ハッキリ言ってきれい事でしかない。人権は自分たちで勝ち取って初めて人権となる。」
という話を、厳しい表情でしていました。



これからどうする

 この障害者の権利条約は最初の方でも触れましたがまだ採択の段階です。世界20か国が批准(承認)されてはじめてその効力を持つのです。そして日本政府が必ずこの条約に批准するとは限りません。批准するにしても、ある程度国内法を整備して変えないといけなくなることもあります。この条約を日本政府が批准すれば、国内で未だに作られていない障害者差別禁止法も作成に向けて一気に加速するはずです。東さんも講演でおっしゃっていたようにこれからが正念場だと思います。私たち障害当事者を含めた関係者が一般市民を巻き込んで、条約の批准を皮切りに法律の制定まで繋げて、私たちの人権を勝ち取っていくために声を上げていきましょう。
(担当:上田)

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3. 「ピア・カウンセリング集中講座」(通い形式)報告

事務局

 今年度もピア・カウンセリング集中講座(以下、ピア・カン)を通い形式で11月25・26日、12月2・3日の2週にわたり、大阪市内にある”自立支援センターFlat・きた”との協同で開催しました。
  男性4名、女性3名の7名の参加でした。
少し寒い時期に入っての開催で、雨が降る日もあり、冷え込み始めたばかりで、服装もそうだけど、身体も準備がまだで少し辛かったですよね。受講生のみなさん、リーダー、サブリーダー、サポートスタッフの協力、それにボランティアさんのサポートもあり、無事終えることが出来ました。みなさん、ありがとうございました。
 
 このピア・カン講座は、ピア(仲間)ということで、障害のある私たちが、障害のあるみんなと、障害があるから受けている抑圧であったり、辛いこと、傷や悲しみを同じ体験・経験をしてきている仲間、だからこそ言える、分かり合えるという安心できる場で、同じ時間を分けあい話していく中で、自分でやれる力や自分で出来ることを知り、自分の力に気付き自信を持ち、少しでも自分らしく生きようとする仲間が増えて欲しいとの思いで行っています。
 【どんなん?】って聞かれても、これが難しいんです。。。
 やっぱり、受けてもらうのが一番!今回受けてくれたみなさん、そうですよね〜。講座に来たからこそ出会えるんです、仲間に。新しい出会い、他の障害のある人と出会うのってなかなか楽しいもんですよ〜♪。今まで気付かなかった生活の工夫や情報を聞けたり、人に言えなかった・言ったらあかんと自分に言い聞かせていた思いを、同じように感じている人に出会うことで声に出せ分かり合えることで、背負っているたくさんの重たい思いを捨てれて、スーッと軽くなれたり、同じ思いの人がいることで安心できたりと。
 また、これで最後というのはありません。集中講座は、入門コースかな。今回体験したみなさんも、またピア・カン受けにきてくださいね。みなさんも是非一度、どこかで体験してみてくださ〜い。きっと何か感じることと・・・。
 講座の中では私たちはスタッフという形でしたが、みなさん会うことで、私たちもまた元気になれるんです。是非ぜひみなさん、これを機にまた事務所に来て下さいね。
(ま〜たれ)

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4. 2006年クリスマスパーティー報告

事務局

自称“雨の新人”VS自称“晴れ男Kさん”

 クリスマスパーティー1週間前のことです。クリスマスパーティーが行われる17日の天気予報は、たぶん晴れ男Kさんの力で快晴となっていて、ひと安心しました。しかしそれも束の間、クリスマスパーティーが近付くに連れて、曇りになり、文字通り雲行きがどんどん怪しくなっていって、とうとう前々日には、しっかり雨マークがついてしまいました。くぅ〜新人雨男の力か・・・。 ところがどっこい、自称晴れ男Kさんの力が強かったのか、それとも、みんなの晴れて欲しいという思いが強かったからか、パーティー当日の朝は、気持ちのいい晴れとなりました。本当に良かった〜

 さてさて、今年のパーティーの様子はというと、、、会場に入ってすぐ目に飛び込んできたのは、正面につり下げられた3メートル×4メートルもある大きな布の飾りです。職員の娘さんでとっても絵を描くのが上手な高校生の女の子がササッと下書きをしてくれて、後は、スタッフがひたすらちくちく縫っていったものです。大作づくりは、肩がこります・・でも、とっても素敵なものができました!会場を進んでいくと、今年も、怪しげな人達がたくさんいます。ロン毛に制服で竹刀を振り回してるのは、テレビでよく見るあの人の真似かな。他にも、ドラえもんやゴレンジャー、ドラキュラにメイド服の可愛い男の子!?、・・・・と楽しい仮装の人がいっぱい!みなさんありがとうございました。さあ、司会の蛍池から来た「もみの木」と不思議の国から来た「ひとみさん」の合図で、パーティーは始まりました。今年ライブをしてくれたのは、「GLOVAL HEART」さんと「パジャマ・キッズ」さん。音楽がなり出すと、みんな待ってました!とばかりに真ん中に飛び出して、リズムに合わせて思い思いに身体を揺らしたり、前に出て一緒に歌ったりと、今年もみんなノリノリでした。
          

左:司会のもみの木とひとみさん。右:GLOVAL HEARTさんとパジャマ・キッズさんのセッションの様子です。

大道芸は、「P−Cubic」さん。楽しい音楽に合わせて、5つものボールを使ってお手玉をするボールパフォーマンスや長〜い風船を使って、キュッキュッてすると、あっという間に、お花やサンタさんができあがり。そんなバルーンアートに、みんな思わず口がポカ〜ンっとあいてしまうほどすごかったです。風船でできた可愛い作品をもらった人は、ニコニコ笑顔で、大事そうに持ち帰っていました。        
 今年のゲームは、ビンゴゲームでした。マヨネーズくんが進めてくれました。なぜかなかなかビンゴになる人がでず、あれあれ?と思っていたのに、「ビンゴ!」っと一人が前に走り出すと、急にビンゴラッシュが始まってビックリしました。みんな、いいもの当たりましたか?

 そして、パーティー最後となれば、お楽しみのクリスマスプレゼントですよね。でも、今年は、大変な事がおこりました。サンタさんが来てくれて、プレゼントを渡そうとしたその時、「ダンダカダンダンダ〜ン」と、なんと、ドラキュラや黒い仮装をした悪者軍団が現れ、プレゼントを奪おうとしたのです。困ったサンタさんは、友だちのゴレンジャーをよびました。そして、会場のみんなのパワーを集めて、「ビビビビビ〜」とビームでドラキュラをやっつけました。そして、プレゼントは、ちゃんとみんなのもとに届きました。チャンチャン。
 ※注意。これは、スタッフによるお芝居です。当日に初めてあたふたと打ち合わせをしたわりには、とても面白かったです。         
 
 今年のクリスマスパーティーは、日本中で、ノロウィルスが流行ってる時だったので、いつも以上に、手作りの食べ物や会場設営には気を付けました。当日は、体調が悪い人もなく、楽しく一日がすぎました。100人以上の参加ありがとうございました。
 では、また来年も会いましょう〜。
(潮ア)


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5. 2006年度 第2回体験講座報告
『栗ごはんと豚汁を作ってみよう!』〜秋になり ごはんのおいしい 季節です〜

事務局

 みなさんこんにちは!早速ですが去年の11月に行った体験講座の報告をいたします!

