2010年度第1回、CIL豊中 市民講座を開催しました
テーマ:人が人らしく生きること 〜私たちの生活と権利擁護〜


2010年7月25日(日)、今年度第1回目の市民講座を開催致しました。
今回のテーマは権利擁護で、当日は猛暑の中、30名近くの方が参加して下さいました。
講師として来られたのは、大阪アドボカシー法律事務所弁護士の池田直樹さんと、全国自立生活センター協議会、人権委員会委員長で当事者の佐野武和さんです。

はじめに、池田直樹弁護士が講演されました。

池田さんは弁護士歴25年、そのほとんどを、障害者と高齢者の権利擁護のことで働いてきました。
昨年の政権交代以降、民主党が障害者施策を見直そうとする中で、内閣府に『障がい者制度改革推進会議室』が設置され、当事者で弁護士である東(ひがし)俊裕さんが室長に選任されました。
当事者の声がようやく形になろうとしているのは歓迎すべきことで、絶対に実りを結ばせなければなりません。

かつて障害者は、日本でも世界でも、社会の一員として認められず、特別に保護される存在と見なされていました。
それが、「自分たちも街で暮らそう」、「自分たちの力で社会を変えていこう」と当事者が立ち上がり、世界各地で運動が起こって、やがて国際レベルの障害者権利条約が、国連で採択されるに至りました。
ただ、国際的な条約というのは、そのまま日本国内で法律として効力を持つものではありません。
日本が条約を受け入れる(別の言い方をすれば批准する)かどうかは日本の判断次第で、条約の内容には賛同しているだけに、早期に批准することが望まれます。

近年、障害者の制度改革の一つとして、障害者基本法の中に、差別を禁ずる条文も書き加えられるようになりました。
ただ、『何を持って差別と見なすか』という定義は決められておらず、また、これといった罰則も定められていません。
従って、もし誰かが差別を受けたと訴えたとしても、たとえば裁判所として損害賠償まで認めることが出来るかというと、出来ないのです。
そこまで出来るようにするには、『差別禁止法』という、独立した法律が別途必要で、日本にはまだその体系はありません。
アメリカには既にあり、日本でも2012年度までに制度化しようという動きがあります。
池田さん自身もこの10年ほど、そのために各地で活動をしてきました。

現在、都道府県において上記のような条例が施行されているのは、千葉県だけです。
大阪府でもまだ作ろうとする動きはないので、豊中からも働きかけてもらえればと思います。
そしてこの先、もし各地で条例が誕生した暁には、今度はその条例がきちんと効力を発揮しているかどうかを、見守り続けなければなりません。
『条例を作りました』だけで終わると、次世代へ受け継がれずに動きが萎んでしまう可能性があります。

市民が条例にのっとって、自分の権利をしっかり行使出来る社会にするために、制度・法律の使い方を分かりやすく、かみ砕いてアドバイスするのが、第一段階の権利擁護であると考えます。
苦情を言う際にも工夫が必要で、単に怒りをぶつけただけでは、行政は何をしていいのか分かりません。窓口が対応しやすいようにニーズを整理し、表現が不十分ならそれを補充するのも権利擁護としての役割です。


一個人、一団体だけの声として訴えるよりは、もっと全体レベルの声として、広い範囲を対象にリサーチをし、データを収集して、窓口に提示するのが効果的かと思われます。

この一年あまり池田さんは、障害者自立支援法は憲法に違反しているとする裁判に取り組んできました。
上記の障がい者制度改革推進会議の発足を前に、原告(当事者)と厚労省の間で和解が成立しましたが、これも一つの、当事者が自ら声を上げ、立ち上がった成果です。
これからもこの流れが継続するように、バックアップしたいと思っています。


会場全景。今回は初めて、とよなか国際交流協会の
会議室を利用しました。


池田直樹さん

次に、佐野武和さんが講演されました。

佐野さんは最近、全国自立生活センター協議会(JIL)の人権委員会の委員長に就任しました。
普段はおもに就労支援の現場で働いており、所属団体は滋賀県のCIL湖北です。
車いすに乗り始めて約10年になりますが、クラッチを践んだりすることは出来るので、自ら除雪車を運転したりもします。

地元(滋賀県長浜市)で、障害者の就労支援の施設を建てようとした時、住民から猛反対を受けました。
この背景には、これまで住民が障害者と接したことが無かったがゆえに、障害者=危険な存在と決め付け、理解出来る状態になかったことが挙げられます。
佐野さんは、少しでも住民の理解を得ようと、自ら率先して街の除雪を行いました。そうした活動の結果、思いが受け入れられたということです。

