慢性疾患児の在宅医療を推進するための研修会が行われました


2009年3月18日(水)、慢性疾患児の在宅医療を推進するための研修会が、豊中市医師会の主催により、開催されました。
研修会のタイトルは『医療的ケアの必要な慢性疾患児の在宅療養を地域で支えるために』です。
場所は豊中駅前にあるホテルアイボリー「茜の間」で、14:00〜16:00まで開催されました。

なお、実際に在宅医療を受けている本人(小学生の児童)と、その家族の方も参加しています。
本人は、在宅医療を開始した時点から小学生で、現在、地域の学校(普通校)に通いながら、医療的ケアを受けています。

冒頭、大阪府豊中保健所 所長の姉川さんより挨拶があり、その後、シンポジウムが行われました。
シンポジストをしたのは、発言順に以下の8名です。

・市立豊中病院小児科部長、松岡さん(=座長)
・同小児科医で、当事者の主治医の五十嵐さん
・同担当看護師の東さん(以上、病院の立場から)
・吉田小児科医院の院長で、訪問診療医の吉田さん
・当センター訪問看護師の松本(以上、地域医療の立場から)
・豊中市教育センター看護師の植田さん(教育現場の立場から)
・豊中保健所母子チーム保健師の福岡さん(地域保健の立場から)
・本人の母親(家族の立場から)

先ず、座長である松岡さんから、
「過去に当院を退院して在宅医療に切り替えた重度慢性疾患の方々は、いずれも退院時点で通学を考えなくても良い年齢だった。
今回、初めて就学年齢の人が退院する事になり、地域の学校など、教育機関との連携を構築する切っ掛けになった。」
という報告がなされました。

次に五十嵐さんからは、本人の疾患の内容や重要な症状が、スライドを使って具体的に解説されました。本人は、高タンパクがうまく分解できない病気で、2万5千人に1人がかかるという事です。気管切開をおこなった事、事前に気管切開のメリット・デメリットを説明した事などが報告されました。そして、
「病院のみんなも頑張ったが、本人さんと両親の頑張りがあって、地域医療への道が開けたと思う。」と述べていました。

東さんからは、入院時から退院までの流れが説明されました。その中で、
「慢性呼吸障害の人工呼吸管理が必要な子どもにとって、在宅人工呼吸療法は家族中心の生活を可能にすることが出来る。
子どもの生活の質を向上出来る反面、特に家族に於いては、大きな負担と責任を担うものとなる。そのためケア体制の充実は欠かせない。
学校や家族が、人工呼吸器を使って生活する上で必要な技術を習得出来るよう、訪問看護などの地域との連携を取り、退院に向けてのケアをおこなった。」
という報告がなされました。

吉田さんは、自分の診療所の場所が、たまたま本人宅の近くだった、と前置きした上で、
「昨年の暮れに、豊中保健所の福岡さんから、『気管切開をして人工呼吸器を着けている子どもがいるのだが、カニューレの交換をやってもらえないか?』という依頼を受けた。ぶっつけ本番で依頼内容の行為を行うのは不安だったので、今日来ておられる五十嵐先生に協力してもらって、事前にやり方を見学をさせてもらった。」
と、経緯を話していました。さらに両親の生活状況について、
「お父さんが単身赴任の時期があり、その間はお母さん一人で夜間のケアをやっていた。その内お父さんの会社が、単身赴任ではなく、新幹線通勤を認める様になったが、それもまた、体力的には大変なものがあり、その後は大阪での勤務となった。」
という報告がなされていました。

松本さんからは、本人が大変精神的に元気で生き生きしているという話や、そんな本人の生活のようすを収めた写真も紹介されました。本人は、写真に写るのもとても好きなのだとか。本人はやりたい事が一杯あり、その要求をお母さんにぶつけるのでお母さんが大変になる。だからお母さんのためにも、訪問看護として何か出来ることはないか、常に模索しているという報告がなされていました。そして、
「看護師と教師が両方いる学校は、本人の教育環境として理想的な場所」と、地域の学校が果たす役割の大きさを説いていました。