 今回挑んだのは「栗ごはんと豚汁」。ちょうど肌寒くなってきたし、暖かいもん食べたいな〜ってことで、参加した人数は、スタッフ含めて20人くらい集まりました。
 今回のテーマは「なるべく包丁を使わずに、いろんな便利な調理器具を活用して完成させよう」という事だったので、基本的なお鍋やボール、ザルの他にも、調理ばさみや、型抜き、ピーラー(皮をむく時使う物)とか、いろんな器具を用意してみました!
 4つのグループに分かれて、まずは自己紹介。みんな思い思いのエプロンで登場!
 さて、盛り上がってきた所で早速スタート!まずは栗ごはんの準備。洗ったお米とお酒、調味料を計って、最後に主役の栗を炊飯器に入れてスイッチON!うん、めっちゃ簡単ですなぁ〜。でもみんな丁寧にやってくれていました!
 ほな次、豚汁いきます。豚肉は調理ばさみ、ごぼうはピーラー、さつまいもは型抜きなどを使ってどんどん適当な大きさにしていこう。う〜ん・・・包丁なんか使わんでも、できるもんなんやなぁ〜。他にも大根、にんじん、こんにゃく、しめじ・・・みんな手でちぎったりスプーンでくりぬいたりして、工夫して進めていってます。うん、みんなめっちゃ上手やん!
今まで包丁ばっかりに頼ってきた私、ちょっと感動です。

まずは工程の説明を受けるの図。みんな真剣です・・・ ピーラーで皮をむくの図。みんな真剣です・・・

 ほな、材料もまとまってきたし、ぼちぼち煮込んでいこか〜。大きめのお鍋に油をひいて、まずは豚肉を炒めよう。色が変わったら、ごぼう、にんじん、大根と、硬いものから順番に火にかけていくべし!
 っと、ここでトラブル発生!思ってたよりも材料が多くてお鍋が小さすぎるぞ!水を入れたらきっと溢れかえってしまいそう・・・。さ〜て、みんなどうするかな?
 心配ご無用。各グループ一回り大きな鍋や、寸胴を持ち出してきて対応していました。
 よっしゃ!ええ感じに火が通ったら、水とダシを投入〜。強火でぐつぐつしてきたら、火を弱めてアクを取って、調味料を入れてひたすら煮込むべし!
 後はただ待つ・・・・・待つ・・・・・・待つ・・・・・・うぅうぅ・・栗ごはんがいいにおいしてきたなぁ・・・豚汁も香ばしいにおいですなぁ・・・・腹減ったなぁ・・・・・
 ってことで完成!あぁ長かった。
じゃあ各グループ、食器にどんどん盛りつけていこう。

 ようやく席に落ち着いたところで、みんなで「いただきま〜す!」やっぱり自分達で頑張って作ったもんは美味しいなぁ。おかわりもいっぱいあったし、みんなお腹いっぱい食べました。時間もたくさんあったから、食べ終わってからも、おしゃべりをしたり、歌を歌ったりして楽しい時間を満喫できましたよ。
 片づけが終わって初めて講座終了。いや、家に帰るまでが体験講座ですよ〜。食器、調理器具を洗って、ゴミもまとめてからお疲れ様でございます。
 余った栗ごはんはおにぎりにして持って帰る参加者もいました。

具材を煮込んでいく〜の図。やっぱり真剣です・・・ みんなで食べる〜の図。みんな真剣というか食べるの必死かい!

感想

○おいしかった ○意外と多かった ○栗が硬かった 
○はさみが恐かった ○同じ材料なのにグループで味が微妙に違って不思議だった ○料理に興味が持てた 
○今度はプリンを作ってみたい ○また参加したい・・・・・

  最後に今回のレシピの載ったパンフレットをみんなに配りました。みんな家でも作ってみてくださいね!!それではまたの体験講座をお楽しみに。
 「ごちそうさまでした!」
(加田)

これが完成〜の図だぁあ!!う〜ん日本人らしい質素かつ品のある出来栄えです・・・

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6. 交通バリアフリー法が改正されました

事務局

はじめに
 2000年11月15日に、交通バリアフリー法が初めて施行されました。正式名称は『高齢者、身体障がい者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律』といいますが、これによって、「障害者や高齢者に優しい交通機関や、歩行環境が整備されるのは当たり前」 という意識が社会に浸透していくようになりました。『バリアフリー』という言葉も、今では知らない人のほうが少なくなり、この法律は、障害者に対する社会の意識を変えるための、大きな力になったと言えます。しかし一方で、まだまだ不十分な点も多く見られ、2006年12月20日、交通バリアフリー法は改正されました。誌面の都合上、一部のみとはなりますが、ここで新しい法律に盛り込まれた内容を、紹介していこうと思います。

★適応対象者の拡大
 これまでの交通バリアフリー法では、高齢者と身体障害者のみが対象となっていましたが、今回の改正で、知的障害者や精神障害者、発達障害者も対象となりました。その関係で法律の正式名称も、『高齢者、障がい者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律(もとの名前から、『身体』の言葉が無くなった)』に変更されています。

★住民提案制度の導入
 新法では、バリアフリー施策について、行政や事業者側のみの主導で動くのではなく、住民からも提案できるという、『住民提案制度』が導入されました。そして、高齢者や障害者とともに構成される協議会も設置され、より当事者参加型の法律になったと思います。

◇駅・設備に関して
1.可動式ホームドアの設置
 現在、一部地下鉄や交通機関において、可動式のホームドアが設置されています。具体的には、大阪南港を走る『ニュートラム』、神戸のポートアイランドを走り、神戸空港へも向かう『ポートライナー』、それに新幹線の品川駅や、大阪市営地下鉄今里筋線などです。

大阪市営地下鉄今里筋線の可動式ホームドア。
全駅に設置されています。写真は今里駅

 可動式ホームドアは、視覚障害者などがホームから転落するのを防止する目的があり、今回、設置が義務づけられました。正確には、『車両の乗降口が常に同じであるなど、一定の条件を満たしているプラットホームには、ホームドアまたは可動式ホームドアを設置すること』となっているのですが、実際には、車両の乗降口が常に同じではないホームが多いのが現状で、普及にはまだまだ時間がかかると思われます。
 これまでの法律では、点字ブロックや転落防止用柵の設置が義務づけられていました。点字ブロックは、ほとんどの駅で取り付けられていますが、転落防止用柵については、ホームの両端部分(電車が停まらない範囲)に付いている駅は多いものの、全体にということになると、大阪では、大阪モノレールに見られるぐらいではないかと思います。

2.駅構内の通路・プラットホーム等に、照明設備の設置
 照明の明るさについては、今後ガイドラインが作られるということです。照明設備が充実することで、防犯の面でも役に立つと思います。


3.エスカレーターには、行き先および昇降方向の、音声案内装置を設置

 既に改正前から、音声案内のあるエスカレーターは存在していましたが、今回の改正で、正式に対象となりました。エスカレーターだけではなく、トイレの入口やエレベーターでも、案内アナウンスが流れるところは、増えています。

4.トイレ、エレベーターなどの主要設備の付近には、図による記号(ピクトグラム)の設置
 エレベーターの乗り場部分や、トイレの入口前に、それぞれの内部の見取り図が描かれた記号(パネル)の設置が、義務づけられることになりました。既にこのような記号のあるトイレやエレベーターは数年前から見られ、点字表記も同時にされています。文字よりも、図や記号のほうが理解しやすいタイプの知的障害者などにとっては、有効な設備だと思います。

図(ピクトグラム)による案内が設置されているトイレの例。
阪急電車箕面駅ホーム
同じく図(ピクトグラム)による案内が設置されている
エレベーターの例。北大阪急行電車緑地公園駅ホーム