さて、日本では昨年の政権交代で厚労大臣になった長妻氏が、自立支援法について、「障害者の尊厳を傷付けた」と発言しました。
これだけでも、画期的なことだと思います。これまで佐野さんも、自立支援法が本当に障害者の尊厳を重んじているのか?と、常に疑問に思ってきました。
また、国連の障害者権利条約に関する会議に同席していた外務省のキャリアが、「この仕事をしなかったなら、私はこんなにも障害者と接近し、こんなにも色んな思いで暮らしておられる現場とは、多分出会わなかっただろう」と言っていました。大変正直で、かつ印象に残る一言でした。

国連の障害者権利条約は、メキシコ政府が提案したものが国連で決議されて誕生しました。そして、日本がこれに批准していないのは先ほども話に出ましたが、佐野さんは、日本が批准していくためには、クリアすべき課題が大きく以下の4つあると考えています。

1.地域に社会的受け皿がないために、社会的入院をしている人や、施設に入所している人がいる。その人たちをどうやって地域に帰していくか、明確な道筋が築かれないままに、条約に批准するのは難しい。

2.日本の障害者の多くが、作業所に通所するなど、福祉的就労の中にいる。これに対してILO(国際労働機関)から、「労働者の権利は最低賃金だけではない。きちっと雇用関係を結んで、労働者性(社会保障・有給など)が担保されるべき。」と勧告を受けている。現状、福祉作業所の存在性や運営の在り方を否定し、全ての障害者を雇用制に移行していくことは困難で、この問題をクリアしないまま、条約には批准出来ない。

3.豊中市では昔から、障害者も地域の学校(普通学校)で共に学ぶという、『統合教育』が行われており、この考え方を指示する国民も大変多い。ただ、一方で国の姿勢としては、「現状の、特別支援学級や養護学校の存在がある状況でも、インクルーシブ(共に学ぶ教育)は出来る」となっており、官と民で、共に生きる教育を巡っての見解の違いがある状態で、条約に批准するのは好ましくない。

4.「差別しません」とか、「インクルーシブ教育をやります」と宣言してそれが一人歩きすると、法律としての実効性が薄れてくる可能性がある。国際条約批准に関わる事象がきちんとやれているかを、法的レベルで監視する機関を、まず設立させなくてはならない。


このように、まだまだ日本が障害者の権利に関して国際社会と肩を並べるには、克服すべき点が沢山ありますが、力強く社会を動かそうと頑張っている当事者の人たちの成果が、例え少しずつでも現れることを期待したいと思います。


佐野武和さん

除雪活動をスライドで紹介されました。

このあと、質疑応答が行われました。この中で、
「行政(市)から補助金をもらって、制度に関するワークショップをおこなっている状況で、行政に対して意見を述べるのは良いのだろうか?」
という質問が出され、
「そのような事はない。市から補助金をもらっていても、それがために市から縛りがあるというわけでは全然ないので。」
という回答がなされました。また、
「まだまだ障害者の地域生活が保障されていない地域では、どのように権利を主張していけば良いものだろうか?」
という質問が出されまして、
「なかなか特効薬はない。施設にいる人の中には、地域に出ることに消極的な人や、長年職員主導の生活に慣れ過ぎて、自分としての不満の存在にも、気付いていない人がいる。地域に出ることを諦めてしまった人に、どう、こちらの思いを伝えていくかが課題。特に自立生活センターは、自分たちさえ良かったらいいというのはダメで、地域に出たら楽しいこともあることを伝える取り組みを、していかなければならない。
という回答がなされました。最後の一言は、特に重要ではないかと思いました。

今回の市民講座は、事前に市民の目に触れるテーマの文言が、『権利擁護』というややカタい言葉であったが故に、やや「難しそうだな」という印象を与えてしまったかも分かりません。
しかし、実際の講演では大変丁寧に、分かりやすく、噛み砕いた表現で話をして下さいました。

ご多忙な中、講師を務めてくれたお二方と、参加者のみなさん、それに手話通訳・要約筆記のみなさんに、心から御礼申し上げます。


質疑応答 最後に番外編として、ミュージシャンでもある佐野さんから
一曲演奏(高田渡の歌)がなされました。




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