講演[発達障害のコミュニケーションで本当に必要なコト]に参加しました



2016年5月14日(土)、16:30~18:30まで、講演[発達障害のコミュニケーションで本当に必要なコト]が行われ、参加してきました。
主催者は、『でこぼこ研究会』で、発達障害(アスペルガー症候群)当事者の、しーたさんという方が運営されています。
この日の講演も、しーたさんが務められました。
発達障害者は、非常に得意なことと非常に苦手なことの差が激しく、自分の頭の中が『凸凹』というイメージがあることから、でこぼこ研究会と名付けたものです。
開催場所は、新大阪駅(地下鉄)から徒歩約15分、東淀川区東中島に在る、でこぼこ研究会新大阪本校です。

「どうすれば良いか?」ではなく、「何故噛み合わないのか?」を考えてほしい

発達障害者にとって、コミュニケーションで本当に必要なこととは、何なのでしょうか?
昨今、いろいろな形で、発達障害当事者に対する支援が行われていますが、その多くは、「このように言ったら普通の人には伝わる」とか、「こう言われたら、それはこういう意味だから、こういう言い方で返さないといけない」など、『どのように』という方法を教えるものでした。
言われた当事者は、それを丸暗記する勢いで〝正しいコミュニケーションの方法〟を覚え込もうとし、とにかく、万事言われたとおりに物を言おうと頑張っていた経緯があります。
ちなみに、発達障害が無い人のことを、当事者によっては、『定型発達者』と呼んでいるそうです。

「しかし考えてみて下さい」と、しーたさんは言いました。
方法論を丸々実践に移しても、根底にある、『何か会話そのものが噛み合わない』、『自分は言われたとおりにやったのに、怒られる』という違和感や疑問感は、なかなか解消されません。
何故なら、コレがあるからです。

   【前提の違い】

『訊くチカラ』について。
具体的な数字を訊くのも確認のために有効。
『きく』の漢字が『訊』であることがポイント。

そもそも、人間は誰しも一人一人が、【前提の違い】、言い換えれば【基本発想の違い】や【基本認識の違い】を持っています。
ただ、発達障害者の場合は、社会感覚や発想の方向性、さらには身体感覚(過敏であるということ)などで、定型発達者とかなり違う『前提』が存在しているのです。
そういった【前提の違い】を、多くの当事者は子どもの頃から、実は小学校での友達とのコミュニケーションなどを通じて、感じる体験をしています。
〝言葉では説明出来ない、違和感を覚える〟という形で・・・・・。
だから、しーたさんは言います。

「発達障害者の人は、子どもの頃から何かというと〝違和感だらけ〟。
だから子ども心に、違和感を〝スルーする力〟を身に付けてきた。
そうしないと、学校生活で生き抜くことが出来なかったから。
スルーする力を鍛え過ぎた結果、大人になった当事者は、違和感をキャッチし、それについて人に〝訊く力〟を持たなくなった・・・・・というより、違和感自体が麻痺してしまった」


何故会話そのものが噛み合わないか?
それは、発達障害の特性が関連した【前提の違い】があると同時に、当の障害者本人が、前提の存在に気付かない(違和感というサインを見落としやすい)からです。
当事者にとって必要なのは、①違和感をキャッチする力の復活②違和感に対する質問力を付ける、です。
前提の違いに気付けば、コミュニケーションに起因するストレスは、ずっと軽減することでしょう。
発達障害者のコミュニケーションにとって不可欠なのは、『会話のパターンを憶えること』ではありません。


『相手の数が多い=正しい、少数派=間違い』ではない

発達障害者はしばしば、「失敗から学ばない」と言われます。
「失敗から学ぶ」というのは、噛み砕いて言うと、先ず失敗を受け入れ、その中身や原因を分析して〝データベース化〟するということですが、人間、誰にとっても、失敗を受け入れるのはしんどい作業です。
発達障害者は前述のように、違和感や【前提の違い】がらみの失敗経験が非常に多いため、どうしても、「これ以上思い出したくない」という心理が働き、結果、データベース化には至りにくくなります。
ましてや、過去の失敗経験の時点で、まだ発達障害であると判らなかった場合は、『飽くまでも自分は定型発達者(今の言い方で言えば)』という認識のもと、失敗を繰り返していたことになるので、なおさら向き合うのはしんどいものになります。

ところで、発達障害がある人が直面する『失敗』とは、突き詰めると何を持って失敗となるのでしょうか?
そして『正しい前提』とされているのは、同じく突き詰めると何を持ってそうなるのでしょうか?