5.乗車券販売所、案内所に筆談用具の設置と、筆談用具があることを表示
 これは聴覚障害者や、発声が困難な人に配慮した設備です。これまでは、聴覚障害者が駅案内所などを利用したいときは、自分で筆記用具を用意していないと、コミュニケーションを取る手段がなかなかありませんでした。しかし今回、案内所自体も筆談用具を備えること、そして筆談用具があるということが分かるよう、表示をすることが義務づけられました。

◇交通機関の車両に関して
1.車両番号(号車番号)の、文字および点字での表示
 昔から、新幹線や特急列車では、『何号車』という表示やアナウンスがありましたが、通勤電車では見られませんでした。近年、両数が常に一定の列車(たとえば大阪の地下鉄)については、通勤電車でも、号車表示が付くようになっています。

通勤電車での号車表示。大阪市営地下鉄

今回の法改正で、原則として、全ての列車に号車番号の表記が義務づけられ、さらに印刷文字だけではなく、点字による表記もするように、定められました。これにより、特に視覚障害者は、自分が列車のどのあたりに乗っていて、降りたらホームのどのあたりに立つことになるのか、見当をつけやすくなったと思います。ただ、途中で車両の追加や切り離しが行われる路線では、それによって、同じ車両でも号車番号が変わる可能性があるため、固定で表示することは難しくなります。


2.筆談用具の設置

 『駅・設備に関して』の5番目でも述べた筆談用具ですが、交通機関の車両内でも、設置が義務づけられることになりました。鉄道車両、バス、タクシー(福祉タクシー)、それに船舶も対象となっています。ただ、車両内のどこに設置するのか?鉄道車両ならば、車掌室なのか?バスの場合は運転席なのか?そのあたりの具体的なことは不明です。

3.福祉タクシー車両に関する規定の導入
 改正前は、福祉タクシーに関しての規定は一切ありませんでしたが、今回、新たに導入されました。内容は、『車いす等対応車』と『回転シート車』の2種類に分けた上で、車いす等対応車については、『車いす等の用具を備えておくスペースを、一つ以上確保すること』、回転シート車については、『助手席または後部座席を回転させるための設備を設けること』、『折りたたんだ車いすを備えておくスペースを設けること』などとなっています。

★その他の改正点(目標値修正)
 2000年に初めて交通バリアフリー法が施行されたとき、国は10年後(2010年)までに、それぞれの対象においてどれだけバリアフリーにするかという、『目標値』を定めました。今回の改正で、その目標値についても修正がなされ、また、新たに目標値の設定対象となる項目の追加も行われています。修正されたのは、鉄道車両(約30%→約50%)、ノンステップバス(約20〜25%→約30%)、航空機(約40%→約65%)などです。新たに追加された項目は、福祉タクシー(約18,000台)、路外駐車場(約40%)、都市公園の駐車場(約35%)、そして公園のトイレ(約30%)などとなっています。
 さらに、重要な改正点として、利用・乗車拒否の発生を防止するための計画的な研修の実施、マニュアルの整備等による事業者教育の一層の充実、の2点が盛り込まれています。今後の、ソフト面でのバリアフリーの実現に向けて、欠かせない内容だと言えます。

さいごに [シンポジウム『可動式ホーム柵の課題を考える』に参加]
 2006年12月3日、シンポジウム『共に考えよう!駅ホームに潜む危険とホーム柵』が、視覚障害者の歩行の自由と安全を考えるブルックの会の主催で行われました。講師を務めたのは、社団法人交通バリアフリー協議会のアドバイザー、高山晴彦さんです。
 高山さんは、「可動式ホーム柵は、安全面では一番注目されている。」と、良さを説明する一方、「電車のドアをホームドアの位置にピタッと合わせないといけないから、運転士に与えるプレッシャーが相当なものとなる。自動的に電車が定位置に停まるシステムを開発したいが、もしシステムに異常が起こったら大きな混乱を招く。」と、課題を述べていました。

 交通バリアフリーの現状は、まだまだ当事者が満足できるものではありません。今後、より対象の範囲が広がり、同時にソフト面でのさらなる改良(研修制度の充実)がなされることを、切に望みたいと思います。
(担当:根箭)

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7. 07年4月から変わります
 〜自立支援法負担上限の変更〜

事務局

 昨年11月に障害者団体や家族たちが東京日比谷公園に15、000人が集まり、障害者自立支援法の改正を求めた集会やデモが行われました。

’06.10.31フォーラムに参加する。関西からきた仲間達

 この事は、CIL豊中通信Vol.19でお知らせして、ご存じのことと思います。この時の行動の成果がすぐに現れ、与党(自民党、公明党)が自立支援法の在宅サービスや施設サービスの負担額の上限を変更する会議が行われるようになりました。


 その結果、昨年の12月に960億円の補正予算を組んだのです。ただこれは、平成18年度から20年度までの3年間の限定で、その後は、どうなっていくのかがまだわかっていない状況があります。
 国の言い分では、「この制度は正しいとは言い切らないが、間違ってはいない。各界からいろいろな批判を受けて、緊急に措置を講じはするが、制度全体としては、やはりこのまま行くべきである」とワケのわからない事を言っています。

 4月からの在宅サービスにおける、負担上限が下の表のように変わると思われます。



区 分
(額単価・円)
現行制度 新軽減措置
上限月額 社福減免
収入・資産要件有
上限月額
 資産要件有
一般※ 市民税課税世帯1 37200 対象外 37200
市民税課税世帯2 9300
低所得2 年収80万円以上 24600 12300(通所7500) 6150(通所3750)
低所得1 年収80万円以下 15000 7500 3750
生活保護世帯 0 対象外 0


※ これまでは一般という名前で市民税課税世帯の上限額が37200円になっていましたが、4月からは2段階に分かれ、年収が約600万円以上はこれまで通りの上限額になり(市民税課税世帯1)、それ以下は9300円となります(市民税課税世帯2)。

 これまであった法人減免という考え方がなくなり、制度を受けている人たち全体に負担額が4分の1に軽減されます。
 他にも事業所やグループホームなどにも激変緩和措置があげられることになっているようです。ここでは、上記の、利用者の負担について触れていきました。
 負担が変わることによって、3月ぐらいより利用者証を入れ替える作業が行われます。国が言っている方法として、利用者の人には負担変更の申請書を出してもらい、市役所で手続きを行って、4月から新しい負担で始まることになります。
 この変更は、国が行う義務的経費の増額の考え方で行うので、補装具の申請や、自立支援医療、ガイドヘルプを中心とする地域生活支援事業には当てはまりません。
 障害者などの行動によって、国が動いた形です。これからもこの動きを強化していくことが必要であり、究極的には利用者負担がなくなり、事業所が円滑に障害者に対する事業が出来るようにしていくことが大切です。
 期間限定の措置と国は言っていますが、障害者自立支援法を抜本的に変えさせる動きをし、障害者の地域での自立生活に則したホームヘルプなどのサービスの展開、どんな障害者も仕事に就けるような就労開発、地域での生活の場面を広げるためのグループホーム、ケアホームの設置などをしていくことが重要です。
 もっと大きな力で、国や市町村を動かし、障害者自身が考えて、作りあげる自立支援法を作っていくことをこれからの課題にしたいと考えます。
 国は、自立支援法→介護保険という方向に邁進しています。それを当事者などの力でストップさせていくことが私たちのこれからのやるべき事だと考えます。
(大友)