シンポジストとして参加していた、当センター訪問看護ステーションの松本さん


植田さんからは、学校の中で、給食やカードゲームなどをして楽しんでいる時の様子が紹介されました。そして、「校内での移動は、ほかの先生や生徒たちで協力して行われている事。カードゲームの時も、やはり周りの生徒が知恵を出し合って、本人が一緒にやれる体制を取っている」と、状況が報告されました。
また、現在の医師法の解釈では、教師が医療的ケアをする事は認められていないという事で、学校に看護師が配置される事によって、本人は親と離れて学校生活を送れる様になっています。なお、支援学校の教師は、一定の条件のもとで、生徒の医療的ケアを行う事が認められているそうです。

福岡さんからは、「連携を深めるために、情報交換会を実施している。現場に足を運ぶ事の大切さを感じている。」との話がありました。ただ、家族の負担のもとに、在宅医療が支えられている現状がある事は否定出来ないとの事で、
「今後はショートステイ、デイサービス、レスパイト入院などの、レスパイト制度の充実が求められる。また、小児のための訪問看護体制の充実も必要だ。」
との見解が示されました。

最後に母親からは、「在宅医療のお陰で、家族がそろって生活するという、当たり前の幸せを手に入れる事が出来た。しかしその反面、親は2人とも、毎日緊張状態の中で生活しなくてはならず、夜も吸引や寝返りのために必ず起きないといけないため、ゆっくり眠れる時は先ず無い。疲れはたまり、限界との闘いをいつも感じている。このしんどい現状を、少しでも多くの人に知ってもらい、特に夜間の介護体制の充実を望みたい。」と、切実な訴えがなされていました。

シンポジストの方々 ほぼ満席となった会場


現在の日本では、人工呼吸器が必要な重度の障害児の支援体制が、まだまだギリギリの綱渡りの状態です。
どこに行くにも、「親が同伴ではないとダメ。」、「限られた人しか医療的ケアを行う事が許されていない。」と言われて、本人も大変だし、親は常に過酷な現実にさらされています。そんな中で、豊中では学校での看護師の配備が実施され、学校に親がずっと一緒にいなくても良くなるための体制作りに力が注がれているのは、嬉しい限りだと思います。
『医療的ケア』という言葉の響きからくる、偏ったイメージを変えていくために、もっと制度を柔軟にして、例えば普通学校の教師や施設勤務の介護スタッフといった人にも、医療的ケアの実施を認めるようにする必要があると言えるでしょう。加えて、介護を行う事業所が非常に少ないという問題もあります。
当日参加されたみなさん、シンポジストのみなさん、お疲れさまでした。


※最後に、この日の研修会の中で登場してきた、専門用語をいくつか解説します。

バギー:ここでは、人工呼吸器や吸引機などの装置を搭載出来るスペースがある、車いすを指す。

カニューレ:気管切開をした人が使用する、呼吸を維持するための物で、ホース状になっている。これをのど(首)に空いている、気管切開によって出来た穴の部分に装着する事で、呼吸をするための気道が確保される。ホースの先に、カフと呼ばれる袋状の物が付いているタイプもある。

アンビュー:ハンド式の簡易呼吸器の事で、普段人工呼吸器を着けている人が、入浴などのために人工呼吸器をいったん外さなくてはならない時に、代用の呼吸器として使用する。空気が入るポンプ状の物(袋)と、口に装着するマスクがあり、一緒にいる人が手でポンプをシュッシュッと押す事で、本人は呼吸出来る。ポンプを押す際には、空気が漏れない様にするために、本人の鼻をつまむ場合が多い。

レスパイト入院:家族(多くの場合は親)が毎晩介護を続けると体が持たないため、家族を休ませるために、本人自身の体調は問題なくても、一定期間病院に滞在してもらう処置の事を言う。レスパイトが、『休養』『休息』という意味を指す。




戻る