それは、【少数派の感覚や発想=間違いと扱われる】【多数はの感覚や発想=正しいと扱われる】です。
だけど本当は、【間違っている】でも、【正しい】でも、ありません。
【感覚や発想の違い】、ただそれだけです。

世の中が多数派を偏重し、少数派を排他的に扱う傾向が強いために、いわゆるマイノリティーの人の価値観や主張というのは、社会に受け入れられることがありませんでした(こういう現象は何も発達障害絡みに限らないですが)。

『前提の違い』、これは【発達障害】対【定型発達者】に限らず、全ての【異なる立場(または文化)】対【異なる立場(または文化)】という場面に於いて存在する、いわばベース(基本素材)です。
言い方を換えると、こういうことです。

用紙に図形を描く方法を用いた、情報伝達のワーキング。


   【オールマイティー】

当事者にも支援者にも家族にも、敢えて「○○から××に考え方を変えなさい」とは言いません。
ただ、今日の講演を聞かれた方は、これを活かして、今後〝定型発達者〟と何かの不一致や〝ズレ〟を感じることがあったら、「これは前提の違いだ、そして前提の違いは実はオールマイティーだ」という気付きを持ちながら、その場その場での対応をしたらいいと思います。
伝えることを諦めている人も多く見てきましたが、どうか諦めないで下さい。
しーたさんは、こう、メッセージを送ってくれました。




講演終了後、上記の『質問力を持つ』、『前提の違いというものを意識する』ことをテーマにした、ワーキングセッションが行われました。
やり方としては、先ず2人ペアとなり、一人は自分で用紙に図形を何種類か描きます。
その間、もう一人はそちらを見ないようにしています。
図形を描き終わった人はもう一人の人に、自分の描いた図形がどういう状態であるかを正確に伝え、また、もう一人の人も具体的な質問をして(「大体どこらへんですか?」ではなくて、「紙の右上ですか?左下ですか?」というように)、絵を再現するというものです。

ただ、しーたさんは言いました。
絵が忠実に再現されている=正解、されていない=間違いとは思わないで下さい。
もちろん、完璧に再現出来たのなら素晴らしいですが、それはたまたま、双方の『前提が一致した』ということです。
されていなかった場合も、飽くまでも『前提の違い』が、絵を通じて表に出たということなので、「こういう前提の違いがあったのだな」という、気付きや発見と出会ったと受け止めてほしいです。




『前提の違い』、『違和感』、『ズレ』・・・・・。
この3つを意識しない人生は、発達障害当事者として先ず有り得ないでしょう。
私(筆者)も若い頃、【違和感をキャッチする=成長出来ていない部分に気付いて焦る】、【違和感に対して質問をする=世間知らずを露呈して恥をかく】と思い込んでいた(実際そういう体験も多かった)時期が、長くありました。
常に自分の一挙手一投足に細心の注意を払い、ズレを恐れ、前提が違っていたことに苛立ち、単に気持ちだけ一生懸命で結果は違和感増産で終了という、己のコミュニケーション力の限界に、何度悩まされてきたか分かりません。
でも、それらの苦しみをリアルに共感してくれる当事者同士の場があるのは心強いし、今日の講演でも、学べる点、腑に落ちる点、発想の転換に気付いた点がありました。
そういう意味では、大変意義のある講演参加だったと思います。

発達に限らず、ある日障害が消えて健常になる訳ではないし、特性が完全に消滅する訳ではありません。
今まで社会の中で、『前提の統合・統一(定型発達者の前提への適応)』のみを照準に、努力を貫いてきた自分(筆者)がおりますが、そんな己の人生を見直し、前提の違いに寛容な心を育てていけるよう、生きる姿勢を徐々にでも転換していきたいです。

しーたさんの著書。2冊出版されています。



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