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8. 「おおいに語ろう!」ピア対談 −第12回−
   〜自立はむずかしくないよ〜    

広報誌編集部

 『セルフケアマネージメント』。自分で介護者を集めてきて、また育成し調整すること。今回それに近い形で生活されているお二人に語っていただきました。おなじみの井上 康さん(えーぜっとの会代表)と、南光 龍平さん(自立生活センター・ナビ)です。

☆回り道の達人VSがんばりやさん

井上: 「1960年京都府福知山生まれ。母親が病弱のため、8歳の時京都市内の施設にいれられたというのが僕の施設生活のスタートで、28年間過ごし、36歳で豊中で一人暮らしを始め、現在は、豊中南部にある作業所で責任者をやってます。どうもみなさん僕のことを変人やと言ってる人がいて、一人に聞いたところ、回り道の達人の変人だと言われた。他の人だと、2時に会議があるとすればいかに2時まで有効に使うかを考えるけど、いかに2時まで回り道をするか、どれだけ無駄なことができるか考えるでしょ?それが変人だと思う。」

南光: 「1951年福井県敦賀生まれで、脳性麻痺です。親の仕事で大阪に来て、その頃は障害があるから学校に行かなくてもいい、遅れてもいいとか言われて、1年遅れで小学校に入学。勉強もリハビリも一生懸命、健常者に一歩でも近づこうという考えでやってきた。今思うと、疑問も感じてなかったかな。高校を一旦休学して施設で1日中リハビリを受けたが、結局障害者という事実は変わらないと気付き、簡単には就職もできなかった。そんな時、同級生から「自分たちで働く場を作ったら?」と、提案があり、障害者だけが集まって30年前に事業所を立ち上げた。やっていくのはすごく大変で、腰椎分離になって足がしびれて感覚がなくなり、そこの仕事を辞めた。その頃、障害を受け入れて生きるしかないんだと気付いて、約2年後、「自立生活センター・ナビ」ができ、働くようになった。」

☆好きな人と一緒になりたいと、飛び出しました!! 

井上: 「僕は施設を出る前から、地域で生活すること自体をしんどいとは感じてなかった。なぜ施設から出たかというと、みんなに嘘を沢山ついたけど、本当は好きな女性がいてただ一緒になりたかっただけで、施設では制約が多いから出たら何とかなるやろうという思いで出た。そこに至るまでにしんどいことがいっぱいあり、3ヶ月くらいご飯を食べられないほど落ち込んで、ただただ何も考えられずに過ごしていた。でも、人間ってすごいもので、3ヶ月もたつと、このままやったら迷惑かけた人に申し訳ない、何をしたら報いる事ができるのかと思った。それは自分らしく生きる事や。地域で自分の好きなように生きるのが一番や。と思った。」

南光: 「僕は一人暮らしの経験はなく、施設の経験はリハビリをやってた3年間で、僕が17の時に母親が死んでしまって以来、35歳まで父親と二人ぐらしでした。好きな人ができて結婚しようと思って、向こうの家族は理解してくれたが、うちの方の父親が絵に描いたような頑固親父で、障害者に理解がなく、障害者が結婚するということは、天地がひっくりかえるような思いがある人だった。僕は結婚して自分達でなんとかやっていけると言っても聞いてもらえなかった。父親を説得してくれようと知り合いが電話をかけてくれても、「そんなの関係ない!」と言って、電話も聞いてもらえなかった。二人の姉にも色々相談したけど、「あんたは施設で暮らすのが幸せと違うのか」という言葉が返ってきて、全身の力が抜けるというか、何とも言えない感覚だった。でもどんなに反対されても向こうの親が協力してくれたおかげで文化住宅を内緒で借りて、結婚式もし、20年前に二人で生活を始めた。井上さん同様に好きな人と一緒になりたいというのが大きかった。」

井上: 「地域で生きることに対して2つ大きな自信があった。1つは介護してくれる人に対して仲良くすることは得意やでって。介護者と自分でどうやってつきあっていくのかを考えるのは得意やなって思って。もう1つは、僕は一人になるのが好きだ。一人に強いでって。実際に地域で生活を始めて、目から鱗が落ちたことばかりです。例えば施設ではお金をおろしたいときは施設の事務員さんに言ったらおろしてくれるから、自分ですることはないので実は不安だったんです。でも電車に乗るときも、スロープを出してくれるし切符も駅員さんが買ってくれるし、こんなに簡単だったんやと実感した。」

南光: 「結婚して、2,3ヶ月たってから、住所を調べて父親が来て、「何とかやってるやないか」と。あんだけ反対してた父親も、それからは月に一回ぐらい家に来て酒盛りをして帰るようになった。重度の障害があっても自分の気持ちが強かったから、結婚して家庭が持てると言いきれた。今自分がこういう仕事をしていて、自分の意志をしっかり持って挑戦をすることは大切だと思っている。」

☆介護者との人間関係には、さすがに苦労しました

南光: 「僕は入浴介護から始まったが、その頃、大阪市に「全身性障害者介護人派遣事業」というのがあって、1ヶ月12時間から始まって、最後は1ヶ月153時間になったのが支援費の前です。知り合いの女性に家事とかをやってもらった。そこから介護者を使っての生活が始まった。たしか最初は一人12時間、妻も障害者なので二人で1ヶ月24時間で回していたが、障害が重度になっていくに従って、それでは回せなくなった。昔だったら古くからの知り合いやボランティアが介護してくれたが、障害も重くなるし、制度も伸ばしていかないといけない。たくさんの人に入ってもらったほうが広がるし、社会福祉協議会(社協)からもヘルパーにきてもらった。社協のヘルパーと「全身性障害者介護人派遣事業」を使えば、一人200時間位になるので、そうやって生活を作っていった。」

井上: 「施設をでる時点で、自分勝手にいこう!と決めたんです。その延長線上に制度が整って、人が集まってくる地域。豊中は友達が教師で統合教育の活動をしていて、人集めには苦労しないだろうと。最初は教職員組合の先生達30人くらいと、友達が10人くらいとCILからが15,6人くらい、朝は豊中市福祉公社からの派遣でまわしてた。」

☆人間関係において、日々心がけていること

井上: 「一つ目は介護者を色分けすること。この人はていねいに、この人はふつうでいいわ、この人はええ加減でいいわ、最初の頃はみんなとていねいにということを考えたけど、色分けしないとやっていけないな。あと、介護者には僕のために介護をするのではなく、あなたのための介護をするよう言っている。技術的なことがほとんどなんだけど、介護者にとって楽な介護は、僕にとっても楽、介護者にとってしんどい介護は、不必要な力が入り僕にとってもしんどいと、4,5年前に気が付いた。あなたにとって楽な介護が僕にとってしんどかったら、話し合って変えたらいい。1番最初は基本的なことを教えるけど、ある程度たったら自分で考えろと言っている。もう1つは、自分らしくして欲しい。以前は家でゆったりしたいからヘルパーにゆっくりしてくれと言っていたが、せわしなく動くのが自然な人は、せわしなく動いてもらう方が僕は楽と、途中から気が付いた。どのヘルパーにも「仕事はしんどい。家から出たら気をつかいすぎてしんどい。家に帰ったときはゆっくりしたい。僕にはこの家が生活の場ということを忘れないで」と言っている。できるだけ世間話をすることが大事と思っている。」

南光: 「うちの場合、昔から「全身性障害者介護人派遣事業」の時から入ってくれている自薦のヘルパーが多く、友達感覚の人もいるが、支援費や自立支援法になってからは、事業所からくるヘルパーもいる。妻にもヘルパーが来ているので、僕のことをして欲しいときはまず妻に聞いて、妻から、言ってもらうことを心がけている。妻は家の主婦で、それを差し置いて自分のことを頼むことは、主婦の仕事を阻んでることになるから。」

☆支援費制度以降、事業所と自分の役割があいまいになってきているのがしんどい

南光: 「毎月の終わりに、具体的なスケジュールに合わせて次に月の介護の予定表を作っている。上限を超えないように計画を立てている。実はこの前、自立支援法の区分審査を受けて、区分5が出た。これだと今までの時間数が使えないので、再審査を行って区分6になった。僕の場合コミュニケーション支援と燕下に支障があるので、加算ができて逆にこれまでよりも時間数は伸びたが、それだけのヘルパーを確保できるかという問題がある。それで今までは1つの事業所でやってきたけど、来年からは2つの事業所に頼もうと思っている。」

井上: 「制度が始まる前、CILが有料ボランティアの形でヘルパーを派遣していた頃は、事業所にも責任はあっただろうけど、僕がかなり責任を持たなければならないという意識があった。ヘルパーに問題があったときは、いろいろ言ったり、それで変わってくれた人もいた。支援費になってからは事業所が言うべきなのか、僕が言うべきなのかというのが曖昧になってきたから、しんどくなってきたと感じる。あと、僕は気ままな生活をしていて、土日はできるだけヘルパーを使わない。平日も、仕事を終わってから数時間、わざと一人で過ごす時間を必ず持つようにしている。今工夫していることは、ヘルパーに、この曜日は何時からとはっきり決めて、家の中で待ってもらうようにして、もちろん僕が帰ってきた時間から記録をつけるのではなく、決まっていた時間からつけてもらうようにしています。一般的なセルフケアマネジメントを僕が全部やろうとするとしんどいから、介護の技術的なことでは、例えばAさんがダントツ上手だとすると、それを他の人に伝えたいときに、僕の口からだけでは伝えきれない部分がある。事業所で研修をしてもらったり、お茶を飲みながら話したりできないかなと相談している。もっと事業所がすることと、自分がすることを区別できればいいと思っている。」

☆そんなむずかしく考えずに地域に出てきはったらいいやん

井上: 「人間関係はしんどいけど、簡単簡単。別に僕に能力があるからできているというものではない。電車乗るのだって駅員がサポートするし、現金を引き出すのだって銀行員がサポートしてくれる。コンビニで、飲み物を飲みたくなったら店の人に言えばやってくれるし、トイレに行きたくなっても、ユニクロなら百発百中で手伝ってくれる。警察は不親切やけど(笑)。みんな難しく考えすぎているのかなって思う。「井上さんやから」って思われるのかもしれないけど、「そうかなーっ?」て思う。」 

南光: 「僕も難しいことではないと言いたい。人によってはサポートも必要になってくると思うが、自分はこういう生活をしたいと思っていたら、言語障害があって、言葉で表現するのは難しいことがあるのかも知れないけど、ちゃんと自分の思いを持っていたら、周りに伝える事はできると思う。僕の場合は障害が徐々に重度になっていったので、その経過の中でここまでは自分でやろうとか、ここの部分は介護を受けようとかいう整理が自分の中でできていく。そんな時間があったので、比較的介護を使って生活していくことがスムーズに運べたと思う。はじめから全部やろうとしないで、ぶつかったっていいやん。いきあたりばったりでもいいから、やってみたらどうだろうか。僕も頑張ってやっているわけではないし、何とかなると思う。」

井上: 「もうひとつだけ、一番言いたいこと。とにかく地域で生きたいねんて、施設イヤやねんって。それだけでいいんではないかなと。覚悟とか、意味付けとか問われるけど、障害のない人は、みんなそんなこと考えて自立しているのかなと思う。」

☆☆本当にそうですよね。誰でも、自立はできるはずです。体験してみてわかることもいっぱい。内容豊富なお話をありがとうございました。
(塚原)

南光龍平さん(左)と井上康さん(右)
※この画像は、印刷版広報誌では、誌面の都合上掲載しておりません。
インターネット版のみでの掲載となっております。ご了承下さい。


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9. 学生無年金障害者の活動から −Part.14−

事務局

2006年12月15日(金)15:00より、学生無年金訴訟第三回高等裁判が行われました。
冒頭で裁判長より、原告・被告双方からの準備書面の提出が確認され、そのあと弁護団より、原告が二十歳になった当時に発行された、年金に関する各広報について報告されました。以下、その内容を要約します。

周知徹底無し

 今日の裁判に備えて、原告が実際に二十歳だった当時、つまり、今から30〜40年ほど前に発行された、各自治体の広報誌を詳しくチェックしました。被控訴人(国)の、「広報はしていた。知る術はあった。」というこれまでの主張に対して、そのようなことは決して無かったというこちら側の主張を、今一度、物的な証拠とともに行おうと考えたものです。
 そしてその結果ですが、全国自治体の広報誌の中でも、年金の任意加入制度について少しでも触れていたのは、半分ほどしかなく、内容も「加入は自由です。」の一言だけでした。無年金の状態で障害を負った場合の不利益について記述されている物は、一冊も無かったのです。さらに、国民年金法が制定された年である1959(昭和34)年から、法が改定された1985(昭和60)年までの期間に発行された、『大阪市政だより=毎月発行』も検証しましたが、26年間(約310冊)で、任意加入に関する記事があったのは僅か5回(5冊)のみで、学生については、「入らなくても良い。」と書かれていました。主婦の年金加入に関しては詳しく書かれていたのに対し、学生に関しては、ほとんど何も無しだったのです。
 このように、大阪だけで見ても、周知徹底は全くなされていなかったことが、今回『物的に』明らかになりました。
 国の、「広報はされていた」という主張ですけども、あえて学生だけを除外したということ自体を、むしろ周知徹底すべきだったと言えます。社会保険は、文字通り社会のためにあるものです。それなのに学生だけを除外した上、支払い免除もできないというのは、明らかに差別です。その一方で国は、「二十歳未満の人への支給も、社会原理だから行う。」、としています。社会原理ならば、なぜ二十歳以上の学生は外すのか?何故差別するのか?この点を明確に説明するべきです。国民にとって、年金の負担義務(強制加入)自体は、全然不利なものではありません。いったん免除をしてもらった上で、収入がある状態になってから負担をしたら良いのです。国の考え方は、「強制除外のほうが、負担義務から外れることが出来るのだから、合理的だし得である。」というものですが、これは大きな間違いです。
 今回の裁判はここで終わりとなり、次回では、精神障害者に関して、初診が二十歳の誕生日の後でも、周囲の証言などから、発病が二十歳前であることが裏付けられた場合はどうなるのか?それについての、詳細な事実調査の成果が提出されることになりました。ちなみに精神障害者に関しては、先般、東京高裁において判決が出されています(詳しくは後述)。
 なお、次回の日時は3月15日(木)14:00です。ぜひ傍聴にお越し下さい。 

 このあと、弁護士会館にて報告集会が開かれ、その中で、
 「国からの真正面な反論を期待したが、全く向き合おうとはしてこなかった。『他のどこそこの裁判で、どうこうという判決が出たから』とか、そんなのばかり。あまりにも反論になっていなかったから、今回は、原告が二十歳になった当時の、各自治体の広報誌を調査した。」
 と、国の相変わらずの態度に失望したという報告がなされました。そして、先の東京高裁での精神障害者に対する判決に関して、疑問の声が続出しました。

前回よりも多くの人が集まった、報告集会

 実はこの裁判では、同じ訴訟を起こしていた二人の原告に対して、それぞれ別々の判決が下されたのです。しかも一人は勝訴、もう一人は敗訴という結果でした。もともと地裁では、一つの判決が両原告に対して出され、二人ともに勝訴していました。これについて、
 「何故高裁では、一人は勝って一人は負けたのだ?どこで勝敗が分かれたのだ?」
と、疑問の声が上がったのでした。その一方で、次回裁判(大阪の)にむけて、この東京での裁判の中で、何か活用できるものはないかどうか、検証したいという見解も、弁護団の中から出されていました。
 最後に参加者の一人が、「無年金問題が裁判になること自体、非常に理解に苦しむ。社会のルールというのは、まず『情報が公開されている』ということが前提となるのが当然。みんなが知っているからこそ、ルールになる。その意味で、ほとんど公開されていない情報から成る“目隠しルール”の存在は、本来、有り得ない。国は、ルールになりようがないものを指して、平然と『ルールだ』と言っている。」
 と、強い口調で憤慨し、この言葉が一番筆者の耳にも残っています。

 前回の裁判の最後で、裁判長が国に対し、正々堂々、襟を正すように促したというのは、本誌の前号でも述べましたが、その期待が見事に裏切られる結果となった、今回の裁判でした。
(担当:根箭)

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みなさんからの、投稿コーナー

 このコーナーでは、みなさんからの作文・詩・短歌・俳句など、投稿作品をご紹介していきます。
 作品は随時募集しておりますので、投稿されたい方は、編集部までどしどしご応募下さい。
 なお、作品数が多くなった時には、繰り越しで2号先の広報誌に掲載させていただく可能性もあります。作品の内容によって考慮は致しますが(季節がテーマの場合など)、あらかじめご了承下さい。

 みなさまの応募を、お待ちしています。













10. 短歌

晩秋に
母逝きて今
この我は
哀しみのりこえ
明るく生きる


伊丹市 岩國久美子


11.何でやね〜ん!?のコーナー

かだのたつや

 ある日、車いすのOさんが家の外に出てみると近くに大きなお店を建てようとしています。
「何やあれは〜?一体何ができるんやろ?」
Oさんはたいそう喜び、完成を楽しみにしていました。
1ヶ月後・・・
「うわ見てみ!出来てるであそこ。2階建てやんか!」
見ればそこは広ぉぉ〜い駐車場付きの、大きな建物がそびえています。
「よっしゃ!ここは便利やで。ディスカウントスーパーや」
早速Oさんはその建物に近づいてみました。
「ちゃんと車いすマーク付いてるし、俺でも買い物できそうやな」
雑貨や食べ物、ありとあらゆる生活用品が売られていて、Oさんとても満足そうです。
「うんうん、広いし、結構活用できるぞぉ・・」
ところがである。
「なんじゃこりゃ〜!!!エレベーター付いてへんやんけ〜!!!」
おかしなことに、そのスーパー、2階建てであるにもかかわらず、階段しか備わってなかったのです。
「そんなんやったら車いすマーク付けんなよぉ!」
目の前の車いすステッカーが嫌がらせのように思えてきます。
「こんな広い駐車場作るスペースあるんやったらエレベーター付けんか〜い!」
Oさんの奥方が後日、抗議に行ったのは言うまでもありません・・・

 このコーナーでは、日常生活に存在する、いろいろな疑問や矛盾点、おかしな所を紹介し、勝手に検証していこうと考えています。当事者さんはもちろん、ヘルパー側から見たいろいろな「何でやろ?」「こんなんよぅあるわ」「おかし〜やないか〜!」を随時募集していきたいと思います。
 例えば・・・「何で車いす乗ってたら、犬が強気で近づいてくるのやろ?」
     「車いすトイレやのに、尿器を洗うところないやんけー!」
     「この駅、何でこんな無駄に回り道せな外に出られへんのじゃー!」
等々、みなさまの疑問、お怒り、ご意見、お待ちしております。 


12.カジ論!? Part.6

カジ

 今年も「カジ論!?」をよろしくお願いします。前号のVol.19では都合により休ませて頂いていたので、久々に記事を書かせてもらいます。今回の「カジ論!?」は、プロ野球選手や欧州のサッカークラブの“社会活動”について記事を書かせてもらいます。
最近では、多くのスポーツ選手が社会活動に取り組むようになってきています。例えばオフシーズンを利用して、養護施設を慰問したりしています。他にも、有名所でいえば阪神タイガースで活躍する赤星憲広選手の、自身の盗塁数に応じての車いすの寄付などが多く知られていて、昨年までの通算盗塁数が250盗塁なので、250台の車いすを寄付した事になります。
他のチームでいうと、東京ヤクルトスワローズの石井一久選手は、自身の奪三振数につき1万円の寄付をプロ5年目のシーズンから続けて行っています。昨年でいうと170奪三振を記録しているので、170万円をユニセフに寄付しました。またユニセフ関連でいうと、福岡ソフトバンクホークスの和田毅選手は、1球につき10本のワクチンを寄付していて、2年間で約10万本のワクチンを寄付しているそうです。

 次に話は日本の野球から海外のサッカーに変わりますが、海外のサッカークラブでは個人はもとより、チーム全体で社会活動を行っている傾向にあるようです。中でも私が一番感動したのは、スペインのプロサッカーチーム“FCバルセロナ”の取り組みについてです。FCバルセロナといえば、昨年の欧州王者であり、ブラジル代表のロナウジーニョ選手や、アルゼンチン代表のサビオラ選手や、カメルーン代表のエトゥー選手など、数多くの一流選手が在籍しています。

奪三振数につき、一万円を寄付している、
プロ野球、石井一久選手
『ユニセフ』のロゴマーク付きのユニフォームを着た、
サッカーブラジル代表、ロナウジーニョ選手

FCバルセロナが、現シーズンからクラブ史上、はたまた世界のプロスポーツチームどれ一つとっても史上初となる社会活動を展開することになりました。
その社会活動とは、ユニフォームに『ユニセフ』のロゴを掲載することになったのです。そもそもFCバルセロナは、他のプロスポーツチームとは違い、クラブ100周年以上もの間、ユニフォームに企業のロゴを掲載しないことをステータスとしている世界でもまれなプロスポーツチームでありました。
そのFCバルセロナがユニセフに対して、現シーズンから3年間にわたり総額約11億円を支払うことにより、ユニフォームに『ユニセフ』のロゴを掲載することになりました(通常プロスポーツチームは、企業から資金を得ることの見返りにユニフォームなどに企業のロゴを掲載している。)
FCバルセロナ関係者のコンセプトとしては、
「サッカーで試合に勝利するだけではなくて、いろんな形で社会に貢献していくことが、これらにおいての目的で、世界とつながっていくことを目標としています。」
私はこの話を知ったときとても感動して今まで以上にスポーツが好きになりました。

 もうすぐ春を迎えますが、スポーツに興味がある人、ない人もこのような視点でスポーツを見るとより楽しめるのではないでしょうか?


13. 小説:双眼鏡A

あすか

 ヒッキーは、その砂の川を眺めながら、また、考え込んでいました。というのも、先へ進むには、この川を渡らなければならないからです。
 「あっ!あれは!」
 ヒッキーは叫びました。自転車やカバン、風に飛ばされてしまったものが、砂の川を流れてきたのです。おもわず、砂の川へ足を踏み入れました。
 「わーっ!」ヒッキーも、流されてしまいました。

 気がつくと、そこには、大きな岩のそばに、ヒッキーの風に飛ばされたものが全てあり、真昼の太陽の下でした。
 しばらくの間、何がなんだか分からず、ぼんやりとしていました。
 −夢?−
 スケッチブックには、あの奇妙な植物の絵が描かれてありました。
 −何だったのだろう・・・。−
 あわてて双眼鏡をのぞきましたが、もう、目の前には、森などありません。
 岩の上には、ひろげたままのお弁当が、野原の先には、果てしなく続く地平線がみえるだけです。夢とも、現実ともつかない出来事を、思い返していました。
 どのくらい時間がたったか、ヒッキーは、
 −家へ帰ろう。このことは、誰に話しても、信じてもらえないだろう。日記に書いておこう。−と思うのでした。

 この物語は、ここで終わりです。あの砂の川を渡ると、自由な結末をむかえることができます。

 みなさん、
−ようこそ、夢の世界へ−



最後まで読んでくださった皆さま、ありがとうございました。    
ペンネーム あすか


14.ぼくの日曜日

海帰優人

冬が来た

 世間は暖冬というけれど、ぼくのオンボロになりはじめた身体には、確実にこたえてしまう。一人でまちへ出ることを理学療法士の立場からいつも支援してくれているK先生の助言もあって、両耳と後頭部から首にかけてしっかり防寒された帽子を買った。おかげで、年末に訪れた寒波はほとんど影響なく過ごせたのだが、思わぬ短所もその帽子には存在していた。
 その帽子をかぶったら、一週間で5cm四方のティッシュ一面の耳垢になってしまった。それで、ハンチングや妖怪人間ベムのような革の帽子に替えてみたのだが、今度は風の冷たさが後頭部や首筋に沁みる。携帯ラジオから流れるウェザーニュースの古川孝子さんに「どこが暖冬やねん」と突っこみたくなるほど。心地よいものを覚えてしまうと、本当に恐ろしい。
 さらにややこしい問題が起こっている。車いすに座っていると、足腰がジンジンと冷える。2年前の冬から「パッチ=ズボン下」を穿きはじめた。そして、今年は猛烈な寒波に備えて、有名スポーツメーカーのすこし値の張る品物を1枚買ってみた。ところが、すこぶる小便がしづらい。なにせ「ブツ」がシビンまで届きにくい。やっとのことで終幕に近づいても、ゴムで圧迫されて最後まで放出しきれない。したがって、パンツに仕舞い込んだとたん、残尿がドッとブツのまわりを占領する。最初は出しきった後の快感とほんのりした温もりで奇妙な心地よさが漂うのだが、時間が経過するにつれてネチャとした冷たさに変化する。それは、「不気味」と表現しても大げさではない。介護に慣れたヘルパーさんならうまくいくけれど、一人でまちを歩くぼくにとってユニクロや公民館など初めての人にお願いすることもたびたびあり、不気味な冷たさと向き合わなければならないこともチョクチョクある。
 だけど、完璧なものばかりじゃ面白くない。改良する余地があって、それをあれやこれやと考え、やってみる、だから、楽しい。強がりかもしれないけれど…。

 冬は美味しいものが山ほどある。今晩は、古くなったまいたけの味噌汁と汁たっぷりの白菜の煮物を合体させ、さらに、桃谷の山田商店の白菜キムチの漬け汁を加えたやつに、牡蠣をほうり込んで食べようと思う。牡蠣はしっかり火を通したほうが、煮物や鍋には濃厚な味がひろがって旨い。


15. 哲珍の部屋

哲珍

 みなさんこんにちは。いつも色々な疑問を感じてしまい、このところは特に政治に興味を持っている哲珍です。どうも!

 最近、政治を動かしている人の悪い話がよく目につきます。つい最近も、一国の大臣が女の人に対する差別的な発言をしましたねぇ。
女の人を「産む機械」って。
「そんなあほな」って感じですよ。しかも福祉施策を扱う厚生労働大臣がですよっ!
いくらわかりやすく伝えたかったって言うても、「機械」ってあなた失礼でしょう?
女性差別を平気で行う厚生労働大臣って、矛盾だらけちゃいますかね。
70代だからとか、知らなかったとかですまされるわけがないですし、産む機械って、言われる側に立って考えたら誰だって嫌でしょう。
 子どもを産めるのは女の人だけであり、それを大事にしていく事は男ですし、子どもを産めないからって女の人は女の人です。
 この人の経歴を調べてみると、大蔵省上がりの政治家さんでした。「あぁ?やっぱりなぁ」て思いましたし、厚生労働に関わった事のない人を大臣にするって事も考え直さなあかんやろうって感じました。
 責任とって辞めろって言う声も聞くんですけど。責任とって切腹したらすべて解決てのは昔と同じで、ちょっと筋がちゃうんちゃうかなって気もします。この人に厚生労働大臣を任せたのは総理大臣であり、それを辿り辿れば、結局私たちの責任にもなってしまいます。

まぁ、ともあれ、情けないというか、こんな人の痛みをわからん発言をする人に障害者の施策を任せておいてええんかなぁて思う今日この頃でした。


16. どんぐりのひとりごと(3)

どんぐり

 この原稿を書いているのは、一月の下旬ごろ。今年は暖冬とかで、そんなに寒くないんちがうかなとか言っていると、「靴下五枚はいて、バッチ二枚はいて服着るだけで、フーフー言うてるひとは、誰ですか?」と娘の声。アハーッ、冷え性の私は足の指先は、しもやけだらけ。肩や首はこりこり。とってもつらいこの季節です。アハハハハ
夏の到来が待ち遠しい今日この頃の私です。

今年早々、少し大変な目に遭いました
 知る人ぞ知る、私は言語障害があって、トーキングエイドなるものでしゃべっています。このしゃべる機械の評判もさまざまで、ピッと鳴り始めると、次に何を怒られるんだろうとドキッとする人や、何を言ってくれるのか楽しみにしてくれている人やはたまた「この機械って、ええネ。彼氏とけんかしたときに使わしてほしいわ」と言う人もいます。
人生、悲喜こもごもでこの機械で時には怒ります、けんかもしますし、愚痴もこぼします。先日も娘に怒りまくっていました。散々好きなこと言ってカッコよく(?)決め文句も残し立ち去ろうとしたとたん、次の瞬間床に寝ていました。前に置いていたトーキングエイドにつまずいて、自分の手を自分のひざで思いっきり踏んづけていたのです。見る見るうちに手は青黒く腫れていきました。罰が当たったんやーって自分で思いました。それから二、三日、冬の厚着で着替えはもちろんのこと、いつも何気なく行ってるトイレに行くの(下着の上げ下ろし)にも一苦労しなければならなかったです。
そう言えば昔トイレでこけて、尾?骨を打ったときも、そうやったとか思い出していました。いつもなんの気もなくやっていることでも、力は入っていることを再発見してしまい感謝しました。
 このことを教訓にいつもできるだけ、にっこりとゆったりした気持ちで、このトーキングエイドを使い話していきたいと、今思っています。


投稿コーナー終了


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17. さろんだより

事務局

12月
 この日は、紙工作セットをもらったので、それを使って遊びました。山折り線と谷折り線は書いてある通りに折り、切り取り線は、線通りに切る。最後にのりマークの所を張り合わせると、うさぎやライオンができたり、このシーズンにピッタリの飛びだすサンタさんやツリーのクリスマスカードも人気でした!うまく切れない所があっても大丈夫。スタッフが声をかけるより先に、さろんで仲良くなった同士で「切ろうか?」「ありがとう」との声かけがあり嬉しいです。

1月@
 新年1回目のさろんは、いつもと違い、来る人来る人が「あけましておめでとうございます」の挨拶で始まり、いかにもお正月遊びが始まりそうな雰囲気だったのに・・・「何しようか?」と聞くと「トランプしたい」といつも通りのトランプで熱くなりました!今年は、トランプ三昧の一年になりそうな予感がします。
 本年も、CIL豊中のさろんをよろしくお願い致します。

1月A
 「次のさろんは、2月3日で節分だ!」ということで、鬼のお面を作りました。「目はどんなのにしようかなぁ?角はどうしよう?」とそれぞれに悩みながら、面白い鬼のお面ができました。中には、耳が角になっている猫鬼?なんかもできました。次回は、きっとこのお面をつけて、「鬼はそと〜福はうち〜〜」ととってもにぎやかさろんになりそうです。

2月 楽しい豆まきの様子は、右の通り。鬼の面が嬉しくて、みんな 鬼になっちゃいました!

〜さろん開催のお知らせ〜
日時:毎月第1・3土曜日の13時〜16時
場所:障害者自立支援センター(阪急蛍池隣接ビル ルシオーレ 南館3階)
内容:トランプしたりおしゃべりしたりお茶したり・・・色々です。
問い合わせ:06−6857−3601(申し込みはいりません。)




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18. CIL豊中近況/お知らせ  

事務局

 このコーナーは、当センタ−ホームページの「CIL豊中近況」というところから抜粋しました。事務局のようすが少しでも分かっていただけたら嬉しく思います。

2006/11/15 顔ぶれが少し変わり・・・・・
 クリスマスパーティーの飾りの制作作業も急ピッチで進んでいる今日この頃ですが、今月に入って、支援センターの顔ぶれが一部変わりました。また、ヘルパーステーションでも、先月以降、新たに数名の職員が入ってきております。最近は、新しい人をすぐに覚えるのも、だんだん難しくなってきたような・・・・・。(←ただ単に書いてる人が年取っただけ?)

2006/12/8 濃い〜い会議
 今日は午前・午後とも会議でしたが、特に午後からの支援センター会議は濃い〜ものとなりました。特に報告事項がいつも以上に盛り沢山で、いつも通り2時から始めるも、全体で6時過ぎまでかかってしまいました。しかし、生活支援センター部会や関西ILプロジェクトの報告など、勉強になる話が多かったです。

2007/1/5 本年もよろしくお願いします
 みなさん、新年あけましておめでとうございます。本年も、どうぞよろしくお願い致します。今年もまた、いろいろな動きがあるかとは思いますが、みんなで力を合わせて、乗り切っていきたいと思います。

2007/1/27 追い込み、追い込み
 広報誌の原稿と、市民講座の資料集めが、ともに締め切り間近で、今は追い込み追い込みです。一同キリキリ舞ですが、もうしばらくしたら、一段落していくと思います。













お知らせ
 連載記事『地域の作業所の活動を紹介します』は、今回、お休みをさせていただきました。次号では、また掲載いたしますので、よろしくご了承願います。

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19. サービスのご案内

事務局

ヘルパーステーションCIL豊中
TEL06(6840)8195 FAX06(6840)8196

障害者自立支援法介護サービス
障害者自立支援法によるホームヘルパー、ガイドヘルパー派遣。
◇サービス提供範囲 豊中市及び近隣地域
◇サービス提供時間 24時間365日
介護保険訪問介護・介護予防訪問介護サービス  
介護保険によるホームヘルパー派遣。
◇サービス提供範囲 豊中市
◇サービス提供時間 24時間365日
介助サービス
 障害者自立支援を目的に、地域のささえあいに基づく登録制市民互助活動です(公的福祉制度外のサービス)。
◇対象者 原則豊中市在住の障害者
◇介助料
 【一般介助】  1時間       1,200円
 【宿泊介助】        1回(10時間以内) 8,000円
  いずれも実費交通費(市内上限800円)を負担していただきます。
 【旅行介助】       1泊(24時間)  16,000円
延長分は6時間(4,000円)単位で加算。
  介助者の交通費及び宿泊費は利用者負担です。
◇キャンセル料 
前日まで無料。当日は半額です。(上限10,000円)
※条件の合う登録介助者が見つからず、御希望にそえない場合があります。
ヘルパー養成講座
 ヘルパー養成講座の開催(随時)。


豊中市障害者自立支援センター
TEL06(6857)3601 FAX06(6857)3602

豊中市障害者相談支援事業(無料)
 障害者やその家族等の相談等支援をします。
◇ホームヘルパー、デイサービス、ショートステイなどの利用援助
◇社会資源を活用するための支援 ◇社会生活力を高めるための支援
◇ピア・カウンセリング      ◇専門機関の紹介
自立生活体験室
 障害者の方が、自立生活を体験してみる部屋です(介助者の方は無料)。
◇宿泊利用 1泊1,500円 ◇デイ利用 1回(5時間まで)750円
指定相談支援事業
 市町村が必要と認めたサービス利用計画作成対象障害者等にサービス利用計画を作成する等の支援をします。
豊中市障害者外出支援サービス
 車いす対応車を運行し、一般交通の利用が困難な障害者の社会参加を支援。
◇利用対象者は豊中市に居住し、次に該当する人です。
 @身体障害者手帳1・2級(下肢、体幹、視覚、内部)を所持している人。
 A療育手帳Aを所持している人。
 B腎臓機能障害で透析治療を受けている人。
 注 15歳未満で車いすを使用していない人は利用できません。
    65歳以上で車いすを使用している人は利用できません(豊中市社会福祉協議会の「ほのぼの号」を利用 (6841−9393)。
◇利用日時 午前9時から午後5時(年末年始12/29〜1/3を除く)。
◇利用回数 月2回まで利用できます。
◇利用料 4q未満300円〜20q以上2,500円
◇利用区域
 豊中市及び隣接市(大阪市南部を除く)及び特定施設
◇キャンセル料 当日キャンセル500円
点字名刺(送料は一律270円)
◇既存名刺への点字打ち込みの場合 10枚150円
◇片面名刺印刷と点字打ち込みの場合 10枚300円
◇両面名刺印刷と点字打ち込みの場合 10枚350円
ロゴ・イラスト又は写真入りの場合は10枚につき50円の加算となります。 

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20. 編集後記

編集長 上田哲郎

 みなさんこんにちは
 この号より編集長を任せられる事になりました、上田哲郎と申します。歳は30代に入ったばかりで、職場や様々なところでたくさんの先輩方に可愛がられていると勝手に思い込んでいます。編集長を任せられた意気込みは、とにもかくにも前向きな情報と、現在の私たちのおかれている状況をなるべく詳しく事細かに伝えていくことです。本当にかなりの若輩者ではありますが、今後とも宜しくお願いします。

 さてさて、みなさんはこの冬をどう過ごされましたか。今年もまた暖冬でしたよね。年々暖冬が続くと本当に何か怖さを感じてしまいます。地球の環境破壊が着々と進んでいます。温暖化で南極や北極の氷が溶けて海面が上昇し、ある南の島国は、近い将来消滅してしまうそうです。
と書きつつも、暖房かけてぬくぬくとしている私です。
反省?

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